九つの十を数える表現で、主に九十歳という年齢を指して用いられる。
思想家や芸術家の門下において、特に優れた十人の弟子を指す。例えば松尾芭蕉の俳諧門人の中でも傑出した十人を「芭蕉門下の十哲」と称するように、師の教えを体現し学統を継承した高弟たちを数え上げた呼称である。「哲」は賢明なる者を意味する。
十徳とは、近世に漢学者や絵師、医者などが着用した衣服で、素襖に似た羽織のような形態をしている。
十方とは、四方(東西南北)と四隅(南東・南西・北東・北西)、さらに上下を加えた十の方位を指す仏教用語であり、転じてあらゆる方向や、世界の隅々までを意味する。
漢字の「十」の字形を指す。また、縦横の線が交差するその形状に類似した事物を表す。キリスト教の象徴である十字架や、交差点などの形状を形容する際にも用いられる。
十全とは、あらゆる面において完璧で、少しの不足や手落ちもない状態を指す。十分に整い、欠けるところのない様子を表し、対策や準備が極めて完全であることを示す際に用いられる。
十能とは、炭火を扱うための道具で、金属製のすくい部分と木製の柄からなる。形状はスコップに似ており、主に火鉢や囲炉裏で熾した炭を取り出したり移動させたりする際に用いられる。冬の暖房器具に欠かせない用具の一つである。
十分とは、必要な量や程度が満たされて不足がなく、満足できる状態を指す。生活や条件などにおいて欠けるところのない様子を表し、「充分」と表記されることもある。
多くの人々の視線や注意を指し、世間の注目や監視の下にある状況を表す。衆人の一致した見解や評価が集まる様子を意味する。
十薬はドクダミの別称であり、ドクダミ科に属する多年草である。葉はハート形を呈し、特有の強い臭気を放つ。その名は、かつて様々な効能があると信じられたことに由来する。
両手のすべての指、すなわち合わせて十本の指を指す。転じて、手の指で数えられる程度の少ない数量を表す場合があり、「十指に余る」という表現では、指では数え切れないほど数が多いことを意味する。
十手は江戸時代の捕り手が用いた武器で、鉄や真鍮製の棒の先端に鉤が付いている。相手の刀剣を絡め取って打ち落としたり、直接攻撃を加えたりするのに使われた。手木とも呼ばれる。
相撲における力士の階級の一つで、幕内の下位に位置し、幕下の上位に当たる。かつてこの地位の力士に支給された年俸が十両であったことに由来する名称である。
「つくも」は、まず「九十九髪」の略称として用いられ、長く白い老人の髪を喩える語である。また、植物名としてはフトイの別称を指し、カヤツリグサ科の多年草で、池や沼に生育する。「江浦草」とも表記される。
「二十重(はたえ)」とは、物が幾重にも重なっている状態を表す語で、特に「十重(とえ)二十重」という成句で用いられ、非常に多くの層が重なり合っている様子を強調する表現である。
月の第二十番目の日を指すほか、二十日間という日数を表すこともある。
十方暮は暦注の一つで、甲申から癸巳までの十日間を指す。この期間は方角や場所の気が塞がり、万事に凶とされ、特に相談事や新規の計画が整わないとされる。
十五夜とは陰暦の十五日の夜を指し、満月が昇る夜を意味する。特に陰暦八月十五日の夜を指すことが多く、中秋の名月として知られる。この夜には月見の習わしがあり、団子や里芋、酒などを供え、すすきを飾りながら月を愛でる風習がある。別称として芋名月とも呼ばれる。
十三夜とは、陰暦の毎月十三日の夜を指すが、特に陰暦九月十三日の夜を意味する。この夜の月は「後の月」とも呼ばれ、栗名月や豆名月の別名があり、中秋の名月に次いで美しいとされる秋の風物である。
八十路は、数詞として八十を表すほか、人の年齢が八十歳に達した状態を指す。長寿を祝う文脈で用いられ、例えば「元気に八十路を迎える」のように、健やかに高齢を重ねる様子を表現する際に使われる。
十姉妹はカエデチョウ科の飼い鳥で、中国原産のコシジロキンバラを日本で改良した品種である。白い羽毛に褐色などの斑が入ったものが多く、その名は漢名に由来し、仲の良い姉妹のように群れて暮らす習性から付けられた。
二本の道路が直角に交差する地点を指し、四方向に道が延びている様子を表す。交差点の一種であり、古くは「四つ辻」「四つ角」とも呼ばれる。
十二支とは、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二種の動物(十二獣)を順に配したものを指す。古くは時刻や方角を示すために用いられ、十干と組み合わせて年や日を表す暦法の要素としても機能した。
十六夜(いざよい)とは、陰暦十六日の夜、またはその夜の月を指す。特に陰暦八月十六日の夜をいう。満月である十五夜の月に比べて月の出が遅れる様子を、人がためらう(いざよう)姿に見立てた名称である。
「十分」をさらに強めた表現で、必要とされる程度を超えて満ち足りている様子を指す。過不足なく充足している状態を強調し、時に過剰なまでの充足感を示す場合もある。
十八番(おはこ)とは、個人が最も得意とする芸や技を指す。また、転じて、ある人が繰り返し行う動作や口癖を意味することもある。この語源は、歌舞伎の市川家が代々伝える十八の演目を箱に収めて大切に保管した故事に由来する。表記としては「御箱」と書く場合もあり、「じゅうはちばん」と読むこともある。
十露盤は、中国や日本で古くから用いられる計算道具を指す。枠の中に串を通した珠を上下に動かすことで、加減乗除などの計算を行う。転じて、物事の計算や勘定、またその能力のことも意味し、「十露盤が合わない」や「読み書き十露盤」などの表現で用いられる。表記としては「算盤」とも書く。
十寸鏡(ますかがみ)は、非常に澄み渡って鮮明に映る鏡を指す語で、「真澄鏡」とも表記される。古くは「ますみのかがみ」「まそかがみ」とも呼ばれ、曇りなく清らかな鏡の様子を表している。
必要な程度や水準に達しておらず、物事が完全でない状態を指す。満足できる状態ではなく、何らかの不足や欠陥がある様子を表す。
「五十集」は魚商人を指すほか、魚市場や海産物を売買する店舗を意味する。また、江戸時代において海産物の運搬に用いられた小型の船、すなわち「五十集船」を指す場合もある。
「五十路」は、数え年で五十を表す語である。特に人生の節目としての五十年や五十歳を指し、人生の折り返し地点を象徴する表現として用いられる。
「五十日」は「いか」と読み、五十日間を指す。また、生後五十日目に行われる「五十日の祝い」の略称としても用いられ、その祝いの席で振る舞われる餅を「五十日の餅」と呼ぶことがある。
七十路は、数詞として七十を表すほか、人の年齢や年月を数える際に七十歳、あるいは七十年を指す。特に「七十路の潮」のような表現では、人生の節目としての長い年月の経過を意味する。
十二単は、平安時代以降に宮中で女官が用いた正装を指す後世の呼称である。唐衣や裳の下に、数枚の袿を重ねて着ることからこの名が生まれた。
十日夜は陰暦十月十日の夜に行われる東日本の農村行事で、収穫を終えた田の神が山へ帰る日とされています。この夜にはかかしを上げたり、藁束で地面を叩きながら回るなどの慣わしがあり、西日本の亥子の行事に対応する冬の風習です。
三十路は、三十を意味する語であり、特に三十歳の年齢を指して用いられる。人生の節目となる年齢として認識され、例えば「三十路の坂を越える」といった表現で、その年齢に伴う心境や経験を表す際にも使われる。
三十日(みそか)は、月の最終日、すなわちその月の三十番目の日を指す語である。特に旧暦において月の終わりを意味し、一日(ついたち)の対義語として用いられる。表記としては「晦日」とも書く。
六十路は、数え年で六十歳を指す語である。また、転じて六十年という年月のことも意味する。
四十路は、四十という数を表す語であり、また四十歳や四十年という年齢や期間を指す。
十二雀はコガラの別称であり、小雀とも呼ばれる。シジュウカラ科に属する小型の鳥で、主に森林や林縁に生息し、昆虫や木の実などを餌とする。
四十雀はシジュウカラ科に属する小鳥で、日本各地の山林に生息する。背面は暗緑色を帯び、頭部から首にかけては黒く、頬から腹部にかけては白い羽毛が特徴である。
漢字音韻学の難解さを喩えた四字熟語。中国の音韻研究書『韻鏡』を十年間参照し続けても理解が及ばないほど、その学問が極めて困難であることを意味する。
一欠十求とは、わずかな欠点を補うために多くのものを求めることを意味する四字熟語である。『晋書』王蘊伝に由来し、些細な不足を補おうとして却って過剰な要求をすることの愚かしさを表す。
一度の食事の間に十度も席を立つことを意味し、転じて、熱心に賢者を求め迎え入れる様子を表す故事成語である。中国の夏王朝の禹王が、政務を補佐する優れた人材を切に求めた故事に由来し、食事や身支度の最中でも来訪者にすぐに応じるその誠意を示している。
一夜十起は、人間が私情や私心から完全に離れることが難しい様子を表す四字熟語である。一晩のうちに十度も起き上がるという字義通り、後漢の第五倫が、甥の病気の際には頻繁に看病に起きながらも自らは安眠できたのに対し、実子の病気では看病せずとも心配で眠れなかった故事に由来する。この故事から、人はどれほど公正を心がけても、無意識のうちに私心に揺れ動くものであることが示されている。
一目十行とは、一度に十行の文章を読み取ることを意味し、読書の速さと理解力が非常に優れている様子を表す四字熟語である。梁の簡文帝が幼少時から並外れた読解力を持ち、一度に十行ずつ読んだという故事に由来する。
六十耳順とは、六十歳に至って人の言葉を素直に聞き入れられる境地に達することをいう。孔子が『論語』為政篇で述べた「六十にして耳順う」に由来し、学問や人格の修養が成熟し、自分と異なる意見にも道理があれば抵抗なく受け容れられるようになる年齢の境地を表す。後に六十歳の異称としても用いられる。
「六菖十菊」は、時期を逸して役に立たないことのたとえである。端午の節句(五月五日)に用いる菖蒲を六月に、重陽の節句(九月九日)に用いる菊を十月に用意するように、必要な時機に間に合わず、その価値を失ってしまうことを意味する。
駑馬十駕とは、才能に恵まれない者でも、たゆまぬ努力を重ねることで優れた者に追いつくことができるという教えを表す四字熟語である。『荀子』「脩身篇」に由来し、鈍い馬でも十日かけて走れば一日で千里を走る駿馬の行程に及ぶという喩えから、勤勉の大切さを説いている。
「十日之菊」とは、旧暦九月九日の重陽の節句を過ぎた翌日の菊を指す。菊の節句に合わせて鑑賞されるべき菊が一日遅れてしまったように、時機を逃して価値が損なわれることのたとえとして用いられる。中国唐代の詩人・鄭谷の詩に由来する故事成語である。