「上前」は、着物を着る際に前で重ね合わせる部分のうち、外側に来る部分を指す。また、転じて、取引の仲介などで手数料として受け取る金銭の一部を意味し、この場合「上前をはねる」などの表現で用いられる。後者の用法は「上米(うわまい)」が転じたものとされる。
丹前とは、防寒用に着物の上に羽織ったり寝具としても用いられる、ゆったりとした広袖の綿入れの衣服を指す。どてらとも呼ばれ、主に冬期に使用される。
午前とは、夜中の零時から正午までの時間帯を指す。また、日の出から正午までの間を指すこともあり、午後に対する語として用いられる。
料理店などが注文を受けて、調理した料理を客の自宅や指定の場所まで届けるサービス、またその料理自体を指す。特に急な来客時や家庭での調理が難しい場合などに利用される。
両前とは、洋服の上衣やコートにおいて、前身頃を深く重ね合わせ、ボタンを左右二列に配置した仕立て方を指す。ダブルブレストとも呼ばれ、片前と対照されるデザインである。
気前とは、金銭や物品を惜しみなく他人のために使おうとする心のありようを指す。また、広く人の気性や性質を表すこともある。
自前とは、費用を自己負担することを指し、例えば自前の衣装などと用いられる。また、芸者が独立して営業する場合、あるいはそのような芸者自身を指すこともある。
男前とは、男性としての容貌や風格、特に顔立ちの良さを指す言葉である。男らしい器量や整った容姿を称える際に用いられ、好男子や美男子といった意味合いを含む。
オオバコ科の多年草で、道端などに自生する。葉は大きな卵形で根元から叢生し、夏には白い小花を穂状につける。葉や種子は薬用とされる。漢名の「車前」は、牛馬や車の通る道端に生えることに由来する。別表記として「大葉子」がある。
ある物事が起こる前、または何かを始める前の時点を指す。例えば、事前に連絡するなど、事後の対義語として用いられる。
承前は、前の文章の続きであることを示す語で、続きの文章を書き始める際に用いられる。また、前の文脈を受け継ぐことを意味する。
これまでに例がなく、未だかつてないほどであることを表す。
前提とは、ある事柄が成立するための基礎となる条件や、推論を行う際の根拠となる既知の事実や仮定を指します。例えば、結婚を前提とした交際のように、特定の状況や結論が成り立つために必要な土台を意味します。
前方を走行する自動車を指す。また、既に通過した車両を意味することもある。
二つの事柄を対比して述べる場合に、先に挙げた方の事柄を指す語。後に挙げた事柄は「後者」という。
ある地位や役職に先任していたこと。また、その人物を指す。後任に対する概念であり、職務や任務の引き継ぎにおいて言及される。
給料などの金銭を、本来支払われるべき期日よりも前に借り受けることを指す。
支払い期限よりも前に代金を納入すること。特に、会費や料金などを事前に支払う場合に用いられる。
前に述べた言葉や、過去の出来事について語った言葉を指す。また、先人や過去の人々が残した言葉や教えを意味することもある。さらに、将来の出来事を予測して前もって述べた言葉という意味でも用いられる。
前古とは、遠い過去の時代、すなわちいにしえを指す語である。特に、歴史上の遥か昔を漠然と示す場合に用いられ、「前古未曽有」などの成句において、かつて例のない事態を強調する表現としても見られる。
過去に犯した過ちや誤りを指す語で、主に「前非を悔いる」などの表現で用いられる。
前方へ進むことを指し、また物事がより良い状態へと進展することを意味する。後退や停滞の対義語として用いられる。
前座とは、主に寄席芸能において、本演者の前に出演して場を温める役割を担うこと、またその演者を指す。落語の世界では、修業の初期段階にある者を表す階級の名称としても用いられる。
前略とは、文章の一部を省略する際に用いる表現である。主に二つの用法があり、一つは他者の文章を引用する際に、前の部分を省略することを示す場合である。もう一つは手紙の書き出しにおいて、時候の挨拶などの定型文を省くことを伝える際に用いられる。
前頭とは、相撲の力士の地位を表す言葉で、幕内に所属する力士のうち、三役(大関・関脇・小結)に次ぐ平幕の力士を指します。十両より上位であり、幕内の下位グループを構成する階級です。
厄年の前年にあたり、本厄に次いで災厄が起こりやすいとされる期間を指す。この時期は慎み深く過ごすことが求められ、後厄と対をなす概念である。
結婚する以前の時期を指す。特に、結婚式を挙げる前の段階を表す。
腕前とは、人が修練や経験を通じて身につけた技能や力量の程度を指し、特に実際の行動や成果として発揮される能力の水準を表す。
墓の前を指す語。故人を弔うために墓石の正面に立つ場所や、供物を捧げる空間を表す。
死者の霊を祀った場所の前を指し、またその場所に供える物をもいう。
前栽とは、庭に草木を植え込んだ部分、あるいはその庭そのものを指す。また、転じて、そこで栽培される青物や野菜を意味することもある。
点前とは、茶道において茶を点てる一連の作法や様式を指す。亭主が客人をもてなす際の、道具の扱い方や動作の流れなど、茶を喫するまでの格式ある手順全体を意味する。
「御前(ごぜ)」は「御前(ごぜん)」と同じく、人を表す語の下に添えて敬意を表す接尾語である。主に女性に対して用いられ、例えば「母御前」のように、親しみと尊敬の念を込めて呼び掛ける際に使われる。
前轍とは、前方を進む車輪の跡を指す。転じて、過去の失敗や過ちを喩える表現として用いられ、同じ過ちを繰り返すことを「前轍を踏む」と表現する。
軍隊が駐屯する際に、敵情を偵察し、また敵の不意打ちを防ぐために、本隊の前方に配置する小部隊を指す。
前胡はセリ科の多年草で、土当帰の別名として知られる。漢名「前胡」からの誤用に由来する名称である。
相撲のまわしにおいて、体の前面を横方向に覆い支える部分を指す。力士が腰に締めるまわしのうち、腹部の前面に位置する横一線の布の部分を特にこう呼ぶ。
桜前線とは、日本各地の桜の開花予想日を地図上にプロットし、同じ日に開花すると予測される地点を線で結んだものを指す。春の訪れとともに気温が上昇するにつれて、この線は南から北へと移動していく様子が示される。
御霊前とは、死者の霊を祀る場所の前を指す言葉である。また、そのような場所に供える供物そのもの、あるいは供物に記す言葉としても用いられる。
朝飯前とは文字通りには朝起きてから朝食をとる前の時間帯を指すが、転じて、朝食をとる前のわずかな時間でもできるほど簡単なこと、つまり非常に容易な事柄を意味する。
茶道において、茶を点てる一連の作法や手順を指す。また、その技術の巧拙や、点てられた茶の出来栄えそのものを表すこともある。
冠前絶後は、これまでに比類なく優れており、今後も並ぶものがないほど傑出していることを表す四字熟語である。中国宋代の徽宗が、顧愷之の絵画を「前代で最高」と評し、張僧繇のそれを「後代に比するものなし」と称賛した故事に由来する。転じて、非常に珍しい物事を形容する際にも用いられる。
「階前万里」とは、天子が遠方の出来事を宮殿の階段の前で起こっているかのように明らかに知っており、臣下が隠し立てや欺くことができないことを表す四字熟語である。転じて、遠く離れた地の事情が手近なことのようによく分かる状況を指す。出典は『十八史略』の唐の宣宗に関する記述による。
門前雀羅とは、門の前に雀を捕える網を張れるほど訪れる人もなく、ひっそりと閑散としている様子を表す四字熟語である。かつて栄えた家や店などが衰え、人の出入りが途絶えて寂れた状況を、雀が群れるほど人気のない門前の光景に喩えた表現で、『史記』汲鄭伝に由来する。
風前の灯火とは、風の吹き付ける場所に置かれた灯りがいつ消えるかわからない様子から、物事が非常に危うく、わずかなことで崩れ去る可能性がある状態を指す。特に、生命や状況が極めて不安定で、今にも終わりを迎えそうな危険な状況を喩える表現として用いられる。
手前味噌とは、自分自身で作ったり成し遂げたりしたものを自ら褒めることを意味する。元来は自家製の味噌の味を自慢することを指したが、転じて広く自己宣伝や自画自賛の振る舞いを喩える表現として用いられる。
手前勝手とは、自分本位に物事を考え、自身の都合や利益だけを優先して行動する様子を表す。周囲の事情や他者の立場を顧みず、わがまま勝手に振る舞うことを意味する。
前代未聞とは、これまでの歴史において例がなく、まったく聞いたこともないような珍しい出来事や状況を指す。過去の時代を意味する「前代」と、聞いたことがないことを表す「未聞」が結びつき、並外れて異例な事態を強調する表現である。