事件や現象などが発生すること。特に、予期せずに現れたり起こったりする事態を指す。
励起とは、原子や分子などの系が外部からエネルギーを受け取り、基底状態からより高いエネルギーの状態へと遷移することを指す。
新しい物事を計画し、それを実際に始めることを指す。また、信仰心が起こり仏門に入るという意味でも用いられる。
起居とは、立ち上がることと座ることを指し、日常の動作や振る舞いを意味する。また、日々の生活全般を表すこともあり、特に中国では皇帝の日常の行動や発言を記録した文書を「起居注」と呼ぶ。起臥と同義であり、「たちい」と読む場合もある。
起稿とは、文章や原稿の執筆を開始することを指す。特に正式な文書や文学作品などにおいて、最初の草稿を書き起こす段階を意味する。
ある時点を基準として、そこから計算を開始することを指す。例えば、四月一日を起点として日数や期間を数え始める場合に用いられる。
起訴とは、裁判所に対して訴訟を提起する行為を指す。特に刑事事件においては、検察官が被疑者を被告人として刑事裁判に付するため、公訴を提起する手続きを意味する。
起草とは、文書や法律案などの原案を作成することを指す。まだ確定していない文案を最初に書き起こす段階を表し、起稿とも呼ばれる。
物事が始まる地点や、動きや変化の出発点となる位置を指す。例えば、鉄道の路線において列車の運行が開始される駅などがこれに当たる。
機械や装置などが動き始めること。特に、コンピューターやソフトウェアなどが稼働を開始する状態を指す。
起筆とは、文章や書画などを書き始めることを指す。筆を執り起こす最初の段階を表し、書き起こしとも呼ばれる。対義語として筆を置くことを意味する擱筆がある。
より重要な役目や地位に人を取り立てて任用することを指す。特に、それまで目立たなかった者や若手を抜擢して重要な任務に就かせる場合に用いられる。
隆起とは、地面や地層などが周囲よりも高く盛り上がることを指す。地殻変動や火山活動などの自然現象によって生じることが多く、地形の変化を示す地学用語として用いられる。
ある事柄を呼び覚まし、人々の意識や関心を向けさせることを指す。特に、公衆の注意や世論、あるいは個人の内面にある感情や記憶などを、強く意識化させる働きを持つ。
議題や問題を公の場に持ち出して論じることを始めること。また、訴訟を裁判所に申し立てることを指す場合もある。
過去に経験したことや記憶の中にある事柄を、意識の中に呼び戻すこと。
縁起とは、物事が起こる前触れや兆候を指し、吉凶の前兆として捉えられることが多い。また、寺社や宝物などの由来や起源を記した記録のことも意味する。
気力を奮い起こして立ち上がること。困難や逆境に直面した際に、自らの意志や勇気を鼓舞して行動を起こす様子を指す。
起請とは、神仏に対して偽りや背信のないことを誓うことを指し、特に君臣や男女の間で交わされる固い約束を意味する。また、その内容を記した文書を指す場合もある。一方で、物事を計画し、それを実行するために上級の官庁へ願い出る行為、あるいはその提出文書を指す用法もある。
夙起とは、朝早くに起床することを指す。古くから用いられる表現であり、特に勤勉さや規律正しい生活態度を表す文脈で使われる。同義語に「夙興」や「晨起」があり、いずれも早朝の活動を意味する。
朝遅くまで床にいること。あるいは朝寝坊をして、通常より遅い時間に起床することを指す。
起龕とは、禅宗の葬儀において棺を葬送の場へと移し出す儀式を指す。この語は「龕」を棺の意とし、入龕や移龕など、葬送に関わる一連の儀礼の中で用いられる。
寝床から身を起こし、寝ていた状態から活動を始める状態に移ることを指す。特に朝、眠りから覚めて布団やベッドから離れる行為を表す。
「崛起」とは、急に勢いを増して頭角を現すことを指す。また、山などが高くそびえ立つ様子を表す場合にも用いられる。「屈起」と表記することもある。
晨起とは、朝早くに起床することを指す語で、夙起とも表記される。特に夜明けや早朝の時間帯に目覚め、活動を始める状態を意味する。
ある事態や状況を引き起こすこと。特に、好ましくない出来事や問題が生じる原因となることを指す。
むらがり起こること。多くの感情や考えが一度に胸の中に沸き起こる様子を表す。
観感興起とは、ある物事を目にし、それに心を動かされることで、奮い立つ気持ちが起こることを指す四字熟語である。
一心発起とは、あることを成し遂げようと心を一つに定め、それに向かって努力を始めることを意味する。
一度の食事の間に十度も席を立つことを意味し、転じて、賢者を熱心に求め迎え入れる様子を表す故事成語である。中国の夏王朝の禹王が、食事中や髪を洗う最中にも訪れる賢者を惜しまず対応したという故事に由来する。
一夜十起とは、人間が私情や私心から完全に自由になることは難しく、多かれ少なかれそれらに心を動かされる様子を表す四字熟語である。故事によれば、後漢の第五倫が甥の看病では一晩に十度も起きながらも自室では安眠できたのに対し、実子の病気では看病せずとも心配で眠れなかったという逸話に由来する。
仏教において悟りを開こうと固く決心することを指す。転じて、何かを成し遂げようと強く決意することを意味する。