伝奇とは、怪異や幻想の要素を色濃く含んだ物語を指す。また、中国の唐や宋の時代に流行した、奇抜な出来事や風変わりな逸話を題材とした短編小説のジャンルをも意味する。
珍しいものや未知の事柄に対して、強い興味や関心を抱くこと。また、そのような気持ち。
奇計とは、普通では思いもよらないような巧妙な計画や策略を指す。人々の意表を突き、難局を打開するために巡らされる非凡な知恵の働きをいう。
思いがけない不思議な巡り合わせ。偶然のめぐりあいによって生じた、不思議な縁やつながりを指す。
普通の人とは異なる風変わりな行動や行いを指し、しばしば周囲の注目を集めるような特異な振る舞いを意味する。
珍しい物品を指すほか、思いがけない利益を得られる可能性のある物品や機会を意味する。
世にも稀な優れた才能、あるいはそのような才能を持つ人物を指す。常人には真似のできない独創性や卓越した技量を備えていることを表し、しばしば「天下の奇才」などの表現で、一時代を代表する傑出した人物を称える際に用いられる。
思いがけずに降りかかる災難や不幸を指す。予期せぬ出来事によって被る災害のことで、突然の事故や不運な出来事を意味する。
普通では考えつかないような巧妙な計略や、人の意表を突く奇抜な策略を指す。
普通では考えられないほど不思議で、不気味な様子を指す。また、道理に合わず、不都合な言動を非難する際にも用いられる。
普通では見られない珍しい眺めや、他に類を見ない素晴らしい景色を指す。天下の奇観などと用いられる。
相手の予期しない方法で不意を突き、攻撃を仕掛けること。
奇矯とは、言動や振る舞いが常識や通念から外れており、人々の意表を突くような風変わりな様を指す。その特異性は時に奇抜や突飛とも形容され、周囲の注目を集める性質を持つ。
奇勝とは、予想外の勝利を収めることを指す。また、他に類を見ないほど風光明媚で珍しい景色、すなわち奇観と同じ意味でも用いられる。表記としては「奇捷」と書くこともある。
思いがけない出来事や不思議な縁によって、予期せぬ人物や状況に出会うこと。偶然の巡り合わせがもたらす、驚きや感慨を伴う出来事を指す。
奇特とは、普通とは異なり、特に優れていて感心すべき様子を指す。通常は期待されないような行動や態度に対して用いられ、賞賛の意を含むことが多い。例えば、休日にも進んで仕事に取り組むような人を評して「奇特な人だ」などと表現する。
奇数とは、二で割り切れない整数のことを指し、一、三、五などがこれに当たる。偶数と対をなす概念である。
奇聞とは、世にも珍しく、普通では考えられないような出来事や話を指す。人々の関心を引くような変わった噂や、驚くべき事実を伝える言葉として用いられる。
普通の人とは異なる、風変わりで奇妙な癖を指す。そのような癖を持つ人物を「奇癖の持ち主」などと表現する。
普通では考えられない不思議な様子を表し、常識や予想を超えた事柄に対して用いられる。また、風変わりで独特な趣があるさまを指すこともある。
奇談とは、通常では考えられないような不思議で風変わりな話を指す。特に山岳や秘境などで体験された珍奇な出来事や、人々の興味を引く奇妙な物語を意味し、奇話や奇譚とも呼ばれる。綺談の書き換え字としても用いられる。
怪奇とは、常識では理解しがたく、不気味で奇妙な様子を指す。現実離れした不思議さと、どこか気味の悪さを感じさせる事象や雰囲気を表す語である。
清奇とは、ありふれたものとは異なり、清新で奇抜な趣があることを指す。
普通では見られないような奇怪で異様なもの、あるいは異常な事柄に対して強い興味や関心を抱き、それを追い求める傾向を指す。
運命に恵まれず不運なこと、またその様子を指す。人生が様々に変化し、波乱に富んでいることをも意味する。「数」は運命、「奇」は不遇の意であり、複雑で予測しがたい人生の巡り合わせを表す。
新奇とは、これまでになく目新しく、珍しいさまを指す。人々の関心を引くような新鮮さや変わった趣向を帯びていることを表す。
風雨や波などの自然の作用によって、普通とは異なる珍しい形に侵食された大きな岩を指す。特に海岸や渓谷などにみられる景勝地の岩石を形容する語として用いられる。
奇瑞とは、めでたい事柄や吉事の起こる前触れとして現れる現象を指す。瑞相や吉兆と同義であり、めでたいしるしとして捉えられる。
未知の事柄や珍しい物事に対して抱く、知りたいという気持ちや関心を指す。人間の探求心に根ざし、新たな知識や経験を得る原動力となるものである。
奇想曲とは、形式上の制約にとらわれず、自由な発想と気分に基づいて創作された器楽曲を指す。カプリッチオとも呼ばれ、同様の概念を表すものとして「綺想曲」の表記も用いられる。
茶の湯を行うために母屋から独立して建てられた小規模な建築物を指し、茶室を中心に水屋や勝手などの付属施設を備えた一棟の建物をいう。また、転じて、茶室の様式や風情を取り入れた建築全般を指すこともある。
奇天烈とは、常識や通念から大きく外れ、非常に風変わりで奇妙な様子を指す。その珍妙さが際立っており、時に荒唐無稽とも思えるほどに常軌を逸しているさまを表す。
奇想天外とは、誰も予想し得ないほどに奇抜で風変わりな様子を指す。天の彼方から突如として降ってきたような、思いがけない発想や着想を意味する。
奇策妙計とは、普通では思いもよらないような巧妙な策略や、非常に優れた計略のことを指す。
奇奇怪怪は、常識では理解しがたい不思議な出来事や、容認し難い不都合な事態を指す四字熟語である。「奇」と「怪」を重ねることで、その異常さや不可解さを強調した表現であり、語順を逆にした「怪怪奇奇」ともいう。唐代の韓愈「送窮文」に典拠を持つ。
「奇貨可居」とは、珍しい品物を手に入れて大切に保管しておけば、将来大きな利益を得られるという意味から、得難い機会を捉えて上手に利用すべきだという教えを表す故事成語である。中国戦国時代、豪商の呂不韋が人質となっていた秦の王子を支援して後に大臣となった故事に由来し、転じて絶好の機会のたとえとして用いられる。
奇怪千万とは、非常に不思議で理解しがたく、常識では測れないほど奇妙な様子を表す四字熟語である。物事や現象が極めて異様で、人々の驚きや当惑を誘うような場合に用いられる。
奇異荒唐とは、あまりにも風変わりで常識を外れ、道理に合わない様子を表す四字熟語である。物事や言動が極めて奇妙で、現実離れしており、荒唐無稽であることを意味する。
夏雲奇峰は、夏の空に湧き立つ入道雲が、あたかも奇抜な形の山峰を連ねているかのような景観を指す四字熟語である。この語は陶淵明の四季を詠んだ詩の夏の句に由来し、雄大で変化に富む夏雲の様子を、珍妙な峰々が連なる山水画に喩えた表現である。
「海内奇士」とは、天下に並ぶ者のいないほど風変わりな行いや特異な才能を持つ人物を指す四字熟語である。『後漢書』「臧洪伝」に典拠を持ち、世にも稀な傑出した人物を称える表現として用いられる。