基本情報
意味
て、てなみ・うでまえ、てずから
読み方
音読み
訓読み
書き方
画数ごとの書き順
意味
1
肩から指先までの部分、または手首から先の部分を指す。人間の身体の一部であり、物をつかむなどの動作を行う器官である。
2
技術や能力、または物事を行う方法や手段を指す。
3
自分自身で行うこと、他者に依頼せずに自ら行動することを意味する。
4
手に持つこと、または何かを取得することを意味する。
5
ある特定の仕事や役割を担う人を指す。
6
特定の技芸や技能に特に優れた人を指す。
熟語
一手とは、囲碁や将棋において石や駒を一回動かすことを指す。また、他人に任せず自分一人で行うこと、あるいは独占して行うことを意味し、例えば販売権を一手に担う場合などに用いられる。さらに、唯一の方法や手段を表すこともあり、特定のやり方で事を成し遂げる際にも使われる表現である。
下手(しもて)は、川の流れに沿って下る方向、すなわち下流を指す語である。また、芝居の舞台においては、客席から見て左側の区域を意味し、これに対して右側は上手(かみて)と呼ばれる。なお、「したて」とも読み、「へた」と読む場合は技能が劣るなどの別の意味となる。
下手とは、物事を行う技術や能力が十分でなく、巧みでない様子を指す。例えば「彼は絵が下手だ」のように用いられる。また、思慮が浅く、不適切な行動をとる意味でも使われ、「下手な口出しはするな」といった表現がこれに当たる。読みが「したて」や「しもて」の場合は別の意味を持つ。
「下手」は「したて」と読み、主に川の下流を指す。また、へりくだった態度や振る舞いを表し、地位や能力が低いことの意味にも用いられる。相撲では、相手の差し手の下からまわしを取る技を指す。対義語は「上手(うわて・かみて)」であり、「しもて」とも読む。なお、「へた」と読む場合は、技量が劣るなどの別の意味となる。
「上手」は、川の流れが来る方向、すなわち川上を指す。また、座席の配置においては上座に近い方を意味する。さらに、舞台芸術の分野では、客席から見て右側の方向を表し、役者の出入りなどに用いられる。これらの意味に対して「下手(しもて)」が対義語となる。読み方は「かみて」であり、「うわて」と読む場合もある。なお、「じょうず」と読む場合は、技能に優れているという別の意味になる。
「上手」は「うわて」と読み、川の上流や風上など、上の方向を指す。また、優れていることや、そのような態度をとることを意味し、「一枚上手だ」のように用いられる。相撲では、相手の腕の外側からまわしを取る技を指す。なお、「かみて」とも読み、「じょうず」と読む場合は別の意味となる。
物事を行う技術や能力に優れている様子を指す。特に芸事や技能において巧みであることを表し、対義語は「下手」である。また、口先が巧みでお世辞を言う場合にも用いられる。読みが「うわて」や「かみて」の場合は異なる意味を持つので注意を要する。
土手とは、河川や海岸沿いに土を盛り上げて築かれた堤防のことで、洪水や高潮などの水害から土地を守る役割を担っています。また、転じて、マグロやブリなどの大型魚において、背中側に位置する大きな切り身を指すこともあります。
大手とは、相場において多額の売買を行う投資家や企業、あるいは同業種の中で特に規模の大きな会社を指す。また、城郭の正面や主要な出入口を表し、軍事用語としては敵陣を正面から攻撃する部隊の意味もある。読みが「おおで」の場合は異なる意味となる。
小手は、まず肘から手首までの前腕部分を指す。また、手先を意味することもあり、例えば遠くを見る際に手を額にかざす動作を「小手をかざす」と表現する。武具としては、鎧の一部として前腕を覆う防具を指し、剣道においては手先の防具を打つ技を示す。後者の二つの意味では「籠手」と表記されることもある。
手跡とは、ある人物が自らの手で書き記した文字のことを指し、その筆づかいや字体から書き手の個性が感じられるものをいう。特に歴史上の人物や著名人の直筆の書状や文書などに対して用いられる表現である。
手沢とは、長く手に取って使用するうちに、手の脂などが浸み込んで器物に生じる光沢を指す。また、転じて、故人が生前に愛用していた品物、特に書籍などに対して用いられ、その人との深い関わりや思い入れが感じられるものを意味する。
手水は、神社や寺院などで参拝前に手や口を清めるための水を指し、またその行為自体も意味する。転じて、便所や用を足すことを表す婉曲表現としても用いられる。語源は「てみず」の転訛とされる。
手形とは、一定の金額を指定された期日・場所において支払うことを約束、または第三者への支払いを依頼する有価証券を指し、主に約束手形と為替手形に分けられる。また、手に墨や朱を付けて押印した跡、あるいはそれを証拠とする文書の意味もあり、さらに江戸時代には関所の通行に用いられた身分証明書(往来手形)のこともいう。
手塩とは、かつて各自の食膳に好みに応じて添えられた塩のことを指す。転じて、自ら大切に育てることを「手塩にかける」と表現する。また、小さく浅い皿である手塩皿の略称としても用いられる。
手金とは、契約の成立や履行を確約する証として、当事者の一方から他方に前もって渡される金銭を指す。主に不動産取引や高額商品の購入などにおいて、正式な契約締結前に支払われる保証金の性質を持つ。
手管とは、人を欺いたり操ったりするために用いる巧妙な手段や技術のことを指します。特に、相手の心理や状況を利用して意のままに導こうとする策略や駆け引きを含み、しばしばずる賢さや悪知恵のニュアンスを伴います。
手引とは、物事のやり方を教えたり、道案内をしたりする行為を指す。また、初心者が学びやすいようにまとめられた入門書の意味でも用いられる。さらに、何かを成し遂げるための縁故や頼りとなるつてを意味することもある。
古手とは、長年同じ職務に携わってきた経験豊かな人を指す。また、古くから伝わる方法や、使い込まれて年月を経た衣服や道具のことも意味する。これに対し、新しい手法や物事は新手と呼ばれる。
弓手(ゆんで)は、弓を射る際に弓を持つ方の手、すなわち左手を指す語である。これに由来して、単に左の手や左側の方向を意味する場合もある。対義語は矢を持つ手を意味する「馬手(めて)」であり、これらは合わせて「弓馬の手」と称される。表記としては「左手」と書かれることもある。
先手とは、物事において相手より先に行動を起こし、主導権を握ることを指す。囲碁や将棋などの勝負事では、最初に着手する側やその立場を意味し、転じて広く戦略や交渉において機先を制する行為を表す。読みは「せんて」であり、「さきて」と読む場合は先陣を切る軍隊の意となる。
名手とは、特定の分野において卓越した技術や手腕を持つ人物を指す。特に芸術や技芸の分野で優れた技能を発揮する者をいう。また、囲碁や将棋などの勝負事において、巧妙で優れた一手を指す場合にも用いられる。
国手とは、医術に優れた者に対する敬称として用いられ、名医を指す。また、囲碁の分野においては、国中で第一人者と認められるほどの卓越した技量を持つ名人を意味する。いずれも、その道で国を代表するほどの手腕を持つ者を称する語である。
「苦手」とは、ある対象に対して扱いにくさや困難を感じる状態を指す。特に、特定の人物や物事に対して、対処や対応が難しいと感じる場合に用いられる。また、自身の能力や適性の面で不得意であること、あるいはそのような分野や行為を表す際にも使われる。
後手とは、相手の行動に対して受け身の立場に回ることを指す。例えば、救援対策などが遅れて対応を迫られる状況を表す。また、囲碁や将棋において、相手の手番の後に着手する立場を意味し、先手に対して後手は攻めの主導権を持たない状態を指す。
為手(して)とは、あることを行う人、または特定の事柄に熟達した人を指す。相談の為手がないといったように、その役割を担う適任者を意味する場合にも用いられる。表記としては「仕手」と書くこともある。
酒手とは、酒の代金を指すほか、使用人や職人などに賃金とは別に渡す心づけやチップの意味でも用いられる。後者の用法では、「酒手をはずむ」のように使われ、酒代(さかしろ)や酒代(さかだい)と同義である。
得手とは、特に得意とする事柄や技能を指す。また、勝手気ままに振る舞うことを意味する「得手勝手」の略としても用いられる。さらに、縁起を担いで「去る」に通じる「猿」を忌み、「得手」と呼ぶことがある。
勝手とは、元来は台所を指す語であるが、そこから転じて生活の様子や家計の状況を表す。また、物事の都合や事情、使い具合の便利さを意味する場合もある。さらに、他人の都合を顧みず自分本位に振る舞う様子、すなわちわがままや気ままを指して用いられる。
短手(しのびで)は、神道の葬儀において音を立てずに打つ柏手のことを指す。通常の柏手とは異なり、弔意を表すために静かに両手を合わせる作法である。表記としては「忍び手」と書くこともあり、「しのびて」と読む場合もある。
新手とは、まだ戦闘や試合に参加しておらず、十分な戦力を保っている兵士や選手を指す。また、新たに仲間入りした人を意味することもある。さらに、従来とは異なる新しい手段や方法を表す場合にも用いられる。
熊手は、長い柄の先に熊の爪に似た鉄製の爪を付けた古い武器を指す。また、その形状を模した竹製の道具で、主に落ち葉などをかき集める掃除具として用いられる。さらに、酉の市などで販売される縁起物としても知られ、おかめの面や小判を飾り付けたこの形状のものは、福徳をかき集めるとされている。
弓手(ゆんで)は、左手を指す古語である。弓を射る際に左手で弓を構えることに由来し、対義語として弓を引く右手を意味する「馬手(めて)」がある。また、単に左側や左方向を表す場合にも用いられ、「左手」と表記されることもある。
「双手(もろて)」とは、両方の手を指す語である。両手を同時に用いる動作や、両手を挙げて賛意を示す「双手を挙げて賛成する」などの表現に用いられる。表記としては「諸手」や「両手」と書くこともあり、「そうしゅ」と読む場合もある。
手元とは、まず自分の手の届く範囲や近くを指し、身近な場所や状況を表す。また、物を手で持つ部分や、手の動かし方や手際を意味することもある。さらに、箸を指す「おてもと」という用法や、所持金を意味する「手元金」の略語として用いられる場合もある。
籠手は、主に武道や武具において腕を保護するための防具を指す。剣道では手先から肘にかけてを覆う防具として用いられ、その部分を打つ技も意味する。弓道では、弓を握る左手の手首に付ける革製の保護具を指し、ゆごてとも呼ばれる。また、鎧の一部として腕を覆う武具を指す場合もある。表記は「小手」と書かれることもある。
手蹟とは、筆で書かれた文字そのもの、あるいは筆跡のことを指す。特に歴史上の人物や著名な書家が直筆で記した書状や詩文などの筆跡を意味し、その人の個性や筆致が現れた貴重な資料として扱われる。
拱手とは、両手のひらを合わせて指を組み、胸の前で上下させる中国古代の礼法を指す。また、腕を組む様子から転じて、事態が進行しているのに手を出さず、傍観することを意味し、「拱手して黙視する」などの表現で用いられる。
柏手とは、神道の儀礼において神を拝む際に、両手のひらを合わせて打ち鳴らす所作を指す。この行為は神への敬意を表し、拝礼の一環として行われる。表記は「拍手」と書かれることもあり、「柏」の字は「拍」の誤用に由来するとされる。
口下手とは、自分の考えや気持ちを言葉でうまく表現することが苦手な様子を指し、またそのような性質を持つ人をいう。口数が少ないというよりは、話す内容を適切にまとめたり、相手に伝わりやすいように話を組み立てたりすることが不得意であることを意味する。
赤四手はカバノキ科の落葉高木で、山地に自生する。新芽が赤みを帯びる特徴があり、材質は堅く、器具の柄やシイタケ栽培の原木として利用される。また、「見風乾」と表記されることもある。
「みたらし」と読む場合、神社や寺院において参拝者が手や口を清めるために水を汲む場所、すなわち手水舎(ちょうずや)を指す。一方、「おてあらい」と読めば、便所や手を洗う場所の意となる。
仏手柑はミカン科の常緑低木で、インド東部を原産とする。初夏に白い五弁の花を咲かせ、その果実は楕円形で先端が細かく分かれて指のように見える独特の形状をしている。主に観賞用として栽培され、名称はその姿が仏の手を連想させることに由来する漢名に基づく。
児手柏はヒノキ科の常緑小高木で、中国を原産とする。枝は平たく分枝し、その様子が子供の手のひらを立てて並べたように見えることに由来する名である。葉は鱗片状で表裏の区別がなく、主に庭木として利用される。「側柏」と表記することもある。
叉手網は、魚をすくうための網の一種である。二本の竹などを交差させて三角形の枠を作り、そこに袋状の網を張り、柄を取り付けた構造をしている。また、竹などの輪に網を張った形状のものも指す。
小手毬はバラ科の落葉低木で、中国を原産とする。観賞用に栽培され、春には枝先に白く小さな花を多数咲かせ、それが集まって毬のような丸い花序を形成する。別表記として「麻葉繡毬」がある。
塵手水とは、手を清める水がない場合に、空中の塵をこねるような仕草で手を洗う真似をすることを指す。また、相撲の作法の一つとして、土俵上で力士が取組前に蹲踞の姿勢で徳俵に手を置き、両手をすり合わせてから拍手を一度打ち、最後に両手を左右に広げて掌を上に向ける一連の動作を意味する。
藪手毬はスイカズラ科の落葉低木で、山中の湿地に自生する。葉の縁にはぎざぎざがあり、初夏に小さな花が密に集まって咲き、周囲を白く大きな装飾花が取り囲む。別表記として「胡蝶樹」とも書かれる。
理想や批評眼は高いものの、実際の創作や実行能力がそれに伴わない状態を指す。他人の作品を批評する際には優れた見識を示す一方で、自ら創作する段階では思うような成果を上げられないという矛盾を表す表現である。
無手勝流とは、武器を持たずに戦わずして勝つ方法を指す。また、師匠から正式に学ばず、独自の方法で物事を行う自己流のやり方も意味する。この語は、剣豪塚原卜伝が舟の中で挑戦を受けた際、相手を小洲に上げて船を離し、戦わずに勝つことを示した故事に由来する。
拍手喝采とは、人々が一斉に手を打ち鳴らし、声を上げて賞賛や歓迎の意を表すことを指す。特に、演劇や演奏、演説などで優れた出来栄えに対して観客や聴衆が沸き立つように称える様子を表す四字熟語である。