水中に溶けていたカルシウムやマグネシウムなどの成分が、時間の経過とともに析出して固まり、容器の内壁や水面付近に付着した汚れを指す。特に湯沸かし器ややかんなどにできる白っぽい堆積物をいうことが多い。
垢衣とは、汚れや垢が付着した衣服を指す。特に長期間洗濯されずに着用され、清潔さを失った衣類の状態を表す語である。
垢膩とは、皮膚に付着した汗や皮脂などの汚れを指す語である。漢字の「膩」は脂気を意味し、身体の表面に蓄積する不潔なものを総称する。
垢で汚れた顔のことを指し、特に身だしなみを整えず不潔な様子を表す。
歯の表面に付着する汚れの一種で、主に食物残渣を栄養源とする微生物の集団から構成される。放置すると虫歯の原因となり、また歯石形成の基盤となる。俗に「歯くそ」とも呼ばれる。
頭皮の角質細胞が分泌物と混ざり合い、乾燥して剥がれ落ちる白い薄片状のものを指す。皮膚の新陳代謝によって生じるもので、「雲脂」とも表記される。
水垢離とは、神仏に祈願する前に冷水を浴びて身を清め、心身の穢れを祓う修行または儀式を指す。水行や禊(みそぎ)と同義であり、一般に「垢離(こり)を取る」とも表現される。
金無垢とは、他の金属や不純物が一切混じっていない純粋な金のことを指し、純金と同義である。例えば金無垢の仏像のように、金のみで構成されていることを示す表現として用いられる。
「含垢忍辱」とは、恥辱や屈辱を口に出さずに内に秘め、耐え忍ぶことを意味する四字熟語である。後漢書の故事に由来し、苦難や不名誉な状況に直面しても、不平を漏らさずにじっと堪え忍ぶ姿勢を表す。
遠塵離垢とは、仏教において煩悩や迷いの世界から離れ、清浄な悟りの境地に至ることを意味する。文字通りには「塵(ちり)を遠ざけ、垢(あか)を離れる」と解され、心身のけがれを払い、真理を体得した状態を表す。
一徹無垢とは、一度思い込んだことを一筋に貫き通す純粋な心のありさまを表す。信念や考え方に一点の曇りもなく、ひたむきに自らの道を進む様をいう。
蓬頭垢面とは、髪が蓬のように乱れ、顔には垢がついている様子を指す。身だしなみをまったく気にかけず、だらしなく無頓着な外見を形容する表現である。『魏書』封軌伝に典拠を持つ四字熟語で、「ほうとうくめん」とも読まれる。
洗垢索瘢とは、人の欠点や過ちをことさら探し出して責め立てることを意味する。後漢書の故事に由来し、垢を洗い落とすように表面を綺麗にしても、なおその下の瘢(きずあと)を探し求めるがごとく、些細な欠陥を執拗に追求する態度を喩えた表現である。