口実とは、自分の行動や過ちを正当化したり、その場を取り繕ったりするために用いる言い訳のことを指します。実際の理由を隠し、都合の良い理由を設けることで、責任や非難を回避しようとする意図が含まれる場合が多く見られます。
不実とは、誠実さを欠き真実でないことを指す。人柄や態度について用いる場合は誠意がなく偽りのある様を表し、事実関係について用いる場合には虚偽や事実に反する内容を意味する。
内実とは、外見からは見えにくい物事の内部の実際の様子や実情を指す。また、表面上の状況とは異なる真実の状態や、実際のところという意味でも用いられる。
切実とは、自分にとって深く関わりがあり、軽視できない事柄を指す。また、身にしみて強く感じる痛切な気持ちや願いを表す際にも用いられる。
内容が豊富で不足がなく、満ち足りている様子を指す。特に、中身が十分に備わって豊かであることを表し、生活やサービス、施設などが豊富で満足のいく状態を形容する際に用いられる。
写実とは、現実の事物や状況を理想化や誇張を加えず、あるがままに描写・表現することを指す。芸術や文学において、対象を忠実に再現しようとする態度や手法を意味し、写実主義という芸術思潮の根幹をなす概念である。
歴史上に実際に起こった出来事や事柄を指す。文献や記録などによって確認される過去の事実であり、創作や虚構ではないことを強調する表現である。
名実とは、名称や評判と実際の内容や実質とを対比していう語である。名声と実力、あるいは外聞と本質が一致しているかどうかを論じる際に用いられる。
事実をありのままに表す様子を指す。また、仏教用語として、万物の本質である不変の真理、すなわち真如を意味する場合もある。
飾り気がなく、素直で誠実な性質や様子を指す。物事に華美さを求めず、ありのままの真摯さを重んじる気風を表し、人柄や生活態度について用いられる。
実際に経験したり触れたりすることで得られる、現実味のある感覚や感情を指す。物事を身をもって体験することによって生じる確かな手応えや、心に深く響く気持ちを表す。
実際に起こっている出来事や状況を、その場で伝えることを指す。特に、スポーツ中継や事件の現場報告など、進行中の事象をリアルタイムで描写・放送する際に用いられる。
執行猶予が付かず、実際に刑務所などで服役する刑罰を指す。判決で言い渡された懲役や禁錮などの刑が、直ちにまたは確定後に執行される状態をいう。
実際に調べて確かめること。特に、ある事柄の真偽や内容を吟味することを指す。
実演とは、人前で実際に行為や技術を示して見せることを指す。また、特に演劇や芸能の分野において、演技者が撮影や収録ではなく、観客を前にして直接舞台で演じることも意味する。
実験とは、理論や仮説の妥当性を確かめるために、実際に手順を踏んで行う検証行為を指します。また、広義には実際に体験することを意味し、経験を通じて得られる知見も含みます。
理想や計画など、頭の中にあるものを実際の形として現出させること。また、そのような状態が現実のものとなること。
実家とは、自分が生まれ育った家のことを指します。また、婚姻や養子縁組などによって他家の籍に入った人が、自身の実の両親の家を指して用いることもあります。
実業とは、実際に善悪の結果をもたらす行為を指す。特に仏教用語として、善行や悪行といった現実の報いを生む営みを意味する。なお、「ジツギョウ」と読む場合は、商工業など実際の事業を指す別の語となる。
実数とは、実際の数量を指すほか、数学においては有理数と無理数を合わせた数の体系を意味し、虚数と対をなす概念である。
実際の戦闘や戦争を指すとともに、競技や試合などにおいても、訓練や練習ではなく真剣な勝負の場を意味する。軍事演習に対比される現実の戦闘行為を表し、またスポーツやゲームなどで公式の競技や本番の試合を指して用いられる。
物事の外見や形式ではなく、実際の内容や本質を指す。名目や形式に対置される概念であり、中核をなす価値や実体を表す。
実収とは、総収入から必要経費などを差し引いた後の実際の手取り収入を指す。また、農業などにおいては、予想された収穫高に対して実際に得られた収穫高を意味することもある。
実測とは、距離や面積などの物理量を、計測機器を用いて実際に測定することを指す。得られた数値は実測値と呼ばれ、理論値や推定値と区別される。
実包とは、火薬と弾丸を装填した銃弾のことで、発射時に弾丸が飛び出す実弾と、弾丸を装填せず音響や発射炎のみを発生させる空包の両方を指す。
実際に使用すること。また、実際に用いて役に立つ性質や、そのような状態にあることを指す。
実直とは、誠実で正直な性質を指し、飾り気なく真心をもって物事に取り組む様子を表す。堅実で律義な態度を保ち、人としての信頼性に富んでいることを意味する。
実際に起こった出来事に基づく話を指し、創作や虚構ではなく事実を伝える物語を意味する。
事実であるか否かということを指す。事柄の真偽や、主張の裏付けとなる事実の有無を問題とする場合に用いられる。
忠実とは、真心を込めて誠実に仕えることを指し、また、物事をありのまま正確に再現することを意味する。例えば、主君や教えに対して誠実な態度を示す場合や、事実をそのまま正確に伝える場合に用いられる。
「忠実」は「まめ」と読み、主に誠実で勤勉な様子を表す。真面目に働く人柄や、怠けずに進んで体を動かして仕事に取り組む態度を指し、また健康で充実した暮らしを送る状態をも示す。なお「チュウジツ」と読む場合は別の意味となる。
信実とは、嘘偽りがなく誠実な様子を指し、言葉や態度に表れる真実性や誠実さを意味する。
貞実とは、女性が自らの操を堅く守り、誠実で偽りのない心を持って行動する様子を指す。
堅実とは、物事の基礎がしっかりとしていて揺るぎがなく、着実に進められる様子を指す。特に、計画や行動が確実で危なげなく、信頼に足る安定性を備えていることを表す。
着実とは、物事を確実に進める様子を指し、手堅くて危なげがなく、着実な歩みで目標に向かうことを意味する。
偽りや飾り気がなく、真心をもって人や物事に対すること。また、そのような態度や性質を指す。
確実とは、疑いの余地がなく確かな様子を指し、信用できる状態や事柄を表す。物事が間違いなくそうであると認められる性質を意味する。
篤実とは、誠実で情け深く、真心をもって人に接する様子を指す。性格が温厚で、言動に偽りがなく、他者への思いやりに満ちていることを表し、人柄の信頼性や温かさを強調する語である。
手実とは、面倒なことを厭わずに丹念に取り組む様子を指し、また手先が器用で細かな作業を巧みにこなす様を表す。
実葛はモクレン科に属するつる性の常緑低木で、真葛とも表記される。
実矧(さねはぎ)とは、木材の接合方法の一つで、一方の板の側面に細長い突起(実)を形成し、他方の板の側面に掘った溝にその突起を嵌め込んで接ぐ技法を指します。
客実(まろうどざね)とは、客の中でも特に重要な人物、すなわち主賓を指す語である。賓実とも表記され、その場において中心となる客、もっとも大切に扱われるべき客人を意味する。
神実(かんざね)は、神の本体や実体を指す語であり、神霊が依りつく対象となるものを意味する。表記としては「主神」とも書かれ、また「かむざね」と読む場合もある。
酸実はバラ科に属する落葉小高木で、棠梨(ずみ)とも呼ばれる植物を指す。
枳実とは、カラタチの果実を指す。熟すと黄色くなり、特有の芳香を放つ。漢方では生薬として用いられる。
飾り気がなく、素直で誠実な様子を指す。物事や人の性質が質素で、華美に走らないことを表し、特に人柄の素朴さや真面目さを形容する際に用いられる。「朴実」と表記することもある。
筆忠実とは、手紙や文章を書くことを面倒がらず、こまめに筆を執る様子を指す。また、そのような習慣を持つ人を指して用いられることもある。対義語は「筆不精」である。
躬行実践とは、自ら実際に行動し、それを継続して行うことを意味する。知識や理論を学ぶだけでなく、それを自らの行いとして体現し、実地に試みる姿勢を指す。
すでに成立し、広く認められている事柄を指す。議論や変更の余地がほとんどなく、現実として受け入れざるを得ない状態にあることを表す。
開権顕実とは、仏教用語で、権教(衆生を導くための方便としての教え)を開いて、その内に含まれる真実の教え(実教)を明らかにすることを意味します。特に法華経の教えにおいて、それ以前の諸経典を権教と位置づけ、法華経こそが唯一の真実の教えであると説く立場を指します。
一虚一実とは、虚と実が入り交じり、状況が絶えず変化して予測が難しい様子を表す四字熟語です。戦術や話の展開などが、真実と虚構を織り交ぜ、相手の意表を突いて捉えどころのないさまを指します。
有言実行とは、口に出して言ったことを実際に行動に移し、確実に成し遂げることを意味する四字熟語である。従来の「不言実行」をもじって作られた表現で、公言した以上は責任を持ってそれを実現する姿勢を表す。
名目や評判だけが立派で、実際の内容や実質がそれに伴わない状態を指す。外見や称号は整っているものの、内実が伴わず空虚である様子を表す。