手短とは、話や説明などが簡潔で要領を得ている様子を指す。無駄を省き、要点を押さえて短くまとめることを意味し、主に「手短に話す」「手短に説明する」などの形で用いられる。
冬の時期に昼間の時間が短いことを指す語で、短日(たんじつ)とも言う。俳句においては冬の季語として用いられる。
気短とは、怒りやすく、忍耐力に欠ける性質を指す。また、物事を急ぐ傾向があり、落ち着きのない様子も表す。
短手(しのびで)は、神道の葬儀において音を立てずに打つ柏手(かしわで)を指す。通常の柏手とは異なり、静粛な場にふさわしい作法として行われる。表記は「忍び手」とも書かれ、「しのびて」と読まれることもある。
短縮とは、時間や距離などを短くすること。特に、記録や所要時間などを従来より少なくする場合に用いられる。
短慮とは、物事を深く考えずに軽率な判断を下す様子を指し、思慮が浅く十分に考慮が及んでいない状態を表す。また、気が短く、待つことができずにすぐに結論を急ぐ性向や、短気な性質をも意味する。
短所とは、人や物事において他の点と比較して劣っている部分や、改善すべき欠点を指す言葉です。長所と対になる概念で、自身の性質や能力、物事の特性などにおける不十分な面を表します。
短気とは、忍耐力に欠け、些細なことですぐに苛立ったり怒りを爆発させたりする性質を指す。また、そのような様子や状態を表す際にも用いられる。
短信とは、簡潔にまとめられた短い手紙や、新聞・雑誌などにおいて掲載される短いニュース記事を指す言葉である。
短刀とは、刃の短い刀剣の総称で、特に鍔(つば)のない小型の刀を指す。匕首(あいくち)や懐刀として携帯されることが多く、近接戦闘や護身に用いられる。長刀に対比される短剣の一種である。
短見とは、物事を深く考えずに至った浅はかな考えや、見識の足りない意見を指す。思慮が浅く、十分な配慮を欠いているため、しばしば軽率な判断や未熟な見解として捉えられる。
短資とは、短期資金の略称であり、通常は一年以内の返済を前提とした貸付資金を指す。金融市場において、短期間の資金調達や運用に用いられる概念である。
短日とは、冬期において日照時間が短く、日が暮れるのが早いことを指す。また、そのような冬の一日を表す語でもある。
操短とは、操業短縮の略語であり、過剰生産などによる価格の下落を調整するために、作業日時を減らしたり稼働機械の一部を休止させたりして生産量を抑制することを指す。
短檠とは、背の低い灯火具を指し、またその灯りそのものを表すこともある。「檠」は灯火を支える台の意味を持つ。
短兵急とは、突然に行動を起こすさまを指す。刀剣などの短い武器でいきなり切りかかる様子に由来し、予告なく物事を急ぐ態度や、唐突な物言いなどを形容する。
物事には優れた点もあれば劣った点もあることを指す四字熟語で、長所と短所が併存している様子を表す。
長短之説とは、物事の長所と短所について論じることを指す。『史記』に見られる表現で、優劣や得失を比較検討する議論を意味する。
短慮軽率とは、十分な思慮を欠いた浅はかな考えに基づき、軽々しく行動する様を表す四字熟語である。物事を深く考えず、早合点や衝動に任せて判断や振る舞いをしてしまうことを指す。
短褐穿結とは、粗末な短い着物を継ぎはぎして繕うことを指し、貧しい生活や身分の低い者のみすぼらしい身なりを表す。ここで「短褐」は下賤の者が着る丈の短い粗末な衣服を、「穿結」は破れた衣服を繕い合わせることを意味する。陶潜の「五柳先生伝」に典拠を持つ四字熟語である。
「尺短寸長」は、『楚辞』の「卜居」に由来する四字熟語で、物事にはそれぞれ長所と短所があるということを表します。尺は長いものの短所があり、寸は短いものの長所があるというように、どんなものにも一長一短があり、一概に優劣を決められないという教えです。
「舎短取長」とは、短所や欠点を捨て去り、長所や美点を選び取って伸ばしていくことを意味する四字熟語である。『漢書』芸文志に由来し、「短を舎て長を取る」と訓読される。