甘苦とは、甘さと苦さという味覚の対比を指すとともに、人生における喜びと悲しみ、楽しみと苦しみといった相反する経験の喩えとしても用いられる。特に、苦楽を共にするという意味合いで、人々が共に困難や喜びを分かち合う深い結びつきを表現する際にも使われる言葉である。
つらく苦しいさま、またそのような状態を指す。心身に耐えがたい苦痛や困難を伴う様子を表し、艱難辛苦のように厳しい試練や苦難の意味で用いられる。
苦況とは、事業や仕事などにおいて直面する困難な状況や苦しい立場を指し、その状態から抜け出すことを「苦況を脱する」と表現する。
詩歌や俳句などを創作する際に、言葉や表現を極めて入念に練り上げ、苦心を重ねることを指す。また、そのようにして生み出された作品そのものを指す場合もある。
苦役とは、過酷な肉体労働を指す。また、裁判によって刑罰として課せられる労役、すなわち懲役刑のことも意味する。
苦言とは、相手のためを思ってあえて厳しく述べる忠告の言葉を指す。聞く者にとっては耳の痛い内容であるが、その指摘は有益であり、成長や改善の契機となる。甘い言葉で諭すのではなく、真摯な態度で欠点や過ちを指摘する際に用いられる表現である。
苦しみが果てしなく続くこの世を、広大で際限のない海に喩えていう語。人生における様々な悩みや辛さが絶え間なく押し寄せる様を表現する。
苦界とは、苦しみの絶えないこの世、すなわち人間が生きる現実世界を指す。また、特に遊女などが身を置く辛く悲しい境遇を喩える意味でも用いられる。
苦寒とは、冬の最も厳しい寒さを指す言葉で、陰暦十二月の異称としても用いられる。また、その厳しい寒さに耐え難く苦しむ様子や、転じて貧しさに喘ぎ苦しむ境遇を表すこともある。
苦しみや悔しさ、あるいは困惑や当惑の気持ちを隠そうとして、無理に笑顔を作ること。また、そのような表情を指す。
他者から受けた不利益や不快な出来事に対して抱く不平や不満の感情、またそれを口頭や文章で表明する行為を指す。
ある物事を成し遂げようと、様々な困難を乗り越えようと、心を砕き努力する様子を指す。
苦い酒を飲む杯の意から、苦しい経験やつらい思いをすることのたとえ。競技や試合での敗北、事業の失敗など、不本意な結果を味わう状況を指す。
海水から食塩を採取した後に残る苦味のある液体を指す。主成分は塩化マグネシウムであり、豆腐を固める凝固剤として用いられることが多い。「にがしお」とも呼ばれ、表記としては「滷汁」と書く場合もある。なお、「苦汁」を「クジュウ」と読む場合は異なる意味となる。
苦菜(のげし)はキク科の二年草で、道端などに自生する。葉や茎を切ると乳液が出る特徴があり、春から夏にかけて黄色い頭状花を咲かせる。漢名に由来する名称で、「野芥子」や「野罌粟」とも表記される。別名をケシアザミともいう。
苦しみや困難に耐えながらも、自分の信念や志を貫き通すこと。また、そのような長い期間にわたる忍耐と努力のありさまを指す。
苦しみと楽しみ、すなわち人生における辛いことと喜ばしいことを併せて指す語。互いに支え合う関係や、生涯を通じて交わる経験として捉えられる。
苦竹はイネ科のタケの一種で、古くに中国から渡来し、日本各地で野生化している。竹の子は食用とされ、材は細工や建築に用いられる。漢名に由来し、「真竹」とも表記する。読みとしては「にがたけ」や「クチク」もある。
苦戦とは、戦いや競争において相手に優位を許し、劣勢な状況の中で苦しみながら戦うことを指す。また、そのような困難な戦いそのものも意味する。
ある事柄について深く心配し、どう対処すべきか様々に思い悩むこと。
苦衷とは、他人には理解し難い心の内に抱える苦しみや辛さを指す。特に、事情があって口に出せないもどかしさや、言い訳のできない悩みといったニュアンスを含む。
ある物事や人物に対して、対応や処理が困難であると感じる様子を指す。特に、自分にとって得意ではない分野や技能、あるいは相性の合わない相手に対して用いられる。
苦闘とは、困難な状況に直面しながらも懸命に戦い続けることを指す。特に、強い相手に対して苦しみながらも戦う苦戦の状態や、様々な困難に負けまいと必死に努力し闘う様を表す。
キク科の多年草で、山野に自生する。夏に黄色い頭状花を多数つけ、茎や葉を切ると苦味のある乳液が出る特徴を持つ。「黄瓜菜」と表記されることもある。
苦虫とは、かめば苦いだろうと想像される虫のことで、主に「苦虫を噛み潰したような顔」という慣用句で用いられる。この表現は、不愉快な出来事や嫌な気持ちによって、顔が強く歪み、苦々しい表情を浮かべている様子を表す。
前世における悪い行い(悪業)の報いとして、現世で受ける苦しみを指す仏教用語である。
苦参はクララの根を乾燥させた生薬であり、胃腸の不調を改善する薬として用いられる。植物そのものを指す場合には「くらら」と読むこともある。
目上の者に対して、言いにくいことをあえて率直に述べて忠告すること。相手のためを思い、苦言を呈して諫める行為を指す。
苦しくつらいこと。心身に耐えがたい痛みや苦しみを感じる様子を指す。漢字の「楚」は、むちで打たれるような痛みを意味し、そのような激しい苦痛を表す。
キク科の多年草または亜低木で、ヨモギに近縁の植物である。葉や花には独特の芳香と強い苦味があり、生薬として用いられる際には苦艾(くがい)と呼ばれる。
苦棟樹はニガキ科に属する落葉小高木で、主に山地に自生する。枝や葉に強い苦味があり、その樹液は駆虫薬や健胃薬として用いられる。別名をクボクともいい、漢名に由来する名称である。
微苦笑とは、微笑と苦笑いの区別がつかないような、かすかに苦みを帯びた笑いを指す。軽い苦笑いのニュアンスがあり、久米正雄の造語とされる。
困難な状況に直面し、心身ともに苦しみ悩むような厳しい苦労を意味する。人生の苦境や辛い試練を経験する様子を表す四字熟語である。
艱難辛苦に耐え、刻苦勉励して奮闘することを指す。困難な状況に直面しながらも、努力を重ねて目標達成のために尽力する様を表す四字熟語である。
艱苦辛苦とは、非常に困難で苦しい状況や、そのような状況を耐え忍ぶことを指す四字熟語である。心身ともに大きな苦痛や困難に直面し、それを乗り越えるまでの過程を表す。
怨憎会苦とは、仏教における八苦の一つで、自分が怨みや憎しみを抱く者と避けがたく出会わなければならないことから生じる苦しみを指す。
一意攻苦とは、一つのことに心を集中させ、苦しみや困難と向き合いながら、ひたすら思索や学問に打ち込むことを指す四字熟語である。
非常に困難な状況の中で、苦しみながらも懸命に戦い努力することを指す。死に物狂いの苦しい戦いの様子を表し、困難に立ち向かいながらも諦めずに奮闘する姿勢を意味する。
愛別離苦とは、親子や夫婦など互いに愛し合う者同士が生き別れや死別を強いられることによる苦しみを指す。仏教における四苦八苦の一つであり、通常の四字熟語とは異なり「愛別離-苦」と三字と一字の区切りで読まれるのが特徴である。
零丁孤苦とは、身寄りがなく孤独で、頼るべき人もいないために苦しみ悩むさまを表す四字熟語である。『文選』所収の李密「陳情表」に由来し、天涯孤独の境遇や、困窮して救いを求めるすべもない状態を指して用いられる。
粒粒辛苦とは、米の一粒一粒に至るまで農作業の苦労が込められているという原義から転じて、物事を成し遂げるには、一つ一つの小さな努力や苦労を積み重ねることが必要であるという意味を表す四字熟語である。
楽髪苦爪とは、髪を整えることは容易であるが、爪を手入れするのは難しいという意味から、物事には容易な部分と困難な部分があることを表す四字熟語である。