山と川や湖などからなる自然の景色を指す。また、そのような風景を描いた絵画である山水画の略称としても用いられる。さらに、築山と池泉を配した庭園のことも意味する。
天水とは、空と水を指す語であり、また天から降る水、すなわち雨水の意味でも用いられる。さらに、防火用に雨水を貯えておく桶である天水桶を略した呼称としても使われる。
手水とは、神社や寺などで参拝前に手や口を清める行為、またそのために用いる水を指す。転じて、便所や用を足すことを婉曲に表す場合もある。
イシガメ科に属する日本固有の淡水亀。幼体は「銭亀」と呼ばれ、甲羅に緑藻が付着した個体は「蓑亀」と称され、縁起が良いとされる。「石亀」とも表記する。
水夫(かこ)とは、船を操縦し航海に従事する者のことである。船乗りを意味し、「か」は梶(かじ)、「こ」は人を表す語に由来する。また「スイフ」とも読まれる。
水鶏はクイナ科の鳥の総称で、水辺に生息する。漢名に由来し、水辺に棲み、鶏のように夜明けを告げる鳥という意味を持つ。日本にはヒクイナやヒメクイナ、ヤンバルクイナなどが分布しており、特にヒクイナの鳴き声は古来より詩歌で「たたく」と形容されてきた。表記としては「秧鶏」と書くこともある。
水綿は、緑藻類ホシミドロ科に属する淡水藻の一種である。春から夏にかけて、水田や池沼などで糸状の体が絡み合い、水面に浮かんで生育する。その様子から「青味泥」とも表記される。
水がその周囲の物体に対して及ぼす単位面積当たりの力のことを指し、特に配管内や水中などにおいて作用する圧力を表す。
河川や湖沼、貯水池などの水面の高さを、特定の基準面から測定した値を指す。通常は海面や河床などを基準とし、降雨や融雪、放流などの影響によって変動する。
水域とは、水面において一定の範囲を区切って定められた区域を指す。例えば、航行の安全を確保するための危険水域や、漁業権が設定されている漁業専管水域などがこれに当たる。
水軍とは、中世の日本において海上に勢力を張り、貿易や海賊行為などで活動した地方豪族やその集団を指す。また、海上での戦闘を担う軍隊の意味も持つ。
水煙とは、水が細かい粒子となって立ち上る様子を指し、水しぶきや水の霧を表す。また、仏教建築においては、仏塔の頂部にある九輪の上に設けられた火炎形の装飾を指し、これは火災除けの願いが込められている。
河川を中心として、それに連なる湖沼や池など、水の流れやたまりが相互につながり合う一連の体系を指す。例えば、利根川水系のように、本流と支流、関連する水域を含めた総体を表す地理学上の概念である。
水源とは、河川や湖沼、地下水などが湧き出る元となる場所を指す。水の供給源としての役割を果たす地域や地点を意味し、特に河川の源流部や地下水の涵養地域を指して用いられる。
水火とは、水と火という相反する性質のものを指す。また、水害と火災という災害を表し、転じて極めて危険で苦しい状況や、互いに相容れない険悪な関係を意味する。
水郷とは、河川や湖沼が多く水辺の景観に恵まれた地域を指し、特にその美しい水景色で知られる町や村をいう。
水涯とは、川や海などの水域が陸地と接する境界の一帯を指し、水辺や水際といった表現と同様に、水面と陸との境目を表す語である。
水師とは、水上で戦闘を行う軍隊を指し、水軍や海軍と同義である。また、船頭や水夫といった船の操縦や運航に携わる者を意味することもある。
水干とは、のりを用いずに水に浸して板に張り乾燥させた絹布を指す。また、その布で作られた狩衣の一種であり、元来は庶民の日常着であったが、後に公家の私服や少年の礼服として用いられるようになった。
流水の力で羽根車を回転させて動力を得る装置を指す。主に製粉や揚水に用いられ、また水力発電のタービンもこれに含まれる。一方で、水路に設置し足で踏んで回転させ、農業用水を汲み上げるための装置も意味する。
水準とは、技術や品質、価値などの程度を測る基準となる一定の標準を指す。また、水平を測る道具である水準器の意味も持つ。
水晶は石英の一種で、六角柱状の結晶をなす鉱物である。純粋なものは無色透明で、その硬さと透明度から印章の素材や装飾品、光学機器の部材などに広く用いられる。
水が増して陸地や建物などが水中に沈み、見えなくなること。特に、洪水やダム建設などによって水位が上昇し、それまで水面上にあったものが水面下に隠れてしまう状態を指す。
ヒガンバナ科の多年草で、地中海沿岸が原産地とされる。線形の平たい葉を持ち、早春に長い花茎の先端に白や黄色の六弁花を下向きに咲かせる。主に観賞用として栽培され、漢名に由来する「水仙」という名称を持つ。
小麦粉を水で練って団子状にし、野菜やその他の具材を加えた汁で煮込んだ料理を指す。
水脈とは、地中を流れる地下水の通路を指す。また、河川や海域において、船舶の航行に適した帯状の深みを表すこともあり、この場合は「みお」とも読まれる。
水難とは、洪水や高潮など水による災害、あるいは船舶の遭難や溺死など水上で生じる災厄を指す。水に関連する災害全般を意味する語である。
澄んだ水が日光に反射して明るく輝くさまを表す。また、そのような景色の美しさを指すこともある。
水爆とは、水素爆弾の略称であり、水素の原子核が核融合反応を起こす際に放出される膨大な熱エネルギーと、中性子線による強力な放射能を利用した核兵器を指す。
水葬とは、遺体を水中に沈めて葬る方法を指す。火葬や土葬と並ぶ葬送の一形態であり、海や川など水域を墓所とする習俗に基づく。
水浴とは、体を洗い清めるために水を浴びる行為を指し、特に湯を用いない水による入浴を意味する。
水を貯えたり、水中生物を飼育したりするための容器。主にガラスやプラスチックなどで作られ、観賞用の魚や水生植物を入れて用いられる。また、防火用に水を蓄えておく設備を指す場合もある。
静止した水面のように平らな状態を指す。また、重力の方向に対して直角をなす方向や状態を表し、垂直と対になる概念として用いられる。
水練とは、水泳の技術やその練習を指す語である。また、水泳に熟達している様子や、そのような人物を表すこともある。転じて、畳の上の水練のように、実際の役に立たない知識や練習のたとえとしても用いられる。
水筒とは、主に外出先で飲料を携帯するための容器で、特に野外活動や旅行の際に用いられる。
水泡(すいほう)は、水泡(みなわ)と同じく、水面に生じる泡のことを指す。特に、水流が激しい場所や、水が何かにぶつかった際に発生する、一瞬で消えるはかない泡の様子を表す。
水田で栽培されるイネを指す語で、陸稲に対する呼称である。通常「すいとう」と読むが、「みずいね」と読む場合もある。
水論とは、主に夏季の水田耕作期に、農業用水の配分をめぐって生じる争いを指す。水争いや水げんかとも呼ばれ、限られた水資源を巡る農家間の対立を表す語である。
ミズキ科の落葉高木で、山野に自生する。枝は横に広く伸び、初夏に白い小花が多数集まって咲く。春に地中から多量の水を吸い上げる性質があり、枝を折ると樹液が滴ることからこの名がついた。「灯台木」とも書く。
水茎とは、筆や筆跡を指す雅語である。また、転じて筆で書かれた手紙そのものを意味することもある。
水子とは、生まれて間もない乳児を指す古語であり、また流産や堕胎によってこの世に生を得られなかった胎児のことも意味する。後者の場合には「水子供養」のような表現で用いられ、供養の対象となる。表記としては「稚子」と書くこともあり、「みずご」と読む場合もある。
水分(みくまり)とは、山から流れ出た水が複数の流れに分かれる地点を指す語で、分水嶺と同義である。語源は「水配り」の意に由来する。
茶道において、茶碗をすすいだ湯や廃水を受けるための容器を指す。建水(けんすい)とも呼ばれ、点前の際に床の間や炉縁を汚さないように用いられる。
水準(みずばかり)とは、細長い材木に溝を彫り水を張り、それを土台面に載せることで水平を確認するための道具、またはその行為を指す。水盛(みずもり)とも呼ばれる。
水引とは、こよりに糊を付けて乾燥させ固めたもので、中央から染め分けてあり、贈答品の包み紙を結ぶのに用いる。慶事には紅白や金銀、弔事には黒白の色を用いる。また、タデ科の多年草を指し、林野に自生し、秋に細長い花穂をつける。花弁はなく、四つの萼のうち上部三つが赤く下部一つが白い。この花穂を上から見ると赤く、下から見ると白く見える様子を、飾り結びの水引に見立てたことが名称の由来とされる。
水押(みよし)は、船の前方部分で、航行時に波を切る役割を担う部位を指す。船首やへさきとも呼ばれ、対義語として船尾を意味する「艫(とも)」がある。語源は「みおし」が転じたものとされ、漢字では「舳」や「船首」と表記することもある。
水松はミル科に属する緑藻の一種で、海松とも呼ばれる海藻である。
水屋とは、神社仏閣において参拝者が手や口を清めるために水を用意した場所を指す。また、茶道においては、茶室の一角に設けられ、茶器を整えたり準備をしたりするための空間を意味し、転じて茶器や食器を収納する戸棚のこともいう。
水雲は、褐藻類モズク科に属する海藻の一種である。主に内湾に生育し、ホンダワラなどの他の海藻に付着して育つ。外見は茶褐色の細い糸状をしており、触感は柔らかく、独特のぬめりを持つ。食用として広く利用されており、春が旬とされる。別名をモクズともいい、「海蘊」や「海雲」と表記することもある。
水の流れが分岐する地点を指す語で、水が二手に分かれる様子を表す。漢字の「水」と「叉(また)」に由来し、地形や水流の分岐点を意味する。
王水は濃塩酸と濃硝酸を三対一の割合で混合した強力な酸化性の液体である。通常の酸では侵されない金や白金などの貴金属をも溶解する性質を持ち、その名は「金属の王」である金を溶かすことに由来する。
主水は、律令制における官職名「主水司」の略称である。宮内省に属し、宮中における飲料水や氷室の管理、粥の調達などを担当した役人を指す。
出水(でみず)とは、大雨などによって河川の水量が急激に増し、水があふれ出す状態を指す。洪水や大水と同義で、橋が流されるなどの被害をもたらすことがある。夏の季語としても用いられる。なお、「しゅっすい」とも読む。
用水とは、防火や灌漑、工業、給水など特定の用途のために供される水を指す。例えば、用水路や工業用水といった形で用いられる。
汚水とは、使用によって汚れが生じたり、不純物が混入したりした水の総称であり、特に生活排水や工業廃水などを指す。下水道を通じて排出されることが多く、適切な浄化処理を必要とする。
子宮内の羊膜腔を満たす透明な液体であり、胎児を外部からの衝撃から保護するとともに、その発育に必要な環境を提供する。また分娩時には産道の潤滑剤としての役割も果たす。
行水とは、湯や水を張ったたらいなどに入って体を洗うことを指す。特に夏の季語として用いられ、短時間の入浴を烏の行水に喩えることがある。また、清らかな水で身を清める禊(みそぎ)の意味も持つ。
水をかけること、あるいは水をそそぎ入れることを指す。例えば、プールに水を入れる場合などに用いられる表現である。
河川の氾濫を防ぎ、水を有効に利用するために、堤防や用水路などを整備して水の流れを制御することを指す。
若水とは、元日の早朝に初めて汲む水のことを指し、邪気を払い、人を若返らせるとされる縁起物である。新年の行事の一つとして古くから伝えられてきた。
大雨や洪水などによって、田畑や道路、建物などが水に浸かることを指す。特に農作物が水を被り、被害を受ける状況を表す際に用いられる。
神に供える水を指し、また霊験あらたかとされる神聖な水の意を表す。
秋の澄み切った水を指すとともに、研ぎ澄まされた刀の切れ味をその清らかさに喩えた表現でもある。
重水素を含む水を指し、通常の水よりも分子量が大きい性質を持つ。原子炉において中性子の減速材として用いられるほか、化学や物理学の研究分野でも重要な物質である。
香料をアルコールなどに溶かして調製した液体で、主に身体や衣類に付けて香りを楽しむための化粧品を指す。また「こうずい」と読む場合は、仏前に供える香を浸した水のことを意味する。
水が建物や土地などに入り込んで、水に浸かる状態を指す。特に大雨や洪水、河川の氾濫などによって、通常は水のない場所に水が溜まる状況を表す。
出産の過程において、胎児を包む羊膜が自然に裂け、内部の羊水が母体の外へと流出する現象を指す。また、その際に排出される液体そのものを意味することもある。
不要な水を外部に排出することを指し、水はけや放水の意味で用いられる。また、船舶工学においては、船体が水中に沈んでいる部分によって押しのけられる水の体積、すなわち排水量を表す場合もある。
雨が長期間降らないために、河川や湖沼などの水量が減少し、水が枯れ果てる状態を指す。特に、降雨量の少ない時期に発生しやすい現象であり、水資源の不足や農業・生活用水への影響をもたらすことがある。対義語として「豊水」が挙げられる。
清水とは、地中から自然に湧き出る清らかで澄んだ水を指す。特に夏の季語として用いられることもあり、「せいすい」と読む場合もある。
新たに建造された船舶が初めて水上に浮かび、その航行を開始することを指す。通常は進水式と呼ばれる儀式を伴う。
黄水は、胃から吐き出される黄色い液体で、胆汁が混じっていることを特徴とする。嘔吐の際にみられることがあり、「おうすい」や「きみず」とも呼ばれる。
喫水とは、船舶が水中に沈んでいる部分を指し、船体の最下端から水面までの垂直距離を表す。船の浮き沈みの程度を示す指標として用いられ、積載量や航行状態の把握に重要な数値である。同義語に「船脚」があり、「吃水」はその書き換え字とされる。
「復水(おちみず)」とは、飲むと若返るという伝説の水を指す。月が満ち欠けを繰り返すことから若返りの象徴とされ、月の神が所持すると信じられていた。表記は「変若水」とも書く。なお、「フクスイ」と読む場合は、蒸気を冷却して再び液体に戻すことを意味する。
揚水とは、ポンプなどの装置を用いて低い位置にある水を高い場所へと汲み上げることを指す。また、そのようにして汲み上げられた水そのものを指す場合もある。
散水とは、水をまくことを指す。特に植物や地面などに水をかける行為を表し、「撒水」の書き換え字として用いられる。
湯水とは、湯と水を指す語である。また、湯や水のように豊富で価値の低いものの喩えとしても用いられ、例えば金銭を惜しみなく浪費する様子を「金を湯水のように使う」などと表現する。
雲水とは、修行のために諸国を巡り歩く僧侶を指す。雲や水のように一箇所に留まらず、遍歴する姿に由来する語で、特に禅宗の行脚僧をいうことが多い。また、文字通り雲と水を意味する場合もある。
水が容器や配管などから意図せず外部にもれ出ること。また、そのもれ出た水そのものを指す場合もある。
水中に潜り込むこと。特に、潜水艦や潜水具を用いて水中に沈み、活動することを指す。
神仏の霊験によって不思議な効能を備えたとされる水。信仰の対象として崇められ、病気平癒や厄除けなどのご利益があると信じられている。
薪と水を指し、特に炊事に必要な燃料と水を意味する。転じて、炊事そのものや家事労働を表すこともある。
一度こぼれた水は元の容器に戻すことができないことから、取り返しのつかない事態や、一度起きてしまったことを元に戻せないことを喩える表現。
鏡のように静かで澄みきった水面の状態を指し、波一つ立たず、周囲の景色をくっきりと映し出す水のたとえ。
水脈(みお)とは、遠浅の海や川において、船舶が安全に航行できるよう水深を確保した通路を指す。表記としては「澪」の字を用いることもある。なお、「水脈」は「すいみゃく」と読む場合もあり、その際は主に地下水などの流れを意味する語として区別される。
水際とは、陸地と水面とが接する境界の一帯を指す。波打ち際や岸辺のことをいい、水ぎわやなぎさとも呼ばれる。汀や渚と表記することもある。
水の流れの先端を指す語で、水量が増し始める最初の部分を表す。転じて、物事の始まりや発端を意味する場合もある。
水面(みのも)とは、水の表面を指す語である。山の影が映るなど、自然の景観を描写する際に用いられる。なお、「みなも」や「スイメン」と読む場合もある。
水粒(みつぼ)は、水滴や水の泡を指す語で、水の小さな粒状の形態を表す。特に「水のつぶ」という原義に基づき、液体が丸みを帯びた形状を成している様子をいう。
水門は、河口付近にあって海水が出入りする場所を指し、港の意味で用いられる。また、水を制御するための門状の構造物を指す「水門(すいもん)」と同義として扱われることもある。
水口(みなくち)は、河川や用水路から田畑へと水を引き入れるための取り入れ口を指す。また、そのような場所を水の手とも呼ぶ。水口を開くという表現は、実際に水門や堰を開いて灌漑を行う行為を意味する。なお、同じ漢字で「みずぐち」と読む場合もある。
水の泡を指す語であり、その儚く消えやすい様子から、はかなく消え去るものの喩えとしても用いられる。
垂水とは、高い所から勢いよく落ちる水のことで、滝を指す。
添水とは、庭園などに設置される仕掛けで、竹筒の中ほどを支点として斜めに切り落とした一方に水が注がれるとその重みで傾き、水が流れ出た反動でもう一端が石を打って音を立てる装置を指す。鹿威しとも呼ばれ、その音は風情を添えるとともに鳥獣を遠ざける効果もある。秋の季語として用いられ、「僧都」と表記されることもある。
アメンボ科の昆虫の総称で、水田や池沼の水面に生息する。細長い黒褐色の体と、水面に広げる長い脚が特徴であり、水の上を滑るように移動する。飴のような甘い臭いを発することから「飴坊」とも表記され、「水黽・水馬」の漢名に由来する。
水獺は、イタチ科に属する哺乳類で、河川や湖沼などの水辺に生息する。漢名に由来する語で、水中での活動に適した体の構造を持ち、主に魚類を捕食する習性がある。
水狗はカワセミ科の鳥を指す語で、漢名に由来する。鮮やかな青緑色の羽を持つ小鳥であり、水辺に生息し、魚を捕食する習性からこの名で呼ばれる。翡翠(かわせみ)とも称される。
水豹は、アザラシ科に属する海生哺乳類の総称であり、主に北極や南極を中心とした寒冷な海域に生息する。四肢はひれ状に発達しており、水中での遊泳に適した体形をしている。体毛は密生し、皮下脂肪が厚いことで厳しい寒さから身を守っている。
水閘とは、水路の開閉によって水の流れを調節する水門のことであり、また、水位の異なる水面の間を船舶が通行できるように昇降させるための閘門をも指す。
水害と旱害を指し、洪水と日照りによる災害を意味する。また、水と陸の両方を表すこともある。
水中で生活する性質や状態を指す。特に植物や動物が水域を生息環境としていることを表し、陸生に対する概念として用いられる。
水沫とは、水面に生じる泡のことであり、また水がはねた際に生じる細かい水滴を指す。
水簸とは、水中での沈降速度の差を利用して物質を分離する方法である。主に陶土を粒子の大きさによって細粉と粗粉に選別したり、砂金から金を採取したりする際に用いられる。「簸」はふるい分けることを意味する。
皮膚の表皮下に組織液が溜まることで生じる、半球状に隆起した発疹を指す。一般に「水ぶくれ」とも呼ばれ、火傷や摩擦、あるいは特定の皮膚疾患などが原因で発生する。
セリ科に属する多年草で、湿地や水辺に自生する。春の七草の一つとして知られ、若芽は食用とされる。
水葱(なぎ)は、ミズアオイの別称であり、雨久花(みずあおい)とも呼ばれる植物を指す。夏に用いられる表記で、「菜葱」と書くこともある。
ミズゴケ科に属する蘚類の総称で、高山の湿地などに自生する。吸水性に優れ、園芸において保水材として利用される。
ミジンコ科に属する微小な甲殻類の総称で、淡水の池や沼などに生息する。体長は数ミリメートル程度で、水中を跳躍するように遊泳する様子からこの名がある。
水杯とは、再会の見込みが薄い別れの際に、酒の代わりに水を盃に注ぎ、互いに飲み交わすことを指す。
水中に溶けていた物質が、容器の内壁や水面、底などに付着・堆積してできる汚れの総称。特に湯沸かし器ややかんなどに付く白い沈殿物を指すことが多い。
水のようにさらりとした薄い鼻汁を指す。風邪の初期や寒い季節に多く見られ、透明で粘り気の少ない状態を表す。
水蕗はオニバスの別称であり、水に浮かぶ大型の多年草である。葉は円形で縁が立ち上がり、裏面には鋭いとげが密生する。夏に紫色の花を咲かせ、果実は食用となる。また、「みずふぶき」とも読まれる。
船舶が水中に沈んでいる部分の深さを指す。船体の底部から水面までの垂直距離を表し、船の積載状態や航行可能な水域の水深を判断するための重要な指標となる。
萍水とは、水面に浮かぶ浮草と水の関係を指し、そこから転じて、定住せずに各地を流れ歩くさまを喩える表現である。
疎水とは、水を疎遠にし、はじく性質を指す。特に化学や材料科学において、物質の表面が水を弾き、濡れにくい状態を表す用語として用いられる。
「撒水」は本来「さっすい」と読む語の慣用読みであり、「さんすい」と発音される。これは水を撒く行為を指すが、通常の読み方とは異なる発音で定着したものである。
山間の谷間を流れる水のことで、渓谷に沿って流れる清らかな流れを指す。特に深山幽谷に源を発し、岩肌を伝いながら流れ下る冷たく澄んだ水をいう。
潦水とは、雨などで地面にたまった水たまりのことを指し、特に長雨の後に生じるものをいう。また、大雨によって河川が増水し、周囲に溢れ出るような洪水状態を表す場合もある。
谷間を流れる川、あるいはその水を指す。渓谷に沿って流れる清流を表し、表記としては「渓水」とも書かれる。
塩分を含んだ水を指し、特に海水を意味する。淡水と対比される概念で、湖沼などにおいても塩分濃度が高い水域を表す際に用いられる。
手水鉢は、手を清めるための水を溜めておく容器を指す。茶道においては露地に設けられ、客人が手や口を漱ぐために用いられるほか、庭園の景観を引き立てる重要な役割も果たす。
水彩画とは、水溶性の絵具を用いて描かれる絵画の一種である。水で溶いた顔料を紙などの支持体に塗布し、その透明感やにじみ、ぼかしなどの効果を生かして表現する。油彩画と対比されることが多く、主に不透明なガッシュと透明な水彩に大別される。
水産業とは、魚介類や海藻などの水産資源を捕獲・養殖し、さらに加工や流通までを含む一連の産業を指す。
水中花とは、透明な器に水を張り、その中に造花を浸して草花が咲いたような姿に見立てた飾り物を指す。主に夏の涼やかな室内装飾として用いられる。
水蜜桃はバラ科の落葉小高木で、モモの一品種である。中国を原産地とし、果実は甘味が強く、果汁が豊富でみずみずしい特徴を持つ。別名をスイミツともいう。
水豆児はタヌキモ科の多年生食虫植物で、池沼や水田に浮遊する。糸状に細かく分かれた葉には多数の捕虫袋があり、全体としてタヌキの尾のような形状を呈する。夏期には黄色い唇形花を咲かせる。「狸藻」とも表記する。
キョウチクトウ科の多年草で、河原などに自生する。初夏に茎の上部に青紫色の花をつけ、その花を横から見ると丁字形をしている。漢名からの誤用で「水甘草」と表記されるが、「丁子草」と書くこともある。
元日の朝に汲んだ若水を用いて手や顔を洗い清める新年の行事を指す。
岩の間から湧き出る清冽な水を指し、特に夏の季語として用いられる。その清らかで冷たい様子が特徴である。
竜吐水とは、江戸時代に用いられた手動式の消火器具を指す。木製の水槽に設けた押し上げポンプの操作により放水する仕組みで、火災の際に使用された。また、遊戯用の水鉄炮を指す場合もある。
水に炭酸ガスを溶解させ、甘味料や香料などを加えて清涼感を高めた飲料の総称。特に夏季に好まれる。
ヒガンバナ科の多年草で、南ヨーロッパを原産とする。観賞用に栽培され、早春に香りのよい黄色い花を横向きに咲かせる。春を表す花として「長寿花」とも書かれる。
水無月は陰暦六月の異称で、夏の盛りを指す。この時期は田に水を引くことから「水の月」と呼ばれたとする説や、逆に梅雨明けで水が枯れる意の「水無し月」に由来するとの説がある。
熊本県水俣地方および新潟県阿賀野川流域で発生した公害病。工場廃液に含まれる有機水銀化合物により汚染された魚介類を摂取することで発症し、神経系を侵す。重症例では死に至ることもある。
汗水漬とは、汗が大量に流れ出て衣服や体がびっしょりと濡れている様子を表す。特に夏の炎天下や激しい労働の後などに用いられ、全身から滴る汗によって衣服が汗に染み込み、まとわりつくような状態を指す。
沈水香とは、沈香の別称であり、東南アジア原産のジンチョウゲ科の樹木が何らかの原因で樹脂を蓄積し、芳香を放つようになった部分を指す。その名は、良質のものが水に沈むことに由来する。
水爬虫(たがめ)は、タガメ科に属する水生昆虫である。水田や池沼に生息し、体は長卵形で扁平、淡褐色を呈する。強大な前脚を用いてイモリや魚、昆虫などを捕らえ、その体液を吸う。夏に活動し、「田鼈」とも表記される。
水垢離とは、神仏に祈願する前に冷水を浴びて身を清める修行または儀式を指し、水行や禊(みそぎ)と同義である。心身の穢れを洗い流し、清浄な状態で神事に臨むための準備行為として行われる。
ミズナギドリ科に属する海鳥の総称。主に南半球の孤島で繁殖し、体の上面は暗褐色、下面は白色の種類が多い。海面すれすれを翼で薙ぐように飛びながら魚類を捕らえる習性に由来する名である。
水疱瘡は、主に小児期にかかる感染症で、発熱を伴い、皮膚や粘膜に現れる赤い発疹が水疱へと変化する特徴を持つ。水痘ウイルスによって引き起こされる。
山の切り立った崖や岩場から湧き出て流れる清らかな水を指し、特に夏の情景を連想させる表現である。
堤防やダムなどにおいて、水位が上昇して越流する際に、余剰な水を安全に排出するために設置される管状の構造物を指す。
塵手水とは、手を清める水がない場合に、空中の塵をこねるような仕草で手を洗う真似をすることを指す。また、相撲の作法の一つとして、土俵上で力士が取組前に蹲踞の姿勢で両手をすり合わせ、拍手を一度打った後、手のひらを返しながら左右に広げる動作も意味する。
我田引水とは、物事を自己の都合に合わせて取り計らうことを意味する。本来は自分の田にのみ水を引き入れる意から転じて、言動や判断を自らに有利なように導く比喩として用いられる。
水にぬれて泥にまみれることを意味し、他人を救うために自らの身を顧みずに尽力する様子を表す四字熟語である。
遠水近火とは、遠くにある水では近くで燃える火を消すことができないという故事から、遠く離れたものは緊急時には役に立たないことを意味する。また、緩慢な対応では差し迫った事態に対処できないという教訓も含む。『韓非子』を出典とする四字熟語である。
雲水行脚とは、禅僧が修行のために諸国を巡り歩くことを指す。「雲水」は雲や水のように一か所に留まらない修行僧を意味し、「行脚」は徒歩で各地を遍歴する修行を表す。つまり、定住せずに各地を巡りながら修行を積む仏教の修行形態である。
潁水隠士とは、中国の伝説上の高士である許由の故事に由来する四字熟語である。彼は帝位を譲られそうになった際、その言葉を聞くことさえ耳を汚すとして潁川の水で耳を洗い、俗世間を離れて隠遁したと伝えられる。この語は、世俗の権力や栄誉を潔く退け、清らかな隠遁生活を送る人物を指して用いられる。
盈盈一水とは、天の川を隔てて引き裂かれた彦星と織姫の伝説に由来し、互いに想い合う者どうしが、たとえ一筋の清らかな水であっても隔てられて直接会えないもどかしさや切なさを表す四字熟語である。『文選』所収の「古詩十九首」に典拠を持つ。
一水四見とは、同じ水という対象であっても、それを見る者の立場や心のありようによって全く異なる見え方をすることを表す四字熟語である。天人には宝の池に散りばめられた瑠璃のように、人間には飲み水のように、餓鬼には膿んだ血のように、魚には住みかとしてそれぞれ映るという仏教の説話に由来し、主観によって認識が変わることを示す。