運が悪いこと。幸運に恵まれず、物事が思い通りに進まない状態を指す。
不易とは、長い年月を経ても変わらない状態を指す。時代の移り変わりや様々な変化の中にあっても、その本質や状態が保持され続けることを意味する。
不縁とは、夫婦や養子縁組などの縁組みが解消されることを指す。また、縁組みが成立しない状態や、人との縁が結ばれないことを意味し、見合いが成立しなかった場合などに用いられる。
物事が平穏でなく、何か良からぬ事態が起こりそうな危険な気配や緊張感が漂っている様子を指す。特に社会情勢や人間関係において、緊迫した状態や衝突の予感を伴う場合に用いられる。
不覚とは、意識や感覚を失う状態を指す。また、思わずそうしてしまう、つまり無意識のうちにある行動を取ったり感情が湧いたりする様も表す。さらに、油断や不注意から失敗を招くことにも用いられ、特に勝負事などで予期せぬ敗北を喫する場合に言う。
心が落ち着かず、何か悪いことが起こるのではないかと気がかりで、将来や物事の成り行きに対して抱く、はっきりとした理由のない恐れや心配の状態を指す。
不軌とは、定められた規範や法に背く行為を指し、特に謀反や反逆を企てることを意味する。
思いもよらないこと。予想していなかったことが突然起こる様子を表す。相手の油断を突くような、だしぬけな出来事や状況を指す。
困難や逆境に直面しても決して挫けず、自らの意志や信念を貫き通す精神のあり方を指す。
不時とは、予期せぬ時や突然の出来事が起こる時を指し、通常の計画や想定の範囲外にある事態を表す。
不実とは、誠実さを欠き、真実に反する様を指す。人に対しては誠意や真心がなく偽りのある態度を意味し、事柄に対しては事実と異なる虚偽の内容を表す。
縁起が悪く、何かよくないことが起こりそうな前兆を感じさせる様子。
親に対する孝行を尽くさないこと。また、親を心配させたり悲しませたりするような行為や態度を指す。
純粋さや純真さを欠いている状態を指す。物事の性質や人の動機などが混じり気のある様子を表し、特に純度が損なわれていることや、邪念が入っていることを意味する。
急ぐ必要のない状態を指し、差し迫った用件がないことを表す。当面の間は急を要しない事柄について用いられる。
幸せでない状態や境遇を指し、また身内の死などの悲しい出来事を表す。
不順とは、物事が順調に進まず、期待される状態から外れている様を指す。特に気候や体調などが通常の状態を保てず、安定しない場合に用いられる。また、道理や規範に従わず、筋道が通っていない状態を表すこともある。
経済活動が停滞し、社会全体の景気が悪化している状態を指す。企業の業績悪化や失業率の上昇を伴い、好況の対義語として用いられる。
不肖とは、親や師匠に似ず、愚かで劣っている様子を指す。また、自分自身をへりくだって言う場合にも用いられ、「肖」は似るという意味である。
不興とは、面白みがなく退屈な状態を指すとともに、目上の人の機嫌を損ねることをも意味する。前者は場の雰囲気が盛り上がらない様子を表し、後者は相手の不快感を招く行為を指して用いられる。
不詳とは、詳しいことが分からない状態を指す。例えば、人物の年齢や作品の作者など、特定の情報が明らかでない場合に用いられる。
不具とは、身体の一部に欠損や障害がある状態を指す。また、手紙の末尾に用いる結語として、不備や不足を詫びる意味で「不一」と記す用法もある。
不浄とは、清らかでない状態やその様子を指す。特に仏教や神道において、死や血、排泄物などがもたらす穢れを意味する。また、大小便や月経を婉曲に表現する語としても用いられ、転じて便所を指す場合もある。
不精とは、物事を面倒くさがり、努力を怠って怠けることを指す。例えば、髭を剃らずに伸ばし放題にしたり、手紙を書くのを億劫がって筆を執らないような状態を表す。表記としては「無精」とも書く。
物事の勢いや調子が悪く、活気や進展が見られない状態を指す。特に経済活動や事業の運営などにおいて、期待される成果が上がらない状況を表す際に用いられる。
不測とは、事前に予測することができず、思いがけない事態が生じることを指す。
不審とは、物事の様子や状況が疑わしく、確信が持てない状態を指す。また、他人から疑いの目を向けられることや、そのような嫌疑を受けることも含む。例えば、挙動が不審な人物や、説明に不審な点が残る場合などに用いられる。
謙虚さを欠き、自分を過大評価して思い上がった様子。他人を見下すような高慢な態度を指す。
「不尽」は、物事が尽きることがない様子を表す。また、手紙の末尾に用いて、言葉では言い尽くせない気持ちを込めた結びの挨拶語としても使われる。
知らないこと、あるいは物事の道理を理解する知恵が欠けている愚かな様子を指す。
体の一部が自分の意志通りに動かせなくなり、自由を失った状態を指す。特に病気や事故などによって身体機能に障害が生じた場合に用いられる。
不調とは、物事がうまく進まず、期待した結果が得られない状態を指す。また、体調や機械などの調子が悪く、正常に機能しないことも意味する。
不粋とは、粋(いき)の対義語として、人情の機微や風雅を解さず、場の空気や状況にそぐわない振る舞いを指す。特に洗練された趣味や感覚に欠け、野暮ったい様を表す。表記は「無粋」ともする。
交通や通信の手段が途絶えて通じなくなる状態を指す。また、人との連絡が取れなくなったり、交際を断ち切ったりする状況にも用いられる。
戦いを交えないこと。特に、試合や競技において対戦せずに勝敗が決まる場合や、国家間で武力衝突を避けることを指す。
不束とは、物事の扱いが十分に熟達しておらず、配慮や気配りが行き届かない様子を指す。主に自分自身を謙遜して述べる際に用いられ、例えば「不束者ですがよろしくお願いします」のように、能力や経験が未熟であることを控えめに表現する言葉である。
発育や機能などが十分でなく、完全な状態に欠けること。特に身体器官や精神の働きが十分に成熟せず、正常な活動ができない状態を指す。
一定でないこと。形や状態、数量などが定まっていないさまを指す。住所不定や不定形の封筒など、確固たる形や位置を持たないものに用いられる。仏教用語としては「ふじょう」と読み、定めのないことを意味する。
配偶者や恋人に対して貞節を守らず、道ならぬ関係を結ぶこと。特に男女間の情事における不義を指す。
不抜とは、意志が強固でいかなる困難や誘惑にも動じず、信念を貫き通す様を表す。堅忍不抜の熟語で用いられるように、忍耐強く、決して挫けない精神の持ち主を指す。
ある物事や状況に対して相応しくないこと。適切でないこと。また、その様子。
不備とは、必要なものが十分に備わっておらず、完全でない状態を指す。例えば書類に不足や誤りがある場合などに用いられる。また、手紙の末尾に「不一」と略して書き、内容が十分でないことを詫びる結びの言葉としても使われる。
物事が期待通りにいかず、心が満たされない状態を指す。また、そのような気持ちや考えを表す。
敵を敵とも思わない様子を指し、恐れを知らず大胆な振る舞いや態度を表す。また、乱暴で無法な行いやその様子にも用いられる。
不評とは、世間からの評価が悪いこと、あるいは人々の評判が芳しくない状態を指す。好評の対義語として用いられ、特に「不評を買う」という表現で、悪い評価を受けることを意味する。
眠りにつけない状態、あるいは眠らないことを指す。特に、睡眠を必要としているにもかかわらず、何らかの理由で眠れない状態をいうことが多い。
道理や法に合わず、正しくないさま。また、適切でない状態を指す。
不敏とは、動作や反応が素早くなく、機敏さに欠ける様子を指す。また、才能や知恵が乏しいことを意味し、多くは自分自身の能力を謙遜して述べる際に用いられる表現である。
不明とは、物事の実態や詳細が明らかでなく、はっきりとわからない状態を指す。また、物事を見通す判断力や洞察力に欠けることを意味し、自己の認識不足を恥じるような文脈でも用いられる。
ある事柄に対して納得できず、不満や異議を抱くこと。また、そのような態度で従わないことを指す。
物事が自分の思うようにならず、満足できないために生じる不満や不穏な気持ちを指す。
不問とは、ある事柄を特に問題視せず、取り上げて論じたり追求したりしないことを指す。例えば、採用条件として年齢を考慮しない場合に「年齢不問」と表現されるように、特定の要素を条件から外す際に用いられる表現である。
不変とは、変化しない状態を指す。時間や状況が移り変わっても、その性質や状態が一定に保たれていることを表し、自然の法則や真理など、変わることのない事象に用いられる。
不徳とは、道徳に反する行いや、人としての徳が欠けている状態を指す。また、自らの徳の不足を謙遜して述べる際にも用いられる表現である。
「不予」とは、不快で心が晴れない状態を指す。また、天皇や貴人の病気を敬って言う語としても用いられ、「御不予」の形で表される。語中の「予」は楽しむ意を含み、その否定としての意味を持つ。
便利でない状態を指し、物事がうまく運ばなかったり、使いにくかったりする様子を表す。交通機関や生活環境、道具などが十分に機能せず、快適さや効率を欠いている状況に用いられる。
不用とは、使用しない状態を指す。また、役に立たないものやその性質を表す際にも用いられる。
法や道徳に反する行為や状態を指す。法律に違反していることや、社会規範から外れていることを表す。
必要とされないこと。また、そのような状態や物事を指す。無用であることや、あっても役に立たないことを意味し、不要な物を買うといった表現で用いられる。
不利とは、ある状況や条件が好ましくなく、利益や優位性に欠ける状態を指す。例えば、取引や交渉において自社に利益をもたらさない場合や、競技や対戦で立場や体勢が悪化した際に用いられる。有利の対義語としても位置づけられる。
不慮とは、予期せずに起こる事態を指す。偶然や突然の出来事を表し、通常は好ましくない状況に用いられる。
狩猟において、鳥や獣などの獲物が得られない、あるいは非常に少ない状態を指す。対義語は「大猟」である。なお、魚の漁獲が少ない場合は「不漁」と書く。
不例とは、貴人や天皇の病気を指す語で、「御不例」の形で用いられる。不予とも表記される。
仲が悪い状態や、互いにうまくいかない関係を指す。特に家族や親しい間柄での争いや軋轢を表す際に用いられる。
「不惑」とは、心が迷わず物事の道理を理解し判断を誤らない状態を指す。また、特に四十歳を表す語としても用いられ、これは『論語』にある「四十にして惑わず」という言説に由来する。
手紙の末尾に用いる結語で、まだ十分に気持ちを表しきれていないという意味を表します。また、物事が揃っていない状態や、一様でないさまを指すこともあります。
不羈とは、束縛を受けず自由に振る舞う様子を指す。また、卓越した才知を持ち、常識の枠に収まらない人物やその性質を表す際にも用いられる。「羈」は繋ぎ留めることを意味する。
不辜とは、罪を犯していない状態、すなわち無実であることを指す。また、無実の罪を負わされた者を指すこともある。「辜」は重い罪を意味し、その否定形として用いられる。
礼儀作法を心得ておらず、無遠慮な様子を指す。他人への配慮に欠け、行儀が悪いことを表し、不作法とほぼ同義である。
不逞とは、勝手気ままに振る舞い、道理をわきまえず傍若無人な行動をとるさまを指す。特に「不逞の輩」のように、社会の秩序を乱すような無法者や悪党を指して用いられる。
不撓とは、困難や圧力に直面しても決して屈することなく、意志や精神が強固で揺るがない様を指す。撓むことなく、しなやかでありながらも強い姿勢を保つことを意味する。
不憫とは、同情を禁じ得ないほどに哀れで痛ましい様子を指す。特に、その境遇や状態が気の毒に思われる場合に用いられる。
不埒とは、人の道や法に外れていることを指す。もともと「埒」は囲いや柵を意味し、その枠を超えるというところから、道理や規範から逸脱した行いを表す語となった。
不器量とは、顔立ちが整わず醜い様を指す。また、技量や才能に欠け、物事を巧みにこなせないことにも用いられる。「無器量」とも表記する。
理解することができず、その理由や意味がはっきりしないさま。物事の筋道や成り立ちが捉えにくく、納得のいく説明がつかない状態を指す。
欠くことができない様子、あるいはそうした性質を指す。物事の成立や維持に必要不可分な要素であることを表す。
不細工とは、物の形や姿が整っておらず、見た目が悪い様子を指す。特に、人の容貌について用いる場合は、醜いという意味で使われる。また、工芸品や物作りにおいては、仕上がりが粗雑で美しさに欠ける状態を表すこともある。
手先が巧みでなく、物事を上手く扱えない様子。また、動作や振る舞いがぎこちなく、要領が悪いこと。
礼儀作法を心得ておらず、その場にふさわしい振る舞いができないことを指す。特に茶道や正式な席など、一定の形式を重んじる場面での無礼な態度や行動をいう。
不気味とは、原因や正体がはっきりせず、何となく気味が悪く、ぞっとするような感じを指す。異常な静けさや不自然な雰囲気など、漠然とした不安や恐怖を覚える様子を表す。「無気味」とも書く。
不思議とは、通常の理屈では説明がつかず、理解を超えた様子を指す。原因や理由が考えてもわからず、常識では想像もできないような事柄や現象に対して用いられる。
不器用とは、手先の動きが巧みでなく、物事を扱うのが下手な様子を指す。また、物事の処理や対人関係において要領が悪く、円滑に事を運べない性質や態度も表す。
「不生女」は、子を産むことができない女性を蔑んで指す語である。漢字表記として「石女」とも書かれる。
「不時着」とは、航空機が故障や事故などの緊急事態により、予定されていない場所や時刻にやむを得ず着陸することを指す。
不死鳥は、エジプト神話に伝わる霊鳥で、数百年の寿命を終えると自ら炎に身を投じ、その灰の中から再び若返って蘇るとされる。この伝説に由来し、一度は滅びたものが再び力強く復活する様子の比喩としても用いられる。
不知火とは、秋の夜に海上に無数の炎が揺らめいて見える現象を指す。特に熊本県八代沖で観測されるものが知られており、漁火が大気の異常な屈折や反射によって幻のように広がって見える自然の光景である。
不行跡とは、道徳や規範に反する良くない行いを指し、特に品行や身持ちが正しくない状態を表す。不行状と同義で用いられることがある。
不始末とは、物事の後始末が行き届かず、不注意や怠慢から問題を引き起こすことを指す。また、周囲に迷惑をかけるような無分別な行為や不行跡を意味することもある。
不得手とは、ある物事に対して技能や能力が十分でなく、上手くこなせない状態を指す。また、単に好きではない、好まないという気持ちを表す場合にも用いられる。得手の対義語であり、苦手とほぼ同義である。
その人の身分や能力、あるいは状況などにふさわしくなく、釣り合いが取れない様子を指す。
不祝儀とは、縁起の悪い出来事や不幸な事柄を指す語であり、特に葬式を意味する場合が多い。また、祝儀に対する反対の概念として、慶事ではなく凶事に関連する金品のやり取りを表すこともある。
必要な程度や水準に達しておらず、物事が完全でない状態を指す。満足できる状態ではなく、何らかの不足や欠陥がある様子を表す。
不調法とは、物事に対する配慮が行き届かず、失敗をしでかすことを指す。また、酒や煙草を嗜まないことや、芸事に堪能でないことを謙遜して述べる際にも用いられる。表記としては「無調法」とも書く。
不首尾とは、物事が期待した通りに進まず、好ましくない結果に終わることを指す。また、評判や状況が悪くなる様子も表し、例えば上司からの評価が下がるような場合にも用いられる。語源は「首」を始め、「尾」を終わりとし、最初と最後が一貫しないことに由来する。
不都合とは、物事の進行や状況において都合が悪い状態を指し、支障や障害が生じることを意味する。また、道徳や社会通念に照らして適切でない振る舞いや、人としての道理にはずれた行いを表す場合にも用いられる。
物事を行う際の方法や技術が拙く、結果が十分でない様子を指す。手際の悪さや配慮の不足から生じる不十分な状態を表し、事務処理や催し物の運営などにおいて適切さを欠く場合に用いられる。
道理や理性に照らして理解しがたく、筋道が通らない状態を指す。物事の整合性が欠如し、矛盾や不合理が顕著である様を表す。
フトウオウとは、倒してもすぐに起き上がる達磨(ダルマ)形の玩具人形を指す語で、起き上がり小法師やおきあがりこぼしの別称として用いられる。
思い通りにならないこと。特に、金銭面で都合がつかず、生活や家計が苦しい状態を指す。
世の中にめったに現れないほど優れた人物や事物を指す。特に、並外れた才能や技量を持つ者が稀に出現する様を形容する表現である。
不本意とは、自分の本来の意思や望みに沿わない状態を指す。心からそうしたいと思っているわけではなく、やむを得ずそうなった状況や結果に対して用いられる。
健康を維持するために必要な養生を怠ること。また、規則正しい生活を送らず、身体に悪い習慣を続けることを指す。
不夜城とは、夜になっても昼間のように明るく、ネオンサインや照明が輝き、人々の活動が絶えない賑やかな街や地域を指す。
準備ができていない状態を指し、また注意深く考えずに軽率な言動をとる様子を表す。特に発言や行動において慎重さを欠き、思わぬ問題を引き起こす場合に用いられる。
健康を保つための養生を怠り、自らの身体を大切にしないこと。特に、医者など養生の理屈をよく知っている立場の人間が、自らそれを実践しないことを指して用いられることがある。
不用心とは、警戒を怠っている状態を指す。例えば、戸締りをしっかりしないなど、注意が不足している様子を表す。また、物騒で危険な状況や場所についても用いられ、安全が保たれていないことを示す。表記としては「無用心」と書くこともある。
「不見転」とは、花札の遊び方に由来し、相手や状況を考慮せずに札を出す様子から転じて、物事の前後を考えずに行動することを指します。また、芸者などが金銭次第でいかなる相手にも身を任せる振る舞い、あるいはそのような女性を意味することもあります。
心臓のポンプ機能が低下し、全身の臓器や組織に必要な血液を十分に送り出せなくなる病態を指す。
冠不全とは、心臓の筋肉に酸素や栄養を供給する冠状動脈の血流が不十分となり、心筋が必要とする酸素需要を満たせなくなる状態を指す。これは狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患の基盤となる病態である。
手紙などを書くことを面倒に思い、なかなか筆を執らない様子。また、そのような性質を持つ人を指す。
過不及とは、度を越えたり足りなかったりすること。過不足とも言い、ちょうどよい状態から外れている様を指す。
親不知とは、生みの親を知らない状態、あるいはそのような人を指す。また、最も遅く生える第三大臼歯の俗称としても用いられ、親不知歯の略称である。さらに、波が荒く危険で親子互いに気遣う余裕もない海岸の難所を喩える表現としても使われる。
「不料簡」とは、道理に外れた考えや、正しくない判断を指す言葉である。物事の筋道を見誤り、適切でない思案に至る様を表し、しばしば「不料簡を起こす」などの形で用いられる。
姿や形が整っておらず、見た目が悪いさま。また、動作や様子がぎこちなく、洗練されていないことを指す。
過去に犯した過ちや失敗を追及せず、これからの行いを重視することを意味する。『論語』に由来し、寛容な態度で人に接し、前向きな未来を築く姿勢を示す表現である。
頑冥不霊とは、頑固で物事の道理を理解せず、頭の働きが鈍いさまを表す四字熟語である。頑冥や冥頑はかたくなで道理に暗いことを意味し、不霊は賢くないことを指す。
間不容髪とは、髪の毛一本入る隙もないほど事態が切迫している様子を表す四字熟語である。物事と物事の間が極めて狭く、瞬時も猶予が許されない緊迫した状況を指し、一般に「間かん、髪はつを容いれず」と訓読される。出典は『文選』枚乗「上書諫呉王」にある。
「轗軻不遇」は、人生の道が平坦でなく、思い通りに進まず、世間に受け入れられずに苦しみながらも、ふさわしい地位や境遇に恵まれないさまを表す四字熟語である。車の行く道がでこぼこで進みにくいという原義から転じて、志や才能が報われず、不遇な人生を送る様子を意味する。
確乎不抜とは、意志や信念が極めて堅固で、いかなる動揺や困難によっても揺るぎない様子を表す四字熟語である。『易経』に由来し、「確固」とも書かれる。
確乎不動とは、意志や信念がしっかりと定まっていて、いかなる事態にも動揺しない様子を表す。
怪誕不経とは、言動が荒唐無稽で常軌を逸しており、道理に合わず根拠に乏しい様を指す。事実や論理からかけ離れた奇妙な振る舞いや主張を形容する表現である。