凶徒とは、凶悪な行為を行う者や集団を指す。特に暴力や犯罪に及ぶ悪人を意味し、凶漢や凶賊と同義で用いられる。また、暴動や騒乱を引き起こす集団、すなわち暴徒を指す場合もある。表記としては「兇徒」とも書く。
キリストが自らの教えを広めるために特に選び出した十二人の弟子を指し、ペテロやヨハネ、マタイなどがこれに当たる。転じて、ある理想や社会のため、自らの身を捧げて尽力する人を喩える表現としても用いられる。
門徒とは、同じ師に師事する弟子や門下生を指す。また、同じ宗派に帰依する信者、特に浄土真宗の信者を指して用いられることもある。さらに、浄土真宗そのものを俗称する場合もある。
特定の宗教を信仰し、その教えに従って生活する人を指す。信者や宗徒と同義で用いられることが多い。
徒渉とは、川や海などの浅瀬を歩いて渡ることを指す。徒歩で水の中を移動する行為を表し、「かちわたり」とも呼ばれる。また、「渡渉」と表記されることもある。
徒労とは、努力や苦労を重ねたにもかかわらず、それが何の成果も報いも得られずに無駄に終わることを指します。
「徒然」は「つれづれ」と同義で、何もすることがなく手持ち無沙汰な状態、あるいはそのような退屈な気持ちを表す。
徒卒とは、徒歩で戦闘に従事する兵士のことを指し、特に馬や車両に乗らずに地上を移動し戦う歩兵を意味する。歩卒とも呼ばれる。
徒然とは、何かすることがなくて退屈な状態を指し、また、そのような時に物思いにふけり、しんみりとした寂しい気持ちに浸る様子を表す。
徒長とは、植物が過剰な肥料や日照不足などの不適切な環境条件によって、茎や葉がひょろ長く、軟弱に伸びすぎる状態を指す。
師匠や商人、職人などに付き従い、その技術や知識を学ぶ者を指す。特に商人や職人の家に住み込みで働きながら修業する少年をいうこともあり、かつては徒弟制度を通じて高度な技能が伝承された。
徒死とは、無意味に命を落とすことを指し、何の成果も得られずに死ぬ様をいう。犬死にとも表現される。
徒事とは、何の役にも立たないこと、あるいは効果のないことを指す。無益な行為や空しい事柄を意味し、徒労に終わる様を表す。
金銭や時間、労力などを無駄に費やすことを指し、またそのように無益に使われた費用そのものを意味する。
手に何も持たない状態を指し、素手のことを意味する。特に武器や道具を用いずに手のみで何かを行う様子を表す際に用いられる。
酒を好む人、特に酒を飲むことを習慣としている人を指す。また、酒を共にする仲間という意味でも用いられる。
特定の宗教を信仰し、その教団に所属する人を指す。信徒や信者と同義で、例えばイスラム教徒のように用いられる。
博徒とは、賭博に従事する者を指す言葉であり、特に賭け事を生業とする者を意味する。
徒事とは、無意味で実りのない物事を指すとともに、はかなくも一時の慰みとなるような恋愛関係や情事をも意味する言葉である。
徒人(あだびと)とは、浮気性で誠実さに欠ける者を指す。また、風流を解する人という意味もあり、文脈によっては「他人(あだびと)」と表記して別の人を意味することもある。
徒歩とは、乗り物を用いずに自らの足で移動することを指す。また、江戸時代においては、騎乗を許されなかった下級武士を指す場合もあり、その際には「徒士」と表記されることもある。
履物を履かずに素足で歩くことを指す。通常は「かちはだし」と読むが、「とせん」と読むこともある。
徒事(ただごと)とは、特別なことではなく、ごく普通のありふれた事柄を指す。日常茶飯事とも言い換えられ、特に取り立てて言うほどのことではない状態を表す。漢字では「只事」や「唯事」と書くこともある。なお、「あだごと」や「トジ」と読む場合は、別の意味になるので注意を要する。
徒口とは、必要のない、あるいは取るに足らない内容のおしゃべりを指す。無益な会話や冗談などを意味し、「無駄口」と表記されることもある。
徒骨とは、努力や苦労をしても何の成果も得られず、無駄に終わることを指す。特に、骨折り損の意味で用いられ、「徒骨を折る」などの形で使われる。
徒跣とは、履物を履かずに素足で歩くことを指す。特に、古代において敬意や哀悼の表現として、履物を脱いで地面を直に歩く行為をいう。
徒爾とは、物事が無益に終わり、何の成果も得られない様子を指す。努力や行為が無駄に費やされ、期待された結果に至らないことを表す語である。
墨染めの衣をまとう者を指し、転じて僧侶を意味する。仏門に帰依し、黒衣を身につける修行者の集団を表す語であり、「緇流」と同義である。
徒競走とは、一定の距離を走り、その速さを競う競技を指す。主に運動会などで行われるかけっこのことをいう。
旧刑法において重い刑罰に処せられた囚人を指す。男性の場合は島流しに、女性の場合は内地での労役に服させた。
徒目付は江戸幕府における役職の一つで、目付の指揮下にあって監察や取り締まり、探偵などの任務に当たった。御徒目付とも呼ばれ、徒横目と同様に市中の警備や情報収集を担っていた。
馬歯徒増とは、年月だけが無駄に過ぎてしまい、何の成果も得られないことを意味する。馬の歯は年齢とともに伸びるが、それ自体は何の役にも立たないことから、自分の年齢が増すばかりで進歩がないことを謙遜して言う表現である。
徒手空拳とは、手に何も武器や道具を持たない状態を指す。転じて、資金や基盤となる地位などが何もなく、自らの力だけを頼りに物事に取り組むことを意味する。
市井之徒とは、町中に住む普通の庶民や、特に教養や地位のない平凡な人々を指す四字熟語である。『旧唐書』李密伝に由来し、世間一般のごく普通の人、あるいは取るに足らない者をやや軽んじて言う表現として用いられる。
高陽酒徒とは、酒を好む者、大酒飲みを指す四字熟語である。この語は『史記』の「朱建伝」に由来し、酔狂な振る舞いで知られた酈食其(れきいき)が、自らを「高陽の酒徒」と称した故事に基づく。高陽は地名であり、ここでは酒好きの人物の代名詞として用いられている。