天皇や皇后などが、お住まいの場所から外出されることを指す。特に、公式の行事や儀式のために外出される場合に用いられる格式ある表現である。
供御とは、天皇や上皇、皇后、皇子といった宮中の高位の方々の飲食物を指す言葉である。後に武家社会においては、将軍の飲食物を表すようになった。また、女房詞として「飯」の婉曲な表現としても用いられる。
姉御とは、姉に対する敬称として用いられる語である。また、特に侠客の世界においては、女性の親分や、親分・兄貴分の妻を指して呼ぶ尊称としても用いられ、この場合「姐御」と表記することもある。
天皇・皇后・皇太后・太皇太后の死去を、特に敬意を込めて言い表す語。
「御髪」は、他人の頭髪を敬って言う語である。接頭語「御」を付けることで、相手の髪に対して丁寧な表現となっている。古風な表現ではあるが、敬意を込めて相手の髪を指す際に用いられる。
正月の三が日(元日から三日間)に降る雨や雪を指す語。新年の初めに降る降水を特別に捉えた表現であり、新年の季語としても用いられる。
御者とは、馬車の手綱を取って馬を操り、車を走らせる者のことを指す。主に「馭者」の書き換えとして用いられる語である。
御内とは、手紙を相手の妻や家族全体に宛てる際に、宛名に添えて用いる敬語である。
御衣(おんぞ)は、着用される方への敬意を込めてその衣服を指す語で、特に身分の高い方の装いを敬っていう表現である。同様の読み方として「みけし」もある。
「御大将」の略語で、集団や組織のかしらとなる人物や、年長者を親しみを込めて呼ぶ際に用いる呼称である。
「御頭」は「あたま」を意味する幼児語で、主に子供に対して用いられる親しみを込めた表現である。知能や頭の働きを評する「頭がいい」といった言い回しにも使われる。
御中は、郵便物や書類の宛先として企業や団体などの組織名に添えて用いる敬称である。個人宛ではなく、組織そのものや部署などに向けた場合に使用される。読みは「おんちゅう」であり、「おなか」と読む場合は別の語となる。
「御幸(みゆき)」と同じ意味で、天皇や上皇などの貴人の外出、特に行幸を敬っていう語。
御意とは、目上の方の考えや意向を指す言葉です。また、相手の意見に同意し、敬意を込めて「おっしゃる通りです」と応答する際にも用いられます。後者の用法は、「御意のとおり」という表現が省略されたものです。
御所とは、皇族が居住される場所を指す言葉であり、特に皇太子の居所である東宮御所などが知られる。また、転じて、その御所にお住まいになる皇族ご本人を敬って呼ぶ場合にも用いられる。
御宇とは、天子が天下を治められる御代を指す語である。「宇」は天下を意味し、天皇の治世を尊んで言う表現として用いられる。
御慶とは、祝い事や喜びを表す丁寧な表現であり、特に新年を祝う際に用いられる。新年の挨拶として「おめでとう」の意で使われ、例えば祝いの署名を記す「御慶帳」のような語にも見られる。
「御託」とは、もともと「御託宣」の略語であり、神仏のお告げや高貴な人のお言葉を指す。転じて、大げさで取るに足らない長話や、自慢げに並べ立てる理屈を意味するようになった。「御託を並べる」という表現で用いられ、相手がうんざりするような、無駄で押し付けがましい言い訳や主張を揶揄する際に使われる。
御薪(みかまぎ)とは、律令時代に正月十五日に百官が位階に応じて朝廷に献上した薪を指し、その儀式をも意味する。後には社寺に奉納する薪や、社寺で焚く薪を指すようになり、さらに江戸時代には武家が正月十五日に門の両側の柱に飾った薪をも意味する語となった。
御酒は酒の美称であり、特に神前に供える清らかな酒を指す。神事において神聖な飲み物として用いられ、「おみき」とも呼ばれる。表記としては「神酒」と書くこともある。
貴人の住まいや邸宅を敬っていう語。また、一般に豪華で立派な住宅を形容する表現としても用いられる。
「御首」は「首(こうべ)」を丁寧に表現した尊敬語で、主に敬意を払うべき人物の頭部や首筋を指す古風な言い方です。
「御免」は、訪問や別れの際の挨拶や、軽い謝罪を表す言葉として用いられる。また、相手の申し出や行為を遠回しに断る際にも使われ、例えば「交際はもう御免だ」のように拒否の意を示す。さらに、許しを得ることや、公に認められることを指して「天下御免」などの形でも用いられる。
「御用」とは、相手の用事や要件を敬って言う語である。また、宮中や官庁の公務を指す場合もある。かつては、官命によって犯人を逮捕することを意味し、その際の掛け声としても用いられた。
「御衣(みけし)」は「御衣(おんぞ)」と同じ意味で、天皇や貴人が着用する衣服を指す。特に神事や宮中儀式において用いられる装束を表す語である。
御料とは、天皇や貴人の用いる飲食物・衣服・器物などを敬って指す語である。また、皇室の財産、特に地所を意味する場合もある。
御陵とは、天皇や皇后、皇太后など皇族の墓を指す言葉で、特に陵墓として厳かに守られる聖域を意味します。一般に「みささぎ」とも呼ばれ、皇室の由緒と尊厳を象徴する場所として扱われています。
「御舎」は「みあらか」と読み、宮殿や御所を敬って指す語である。特に貴人の住まいや皇居を丁寧に表現する際に用いられる古風な表現で、「御殿」と同様の敬意を含むが、より典雅な響きを持つ。
御統は古代の装身具の一種であり、複数の玉を糸で連ねて輪状にし、首飾りや腕輪として身に着けた装飾品を指します。
御幸とは、上皇や法皇、女院などの高位の方が外出されることを指す。天皇の外出を表す際には特に「行幸」と表記して区別する。また、「ごこう」と読む場合もある。
渡御とは、神輿が祭礼の行列をなして進むことを指す。また、天皇や皇后など高貴な方が外出される際の敬語表現としても用いられる。
殿御は、かつて女性が夫や恋人を敬って呼ぶのに用いた古風な呼称である。現代ではほとんど用いられないが、古典文学や時代劇などにおいて、身分の高い男性である「殿」に敬意を表す接頭語「御」を付けた、愛情と尊敬を込めた呼び方として確認することができる。
他人の両親を敬って言う語。主に会話の中で「親御さん」の形で用いられ、相手の父母に対して敬意を表す呼称として使われる。
還御とは、天皇や上皇、皇后などの高位の方が、行幸先から御所や皇居にお帰りになることを指す。還幸と同義の語である。
神仏の加護や人から受ける恩恵、助力を表す。また、その結果として生じる良い影響や状態を指して用いられる。
御数は、主食に添えて食べる副食を指す言葉である。もとは女房詞で、数々取りそろえる意から生まれた。ご飯やお粥などの主食と共に食卓に並べられる惣菜やおかずを意味し、日常の食事において味や栄養を補う役割を果たす。
御形はハハコグサの別称であり、春の七草の一つとして知られる。早春に若芽を摘み、七草粥の材料とする。また「ゴギョウ」と読むこともある。
「御強」は「こわめし」を丁寧に言い表した語で、特に赤飯を指す。祝い事や門出の際に用いられる縁起の良い料理として知られる。
御師とは、神社や寺院において祈祷を行う下級の神職を指す「御祈祷師」の略称である。また、伊勢神宮など大きな神社において、暦やお守り札を配布する役割を担う者を指す場合もあり、伊勢神宮では「おんし」と発音される。
御汁は、主に味噌汁を指す言葉で、汁物全般を意味する「おつゆ」とほぼ同義である。本膳料理において飯に添えられるものという由来から、この呼称が用いられるようになった。
御田とは、鍋物料理の一種で、がんもどきやこんにゃく、はんぺん、昆布などの具材を煮込んだものを指す。また、田楽豆腐、特に木の芽味噌を付けて焼いた木の芽田楽を指す場合もある。
「御中」は「おなか」と読み、腹部を指す語である。特に「おなかがすいた」のように空腹を表す表現で用いられる。もとは女性語であり、また女房詞として食事や飯(食卓の中央に置いたことに由来)、あるいは布団などに入れる綿(中に入れることから)を意味した。なお「おんちゅう」と読む場合は別の意味となる。
「御前(ごぜ)」は「御前(ごぜん)」と同じく、人を表す語の下に添えて敬意を表す接尾語である。主に女性に対して用いられ、例えば「母御前」のように、親しみと尊敬の念を込めて呼び掛ける際に使われる。
御亭(ごて)は、主人や夫を指す語である。特に江戸時代の遊里において、遊女が客や愛人を呼ぶ際に用いた隠語として知られる。また、「ごてい」と読む場合もある。
天皇の子を指す語であり、また神の子、特にキリスト教におけるイエス・キリストを指す場合にも用いられる。
御簾とは、簾(すだれ)を丁寧に表現した語で、特に宮中や神社仏閣など格式ある場所に用いられる、目が細かく仕立てられた簾を指します。
皇居の門を指す語で、転じて皇居そのものを意味する。門を敬って表現した呼称である。
御館とは、国府の庁舎や領主の役所などを敬って指す語であり、転じて、そのような館に住む君主や領主その人をも指すことがある。
親分や兄貴分の妻を指すほか、気風のよい女性を親しみを込めて呼ぶ語。また、自分の姉を敬愛の念を込めて呼ぶ場合にも用いられ、その際は「姉御」と表記することが多い。
御諚とは、身分の高い方や目上の方から下される命令やお言葉を指す。特に主君や貴人からの指示を敬って表現する際に用いられる語である。
皇室が所有し管理される庭園を指し、特に宮殿に付属する広大な庭園や苑地を意味する。
御食とは神に供える食物を指し、神饌とも呼ばれる。また、天皇の食事に用いられる食材を意味する場合もある。
「御哭」とは、声をあげて泣き叫ぶことを指す。特に、葬儀などの儀式において行われる、大声をあげて泣く行為を意味する。
高御座は、天皇の即位礼などの重要な儀式において用いられる玉座を指す。転じて、天皇の位そのものを意味することもある。
御河童は少女の髪型の一種で、前髪は眉の上で切り揃え、後ろ髪は耳の下あたりで水平に整えられたものを指す。その名称は、河童の頭髪の形状に似ていることに由来する。
母を敬って呼ぶ語で、主に宮中や公家社会において用いられた。寝殿造りにおける母の居所「対屋(たいのや)」に由来する呼称であり、同様の成り立ちを持つ「御父様(おもうさま)」に対応する語である。
幼児などが室内で用いる、持ち運び可能な便器を指す。主にトイレトレーニングの際に使用され、「おかわ」とも呼ばれる。
神前に供える酒を指す言葉であり、神事において神聖な飲み物として用いられる。また、転じて酒全般を丁寧に、あるいはやや戯れて言う表現としても用いられる。表記には「大御酒」の形も見られる。
「御無音」は、音信や連絡がない状態を丁寧に表現した語で、主に手紙の挨拶文などで用いられる。長らく便りを差し上げないことに対する詫びや、相手からの便りがないことを気にかける意を含む。
御家人とは、鎌倉・室町時代には将軍に直接仕え、所領の安堵を受けた武士を指す。江戸時代には、将軍直属の家臣のうち御目見以下の身分で、旗本に次ぐ地位を占めた。
珠算の読み上げ算などで、回答が正解であることを示す際に用いる賞賛の言葉。
御真影とは、天皇や皇后といった高貴な方々の肖像写真を指す言葉である。特に明治時代に教育勅語が発布された前後から、宮内省によって全国の学校などに下賜された天皇・皇后の写真を指して用いられることが多い。
御面相とは、人の顔つきや容貌を指す語である。通常、相手の顔をからかったり、軽蔑の意を込めて揶揄したりする文脈で用いられる。例えば「なんという御面相だ」といった表現で、相手の顔立ちに対して皮肉や嘲笑を込めて言及する際に使われる。
御新造とは、新婦や他人の妻を指す語で、大正時代頃まで主に中流社会で用いられた。丁寧な接頭語「御」を付けた呼称であり、「御新造様」などの形で使用された。また、「ゴシンゾ」と読む場合もある。
御来光とは、高山や霊山などで拝むことのできる荘厽な日の出を指し、その光景を神聖視して拝む行為をも含む。また、山岳地帯で霧がかかる日の出や日没時に、太陽を背にした人物の影の周囲に光の輪が現れる自然現象、いわゆるブロッケン現象を指す場合もある。
相手がわざわざ足を運んでくれることを、敬意を込めて言い表す語。特に目上の人や取引先などに対して、その労をねぎらい、恐縮の意を示す際に用いられる。
御破算とは、そろばんの珠を払って計算前の状態に戻すことを指し、そこから転じて、物事を一旦白紙に戻して最初からやり直すことや、従来の経緯を無効にして新たに始めることを意味する。
御法度とは、武家時代における法令を指し、特に江戸時代には禁止事項を意味するようになった。「法度」の尊敬語として用いられ、武家諸法度や禁中並公家諸法度などの成文法を指す。転じて、広く禁じられている行為や物事を表し、例えば「私用の電話は御法度だ」のように使われる。
御霊前とは、死者の魂を祀る場所の前を指す。また、そのような場に供える供物そのもの、あるいは供物に記す言葉としても用いられる。
大御饗とは、天皇の食事を指すほか、宮中において臣下に賜る酒食をも意味する古語である。
大御灯とは、神仏を祀る場に献じられる灯火のことを指し、神聖な儀式において神前や仏前に供えられる灯明を特に意味する。
大御食とは、神や天皇に供える食物を指す語で、神饌や御贄などと同様に神事や宮中祭祀において用いられる神聖な食事を意味する。
花御堂は、四月八日の灌仏会(花祭り)に用いられる小さな堂のことで、甘茶を満たした水盤の中央に釈迦の降誕像を安置し、周囲を色とりどりの花で飾り付ける。
「強供御」は「強飯(こわめし)」を指す女房詞で、蒸したもち米を用いた飯、すなわちおこわを意味する。宮中や武家に仕えた女性たちが用いた婉曲な表現の一つである。
日蓮宗において、宗祖日蓮聖人の命日である十月十三日に行われる法要を指す。御命講とも呼ばれ、秋季の重要な行事として位置づけられている。
「御内儀」は、他人の妻を敬って言う語である。本来「内儀」は身分のある人の妻を指す語であり、それに接頭辞「御」を付けて敬意を表したものである。
御九日は九月九日の重陽の節句を指し、またその日に行われる祭礼をも意味する。地域によっては「おくんち」と発音され、「御供日」や「御宮日」と表記される場合には、より広く祭礼一般を指す語として用いられる。
頭を下げて敬意や謝意を示す動作を指し、挨拶や礼儀として行われる。
「御下地」は、醤油を指す丁寧な表現である。煮物や吸い物の味付けの基礎として用いられることから、「下地」に尊敬の意を表す接頭語「御」を付けたものとされる。
御釈迦とは、物事がうまくいかずに失敗すること、またそのような出来事や物を指す。特に、製作過程で意図せずに生じた欠陥品や失敗作を意味する。この語源は、地蔵菩薩を鋳造しようとした職人が誤って釈迦像を作ってしまったという故事に由来する。
御取越とは、親鸞聖人の命日である陰暦十一月二十八日を前倒しし、それ以前に法要を営むことを指す。この慣習は「引上会」とも呼ばれる。
商家に奉公する者を指し、番頭や手代、丁稚など店舗で働く使用人全般を意味する。
御火焚は、京阪地方で陰暦十一月に行われる火祭りの神事である。社前に火を焚き、供え物を捧げ、神楽を奏する行事を指す。「おひたき」とも読まれる。
御御足は、他人の足を丁寧に表現する尊敬語である。主に敬意を払うべき相手の足を指す際に用いられ、二重の敬語「御」を重ねることで、より一層の丁寧さと謙譲の意を表す。
臨終の際に南無阿弥陀仏を唱えることに由来し、物事が完全に終わること、特に死ぬことを指す。転じて、物事が失敗に終わることや、機能しなくなることも意味する。
御手塩とは、浅く小さい皿を指し、特に手塩皿とも呼ばれる。主に女性が用いる言葉で、食膳の不浄を清めるために塩を盛った小皿の慣習に由来する。
御父様は父を敬って呼ぶ語で、主に宮中や公家社会で用いられた。この呼称は、寝殿造りにおいて父が母屋(おもや)に住んだことに由来するとされる。対になる語に御母様(おたあさま)がある。
茶道において、茶を点てる一連の作法や手順を指す。また、その技術の巧拙や、点てられた茶の出来栄えそのものを表すこともある。
身分や家柄が高く、学問や技芸に優れた人々を指す語。特に、そうした人々が一堂に会している様子を表す際に用いられる。
御転婆とは、若い女性が活発に跳ね回る様子、あるいはそのような性質を持つ女性を指す言葉である。「転婆」は当て字であり、おてんばやおきゃんとも言う。
御伽衆とは、室町時代以降、主君の傍らで話し相手や相談役を務めた者を指す。御咄衆とも呼ばれ、豊富な見聞や教養、巧みな話術が求められ、経験を積んだ年長者が任じられることが多かった。江戸時代には、若い殿方の遊び相手として少年が選ばれる例も見られた。
御幣焼とは、正月十五日に行われる小正月の行事で、門松や注連縄など正月飾りを集めて焼き、その火で餅を焼いて食べたり、燃えさしの枝を持ち帰って家の周囲に挿すなどして、無病息災や五穀豊穣を祈る習わしを指す。左義長やどんど焼きなどとも呼ばれる。
神仏を拝む際に供える灯火のことで、神前や仏前に灯すともしびを指す。
御影石とは花崗岩の別称で、主に兵庫県神戸市の御影地区で産出されたことに由来する名称である。黒御影、白御影、赤御影などの種類があり、建築や石材として広く用いられる。
御霊代とは、神霊が依り憑く対象として祀られる物体のことを指し、神社において神体とされる鏡や剣、勾玉、あるいは自然物などをさす。神そのものではなく、神威を宿す媒介として崇められる。
「御来迎」は、仏教において臨終の際に阿弥陀如来が極楽浄土へ迎えに来られることを敬って言う語である。また、山頂などで見られる、太陽が背後の雲間から差し込み、自分の影が前方の雲や霧に映り、光輪を背負った仏像のように見える自然現象を指すこともあり、この場合は「御来光」と同義である。「ゴライコウ」と読むこともある。
御霊屋とは、貴人や先祖の霊を祀る建物や場所を指し、霊廟と同義である。通常「みたまや」と読むが、「おたまや」と読む場合もある。
御戸代とは、神事において神に供える稲を栽培するために特別に設けられた田のことを指します。神饌としての米を生産する神聖な場所であり、一般の水田とは区別される神田を意味します。
御息所とは、天皇の寝所に仕える女官を指す語である。また、皇子や皇女を生んだ女御や更衣、あるいは皇太子妃や親王妃の呼称としても用いられる。語源は天皇の休息所を意味する「御息所(みやすんどころ)」が転じたものとされる。
神社や寺院において、参拝者が吉凶や運勢を占うために引くくじのこと。通常は細長い紙片に記された詩や文言によって、様々な事柄に関する兆しやアドバイスが示される。
貴人の腰に帯びる刀を敬って言う語。古くは「みはかせ」とも読まれた。
晏子之御は、主人の権威を笠に着て威張る小人物の喩えである。故事は『史記』晏嬰伝にあり、宰相晏嬰の御者がその地位を得意に振る舞う様を妻に恥じられ、後に改心して出世したという逸話に基づく。転じて、自らの力ではなく上位者の権勢を頼みに威張る者を指す。
御用繁多とは、公務や用事が非常に多く、多忙である様子を表す四字熟語である。特に目上の人や役職にある人に対して、その忙しさを気遣い、ねぎらう気持ちを込めて用いられる表現である。