一八はアヤメ科の多年草で、その名はアヤメ科の植物の中で最も早く咲くことに由来する。別名を鳶尾ともいう。
「八端」は「八端織り」の略称であり、縦横に黄色と褐色の縞模様を配した厚手の絹織物を指す。主に布団の地などに用いられる。
八丁とは、物事に巧みで達者な様を指す。特に「口も八丁手も八丁」のように用いられ、口先だけでなく実際の腕前にも優れていることを表す。これは八つの道具を巧みに使いこなすという意味に由来する表現である。
八重とは、八つあるいは複数の層が重なっている状態を指し、そのような構造を持つもの自体を表す。特に植物においては、花弁が幾重にも重なって咲く八重咲きの略称として用いられ、そのような特徴を持つ花を指すこともある。
八入とは、布などを染料液に繰り返し浸して濃く染め上げる技法を指し、またそのようにして仕上げられた染め物そのものを表す。
八握とは、束(つか)すなわち握り拳の小指から人差し指までの四本指の幅を単位として、それを八つ分合わせた長さを指す。転じて、かなりの長さを表す語としても用いられる。
八つの方角、すなわち四方(東西南北)と四隅(北東・南東・南西・北西)を合わせた全ての方向を指す。転じて、あらゆる方面や方向を広く意味する表現として用いられる。
王八は人を罵る言葉で、主に無法者や極悪非道な者を指す。中国の五代十国時代、前蜀の王建が若い頃から盗みを働き悪事を重ねたため、村人から「賊王八」と呼ばれた故事に由来する。表記は「忘八」や「亡八」とも書かれ、読み方は中国語音に基づく「ワンパ」のほか、「オウハチ」と読むこともある。
八幡とは、八幡宮や八幡大神を略した呼称である。また、強い否定や確固たる決意を表す「決して」「断じて」という意味でも用いられ、これは八幡神に誓いを立てることに由来する表現である。
八卦とは、易において陰陽の組み合わせによって形成される八つの基本図像を指す。また、転じて易を用いた占いそのものや、その結果を軽く扱う表現としても用いられる。
八紘とは、四方と四隅を合わせた八方、すなわち世界のあらゆる方角を指し、転じて全世界や天下を意味する語である。「紘」は大地の果てを表すことから、地の果てまで及ぶ広大な領域を示す。
八朔は陰暦八月一日を指し、農家ではこの日にその年の新穀を収穫して田実の節句として祝う習わしがある。また、柑橘類の一品種名でもあり、夏蜜柑より小形で甘味が強い特徴を持つ。
「八咫」は、長大なさまを表す語である。特に「八咫の鏡」は、三種の神器の一つとして知られる大きな鏡を指す。ここでの「咫」は古代の長さの単位であり、八咫は非常に大きな寸法であることを意味する。また、「やあた」と読む場合もある。
八衢とは、多くの方向へと道が分岐している場所を指す。また、そのような複雑な道筋から転じて、判断に迷いやすく、容易に方針を見失いがちな状況の喩えとしても用いられる。
八百長とは、勝負事において事前に勝敗を調整しておきながら、あたかも真剣に争っているように見せかける行為を指す。転じて、互いに示し合わせて行う不正や、いんちき全般を意味することもある。語源は、八百屋の長兵衛という人物が碁の勝負で相手に合わせて手加減した故事に由来するとされる。
野菜や果物を販売する小売店を指す。また、その店舗で商いを行う人をも意味する。
八十路は、数え年で八十歳を指す言葉である。また、単に八十という数を表すこともある。長寿を祝う文脈で用いられ、例えば「元気に八十路を迎える」などと表現される。
八拍子は、能楽における音楽の基本単位を指す。謡と囃子から成る能の音楽において、八拍を一単位として構成され、句や旋律、舞の型などの基盤となるリズムを規定する地拍子としての役割を担う。
十八番(おはこ)とは、個人が最も得意とする芸や技を指す。また、その人が繰り返し行う動作や口癖を意味することもある。この語は、歌舞伎の市川家が代々伝える十八の演目を箱に収めて大切にした故事に由来し、「御箱」と書くこともある。なお、「じゅうはちばん」と読む場合もある。
十八番は、歌舞伎の演目の中から特に得意とするものを選んだ十八種類の番付に由来し、転じて、個人が最も得意とする芸や技、あるいは物事を指す。
十八般とは、かつて中国で用いられた十八種類の武術の総称であり、そこから転じて、あらゆる種類の武芸や技芸を広く指すようになった言葉である。
口が達者で、巧みに話す様子を指す。特に、弁舌が巧みで相手を説得したり、状況を有利に運んだりする能力に長けていることを表す。
大八車は、木製の大型の二輪荷車を指す。その名は、八人分の仕事を一人でこなせるほどの力強さと有用性に由来するとされる。また、「代八車」と表記されることもある。
藤八拳は、二人が向かい合って行う手遊びの一種で、キツネ・庄屋・鉄砲の三種類の身振りを用いて勝敗を競うものである。狐拳とも呼ばれる。その名称の由来については、江戸時代の「藤八五文薬」の売り声に因む説や、吉原の幫間であった藤八という人物に因む説などがある。
八幡船とは、室町時代に中国や朝鮮の沿岸で活動した日本の海賊船を指す。また、江戸時代には密貿易に用いられる船舶を意味するようになった。
神前に供える食物を載せる大型の器を指す。柏の葉を数枚用いて作った器である「枚手」に由来し、後にその形状を模した器の総称となった。
八重葎は、アカネ科に属する一年草または二年草で、四角形の茎に棘がある特徴を持つ。夏には黄緑色の小さな花を咲かせる。また、この植物が幾重にも生い茂った草むらを指すこともあり、夏の茂みを表現する際に用いられる。
八幡黒とは、真っ黒に染められた柔らかな革のことで、下駄の鼻緒などに用いられました。その名称は、石清水八幡宮の神官が作り始めたことに由来します。
大八洲は日本の古称であり、多くの島々から成り立つ国土の様子に由来する美称として用いられる。
臘八会は、釈迦が悟りを開いたとされる旧暦の十二月八日(臘月八日)を記念して行われる仏教の法会であり、成道会とも呼ばれる。
仏教において、人間の迷いの根源となるすべての欲望を指す。六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)が六塵(色・声・香・味・触・法)に触れる際に生じる好・悪・平の三種の反応から十八の煩悩が起こり、これが浄・染に分かれ、さらに三世に配されることで百八種に数えられる。
八索九丘は、中国古代の書物の名を指す四字熟語である。『春秋左氏伝』に言及され、「八索」は八卦を説き、「九丘」は地理を記したと伝えられるが、いずれも現存せず、その内容は詳らかではない。後世においては、一般に失われた古書や、広く古典を総称する比喩として用いられる。
八紘一宇とは、全世界を一つの家のように統合するという理念を表す四字熟語である。「八紘」は八方の果て、すなわち世界の隅々までを指し、「宇」は家屋を意味する。この語は『日本書紀』神武天皇の条に由来し、第二次世界大戦期には日本の軍国主義のスローガンとして用いられた。
八面六臂とは、もともと仏像が八つの顔と六本の腕を持つ姿を表す語であったが、転じて、一人の人間が多方面にわたって同時に優れた働きをし、あたかも何人分もの活躍をしているかのような様子を指す。
「八面玲瓏」は、あらゆる角度から見ても美しく完璧で、欠点のないさまを表す。また、心にわだかまりがなく澄みきっていることや、多くの人々と円滑に交際を営む様子のたとえにも用いられる。
八面美人とは、どのような角度から見ても美しく、誰に対しても愛想よく振る舞う人のことを指す。八方美人に類似した表現であり、多くの場面で巧みに立ち回り、誰からも好かれるように振る舞う様を表すが、時に表裏のない軽薄な人物像を暗示することもある。