幼児とは、一般に年齢の幼い子供を指す語である。特に法令上では、児童福祉法において満一歳から小学校就学の始期に達するまでの子供を意味し、この時期の保育や教育を「幼児教育」と称する。なお、より広い年齢層を含む「小児」とは区別される。
死んだ子供を指す語。また、生まれる前に亡くなった子供をいう。
児戯とは子供の遊びやふざけた行為を指し、転じて思慮に欠ける幼稚な行動や、取るに足らない些細なことを意味する。
「児女」とは、女性や子供を指す語であり、特に女性や子供を軽んじる文脈で用いられることがある。また、男の子と女の子、特に女の子を指して子女の意味で使われることもある。
生まれてからおおむね一年以内の、まだ母乳やミルクを主な栄養源としている幼い子供を指す。赤ん坊や赤子とほぼ同義である。
孤児とは、両親のいない子供、特に父親と母親のどちらも亡くなっている子供を指す。みなしごとも呼ばれる。
胎児とは、母親の胎内で成長過程にある子を指す語である。
健児とは、元気に満ち溢れた若者のことを指す。特に、体力や気力が旺盛で活発な青年を表す語である。なお、「こんでい」と読む場合は、別の意味を持つので注意が必要である。
豚児とは、出来の悪い息子を指す言葉で、自分の息子を謙遜して言う場合に用いられる。愚かな息子という意味合いを持つ。
愛児とは、深い愛情を注ぎ、大切に育てている子供を指す。親が我が子に対して抱く慈しみの感情を込めて用いられ、特にその子を失った悲しみを語る文脈などで使われる表現である。
稚児とは、祭礼や法会において華やかに装い参加する子供を指す。また、乳児や幼い子供全般を表すほか、かつて公家や武家、寺院などで雑務に従事した少年のことも意味する。
両親を失った子供を指す語で、「みなしご」と読む。漢字では「孤児」と書き、「こじ」とも読まれる。
天児(あまがつ)とは、古代の祓えの儀式において幼児の形代として用いられ、災厄を移し負わせた人形を指す。後に、幼児の這う姿をかたどった守り札、すなわち這子(ほうこ)を指すようになった語である。
「孩児」は、主に幼い子供を指す語であり、特に乳幼児や幼児を意味する。また、仏教における幼児の戒名に付される語としても用いられる。
蕩児とは、酒や女遊びに耽り、身持ちを崩して放蕩にふける者のことを指す。品行が悪く、道楽に明け暮れる様を表し、放蕩息子とも呼ばれる。
「嬰児」とは、生まれて間もない子供を指す語で、「みどりご」とも呼ばれる。一般に、出生後からおよそ三歳頃までの、乳幼児期の子供を総称する際に用いられる。
寵児とは、親から特に愛され大切に育てられる子供を指す。また、時代の流れに乗り、世間から広く注目され、もてはやされる人気者や成功者を意味する場合もある。
贖児とは、陰暦の六月と十二月に行われる大祓において用いられる人形のことを指します。その由来は、人の身代わりとなって罪や穢れを贖う稚児の意味に基づいており、祓いの儀式に際して災厄を移し託す役割を担いました。
驕児とは、わがままを言って親や年長者の言うことを聞かず、自分の思い通りにならないと駄々をこねる子供のことを指す。周囲の手を煩わせ、しつけに苦労するような子供の様子を表す語である。
同じ母親の胎内で同時期に発育し、一度の出産で生まれた二人の子供を指す。発生過程の違いにより、一つの受精卵が分裂して生じる一卵性双生児と、二つの受精卵から生じる二卵性双生児に分類される。一般に「ふたご」とも呼ばれる。
タヌキモ科の多年生食虫植物で、池沼や水田に浮遊する。糸状に細かく分かれた葉には多数の捕虫嚢があり、全体としてタヌキの尾に似た形状を呈する。夏季に黄色い唇形花を咲かせる。「狸藻」とも表記する。
加答児とは、粘膜が細菌などの影響を受けて炎症を起こし、赤く腫れあがったりただれたりして、多量の粘液を分泌する症状を指す。例えば「大腸加答児」のように用いられる。この語はオランダ語の「カタル」に由来する。
金鐘児はスズムシ科の昆虫で、本州以南の草地に生息する。初秋の頃、雄は前翅を擦り合わせて「リーンリーン」と透き通るような音色を響かせる。その美しい鳴き声が黄金の鐘の音に喩えられ、漢名に由来する「金鐘児」の表記が用いられる。また「鈴虫」とも書かれる。
マメ科のつる性一年草で、若いさやを食用とする野菜。漢名「眉児豆」に由来する名称であり、隠元豆とも呼ばれる。
大嘗祭において、神前に供える神酒の醸造を掌る役目を担う少女を指す。
鶏児腸はキク科に属する多年草で、嫁菜(よめな)とも呼ばれる植物を指す。
「老頭児」は「ロートル」と読み、主に高齢の男性を指す語である。中国語に由来する表現で、日本語ではやや軽い口調で老人を呼ぶ際に用いられることがある。
児手柏はヒノキ科の常緑小高木で、中国を原産とする。枝は平たく分枝し、その様子が子供の手のひらを立てて並べたように見えることに由来する名である。葉は鱗状で表裏の区別がなく、主に庭木として利用される。「側柏」と表記することもある。
兵児帯とは、男子や子供が着物に締めるしごき帯のことを指す。鹿児島地方で十五歳から二十五歳までの若い男子を「兵児」と呼んだことに由来し、彼らが用いたことからこの名称が定着した。
金雀児はマメ科の落葉低木で、ヨーロッパを原産地とする。枝は緑色を帯びて柔らかくしだれ、初夏の頃に鮮やかな黄色の蝶形の花を枝一面に多数咲かせる。その漢名に由来する名称である。
縦糸に絹糸、横糸に金糸や銀糸を用いた浮き織りの織物で、緞子に似た光沢を持つ帯地などに用いられる。また、金糸・銀糸や色糸を絡ませて装飾用に作られた紐、あるいは針金に色糸などを撚り付けたものを指すこともある。
聒聒児はクツワムシ科の昆虫の総称で、その名は漢名に由来する。鳴き声がやかましいことにちなんで付けられており、轡虫とも表記される。
寧馨児とは、優れた才能を持つ子供、特に神童を指す語である。「寧馨」は中国晋・宋代の俗語で「このような」という意味であり、すぐれた子を賞賛する表現として用いられる。
将来が大いに期待される、並外れた才能を持つ少年を指す。特に幼少期から傑出した能力を示し、将来の大成が嘱望される者をいう。
「愛楊葉児」は、物事の本質を深く究明しようとせず、表面だけの浅い理解で満足してしまうことを喩えた四字熟語である。その由来は、幼児が秋に黄色く色づいた川柳の落葉を黄金と見誤り、大切に拾い集める様子に基づく。もとは仏教において、深遠な教えを求めずに浅い理解に安住することを戒める語として用いられた。
死児の齢とは、死んだ子供の年齢を数えることを指し、無意味な行為や無駄な努力の喩えとして用いられる。転じて、過ぎ去った事柄や取り返しのつかないことについて、今さらあれこれ考えたり計算したりしても仕方のない様を表す。
荊妻豚児とは、自分の妻と息子を謙遜して言う表現である。荊は貧しい家の意、豚は愚かなものの意で、それぞれ妻と子をへりくだって指す語を組み合わせた四字熟語で、愚かな妻と愚かな息子という意味を表す。