収得とは、金銭や物品、権利などを自分の所有とすること。特に、利益や財産を獲得し、それを手元に収める行為を指す。税法においては、課税対象となる所得や資産を取得することを意味する場合もある。
両得とは、一つの行動や事柄によって二つの利益を得ることを指す。また、双方がともに利益を得る状況を表すこともあり、両方にとって好ましい結果をもたらすことを意味する。
自得とは、自らの行いによって相応の結果を得ることを指し、自業自得の形で用いられる。また、自ら体験を通じて物事を会得する意味もあり、新たな方法を身につける際などにいう。さらに、自分自身に満足し、うぬぼれる様子を表す場合にも使われる。
利得とは、経済活動や取引などによって得られる利益やもうけを指す。特に、不当な手段で得た利益を「不当利得」と表現することもある。損失の対義語として用いられることが多い。
ある地位や役職に就いていることによって得られる特別な利益や便宜を指す。通常の立場では得られないような恩恵が、その役目に伴って自然にもたらされる場合に用いられる。
手に入れて自分のものとすること。特に、資格や権利、許可などを正式な手続きを経て獲得する場合に用いられる。例えば、必要な書類を手に入れたり、学業において定められた単位を修得したりすることを指す。
物事の本質や深い意味をじっくりと味わい、理解し、自らのものとして体得すること。特に芸道や学問の奥義を会得する際に用いられる。
知得とは、ある事柄を理解し、それを自らの知識や技能として習得することを指す。特に学問や技術などを身につける際に用いられる表現である。
落ちている物を拾い取る行為を指す。特に、公共の場所などで見つけた物を取得する場合に用いられる。
その人だけが身につけていること、あるいはその人に特有のものであることを指す。また、「独特」と同義で、他には見られない特別な性質や様子を表す場合にも用いられる。
学問や技術などを習い修め、それを自分のものとして身につけることを指す。
納得とは、他人の説明や行為、あるいは状況などを理解し、それを受け入れることを指す。理屈や事情が腑に落ちて、異議なく承知する心の状態を表す。
得手とは、自分が特に得意としている事柄を指す。また、「得手勝手」の略語として、わがまま勝手な振る舞いを意味することもある。さらに、猿を指す隠語として用いられる場合があり、これは「猿(去る)」を忌み嫌って「得手」と言い換えたものである。
得意とは、ある物事に習熟して自信を持ち、上手にこなせる状態を指す。また、自慢できるような優れた技量や、ひいきにしてくれる顧客を意味することもある。さらに、望みが叶って満足する気持ちを表す場合にも用いられる。
得策とは、ある状況において最も適切で有利な方法や手段を指す。その選択が結果として好ましい状態をもたらすと判断される場合に用いられ、しばしば「得策ではない」という否定形で、その行動が賢明でないことを示す際にも使われる。
得ることと失うこと、またそれによって生じる利益と損失を指す。物事の両面を比較考量する際に用いられる。
心から納得し、十分に理解して受け入れること。物事の道理や内容を深く悟り、もっともだと認める心境を指す。
試験や競技などにおいて獲得した点数を指す。また、その点数を得る行為そのものも意味する。
「得得」は、何かを成し遂げたことに対して、いかにも得意げで満足そうな様子を表す。特に自らの手柄や成果を誇らしげに語る際の態度や表情に用いられる。
「得体」とは、物事の本来の姿や真の性質を指す言葉である。特に、外見からは窺い知れない内実や本性を意味し、「得体が知れない」という表現で、正体がはっきりせず不気味な様子を表す際に用いられる。
選挙において候補者や政党が獲得した票を指す。また、その票数を示す場合にも用いられる。
得点とは、分配されるべき分け前や取り分を指す。また、経費などを差し引いた後の利益やもうけを意味することもある。漢字では「徳分」と表記される場合もある。
学問や技術などを学び、自分のものとして身につけることを指す。知識や技能を獲得し、それを実際に活用できる状態になるまでの過程を含む。
感得とは、真理や道理などを自らの心で深く感じ取り、悟ることを指す。
損得とは、損をすることと得をすること、すなわち損失と利益を合わせた概念を指す。物事の利害や、それに伴う不利益と利益の両面を総称する語である。
相手を納得させるために言葉を尽くして働きかけること。また、その行為や過程を指す。
努力を重ねて手に入れること。特に、競争や困難を乗り越えて、望むものを自分のものとすることを指す。
上得意とは、常連客の中でも特に購入頻度が高く、高額な商品を購入するなど、店舗にとって重要な収益源となる顧客を指す。
大見得とは、歌舞伎などの演劇において、役者が感情の高まりを強調するために、一瞬動きを止めて誇張された表情や姿勢を見せる演技の技法を指す。転じて、日常会話では、相手に対してわざとらしく自己を誇示するような態度や振る舞いをとることを意味する。
既得権とは、すでに獲得され確立された権利を指し、特に法律上正当な手続きによって取得された権利を意味する。この権利は、過去の行為や地位に基づいて認められ、既存の秩序の中で保護される性質を持つ。
ゴマノハグサ科の多年草で、アラスカやオホーツク海沿岸、本州中部の高山などに自生する。夏に紫色の唇形の小花を穂状につける。別名をハマレンゲといい、その名は千島列島のウルップ島で発見されたことに由来する。
千島列島中部に位置する島で、オットセイの繁殖地として知られる。一九四五年以降はロシアの施政下にある。
求漿得酒とは、水を求めていたのに酒を得るという意味から、期待していた以上の良い結果を得ることを指す。転じて、予想外の幸運に恵まれるたとえとして用いられる。
「患得患失」とは、得ることを心配し、失うことを恐れる様を表す四字熟語で、『論語』陽貨篇に由来する。物事に対する過度の執着や、利害得失にこだわりすぎて心が揺れ動き、安らぎのない状態を指す。
禍福得喪とは、人生における幸運と不運、成功と失敗、栄達と失脚など、様々な浮き沈みや運命の移り変わりを総称した四字熟語である。特に、災難や幸福に遭遇すること、官位を得たり失ったりすることを指し、人の生涯に訪れる様々な境遇の変化を表す。
栄辱得喪とは、人生における栄誉と恥辱、利益と損失といった様々な境遇や運命の浮き沈みを総称した表現である。
一つのものを失う一方で、別のものを得ることを意味する。物事には損失と利益が相伴うものであり、一方の不利益が他方の利益をもたらすこともあるという道理を表す。
「怡然自得」は、心が穏やかで満ち足り、何ものにもとらわれない自由な境地にいる様子を表す四字熟語である。『列子』の「黄帝」篇に由来し、悟りを開いた者が世俗の煩わしさから解放され、自らの内面に深い安らぎと喜びを見出している状態を指す。