内部にいる者が外部の敵や外部勢力と密かに連絡を取り、味方に不利な行動をとること。
対応とは、二つの物事が互いに向き合い、一定の関係にあることを指す。また、釣り合いが取れている状態、例えば収入に見合った生活を送るという意味でも用いられる。さらに、相手の出方や状況の変化に応じて適切に処置を講じる行為、例えば不測の事態への対処を表す際にも使われる。
応手とは、囲碁や将棋において相手の着手に対抗して打つ手を指す。また、転じて、様々な物事や状況に対して取る対応策や処置の意味でも用いられる。
需要や要求に対してそれに応じること。特に、病院や施設などが患者や利用者の要請に基づき、必要な措置や手配を行うことを指す。
応酬とは、相手の言動や行動に対して対応し返すことを指す。特に議論や口論において互いに言葉を交わす様子を表し、また手紙などの文書に対して返答を行う意味も含まれる。
応制とは、天子の命令を受けて詩や文章を作ること、またその作品を指す。「制」は天子の命令を意味し、勅命に応じて文芸を奉る行為を表す。
応接とは、来訪者をもてなし対応することを指す。客を迎えて話し相手となり、もてなす行為全般を意味し、特に公式の場や改まった状況での対応に用いられる。
敵の攻撃や挑戦を受けて、これに対抗して戦うことを指す。
応対とは、来訪者や問い合わせに対して適切に受け答えし、対応することを指す。特に接客や業務において、相手の要望や質問に応じて言葉や態度で応じる様を表し、応接とほぼ同義で用いられる。
他人の依頼や申し出を引き受けること。ためらうことなく受け入れる様子を表す。
応化とは、仏が衆生を救済するために、その機縁に応じて様々な姿や形に変化して現れることを指す。
相手からの問いかけや働きかけに対して、言葉や態度で返すこと。受け答え。
応分とは、その人の身分や能力、経済状況などにふさわしい程度や範囲のことを指す。分相応であるさまを表し、例えば「応分の負担」のように用いられる。過分ではない、適切な程度を意味する。
募集や公募などに対して、それに応じて申し込むことを指す。特に、求人、懸賞、コンテストなど、広く呼びかけが行われている事柄に参加の意思を示す際に用いられる。
呼応とは、互いに呼びかけ応じ合うことで、意思や行動が通じ合う状態を指す。また、文法においては、文中の前後の語句が特定の規則に従って結びつき、対応関係を示すことを意味する。
互いに計略を巡らせて示し合わせ、連携して行動することを指す。
順応とは、周囲の環境や状況に合わせて、自らの行動や性質を調整し、適合させることを指す。新しい生活様式や社会環境に馴染むために、柔軟に変化する過程を表す語である。
瑞応とは、人々の善行や徳に感応して天や神仏が示す吉兆のことで、めでたい事柄の前触れとして現れるしるしを指す。瑞祥と同義に用いられる。
饗応とは、客人をもてなすために酒食を振る舞うことを指す。特に、丁寧な態度で相手を接待し、歓待する行為を意味する。
その人の身分や能力、あるいは状況などにふさわしくなく、釣り合いが取れない様子を指す。
応用無辺とは、ある原理や知識を様々な場面に応じて用いることができ、その可能性が限りなく広がっている様子を表す四字熟語である。
悪い行いをした報いがすぐにその場で現れることを意味する。因果応報の道理が目の当たりに現れる様子を表す。
相手の機根や状況に応じて適切に対応し、人や物事を導くことを指す仏教用語である。特に禅宗において、師家が弟子の資質や時機に合わせて教えを説き、悟りへと導く手法を意味する。
因果報応とは、善悪の行為がその原因となり、それに応じた結果が巡ってくるという仏教の教えを表す四字熟語である。良い行いには良い報いが、悪い行いには悪い報いが必ず訪れるという道理を示している。
臨機応変とは、状況の変化に応じて柔軟に対応し、適切な処置を講じることを意味する。固定観念に捉われず、その時々の機会や変化に臨み、それに応じて行動を調整する能力を指す。故事「機に臨み変に応ず」に由来し、『南史』梁宗室伝に見える。