摩損とは、物と物がすれ合うことによって表面が削れて減ることを指す。機械部品などの消耗を示す際に用いられ、「磨損」と表記されることもある。
摩耗とは、機械部品や道具などが使用に伴って徐々にすり減る現象を指す。例えば、タイヤが路面との摩擦によって減っていく状態などに用いられる。同義語として「摩滅」があり、「磨耗」と表記されることもある。
古代イスラエルの預言者であり指導者。紀元前13世紀頃、エジプトで奴隷状態にあったイスラエルの民を率いて脱出を果たし、神から授けられた十戒を携えて約束の地カナンへと導いた。旧約聖書の出エジプト記にその事跡が記される。
護摩とは密教の修法の一つであり、本尊の前に設けた壇で、主にヌルデの木などの供物を焚き、その煙によって願主の祈願が成就することを祈る儀式を指す。
筋肉をもみほぐし血行を促進させることで、疲労回復や疾病の治療を図る療法を指す。また、その施術を職業とする者を指す場合もある。
非常に高くそびえ立ち、天に届くかのような高層建築物を指す。特に都市部に林立する超高層ビルを形容する表現として用いられる。
手摩乳は、『古事記』や『日本書紀』に登場する神である。出雲の国つ神である脚摩乳の妻であり、奇稲田姫の母として知られる。
フランス南東部の地中海沿岸に位置する立憲君主制の公国。カジノをはじめとする観光業が主要産業であり、首都はモナコ市である。
アフリカ大陸の北西端に位置し、大西洋と地中海に面する立憲君主制の国家。国土の中央部にはアトラス山脈が走り、首都はラバトである。
憶測揣摩とは、他人の心中を推し量ったり、物事の真相を推測したりすることを指す。特に、根拠の薄い推測や、当て推量によって他人の考えを探ろうとする行為を意味する。
維摩一黙は、『維摩経』に由来する四字熟語で、維摩居士が文殊菩薩の問いに対し沈黙をもって答えた故事に基づく。言葉を超えた真理の伝達や、沈黙そのものが深い説法であることを示す表現である。
摩頂放踵とは、頭の頂から足の踵に至るまで身をすり減らすほどに、ひたすら他人のために尽くすことを意味する。孟子が墨子の行動を評した言葉で、自己を顧みずに他者への献身を貫く姿勢を表す。
人混みで肩と肩、踵と踵が触れ合うほどに人が多く集まっている様子を表す。非常に多くの人がひしめき合っている状態を指し、賑わいや混雑の程度が甚だしいことを示す。
僧伽藍摩とは、仏教寺院の伽藍、すなわち寺院の主要な建物群が整然と配置された区域を指す梵語(サンスクリット語)の音写語である。
相手の心中を推し量り、その意向に沿うように振る舞うこと。特に、権力者や目上の人の気持ちを探り、それに合わせてへつらう態度を指す。
「揣摩臆測」は、確かな根拠もなく自分勝手に推測することを意味する四字熟語である。「揣摩」はあれこれと推し量ることを表し、「臆測」は当て推量を指す。これらを重ねることで、根拠のない推測という意味を強調した表現となっている。「揣」は「すい」とも読み、「臆」は「憶」と書くこともある。
轂撃肩摩は、車の轂(こしき)同士が触れ合い、人々の肩と肩が擦れ合うほど往来が激しい様子を表す四字熟語で、市街が非常に繁華で人通りが密集しているさまを指します。『戦国策』斉策に由来する表現です。
肩摩轂撃とは、人や車馬の往来が非常に激しく、混雑している様子を表す四字熟語である。人の肩と肩が触れ合い、車の轂(こしき、車輪の中心部)同士がぶつかり合うほど賑わっているさまを指し、主に都会の雑踏を形容する際に用いられる。語源は『戦国策』にあり、「轂撃肩摩」ともいう。