マメ科の一年生作物で、中国原産とされる。種子は暗赤色の小さな粒状で、大豆に比べて小さいことからこの名がある。主に餡や赤飯、甘納豆などの材料として用いられる。
「いさな」は小さな魚を指す語で、「こざかな」や「ざこ」と同義である。漢字では「小魚」と書き、「細小魚」と表記されることもある。
小巾とは、半袖あるいは袖なしで丈の短い、主に作業時に着用する衣服を指す。
小忌とは、大嘗祭や新嘗祭などの重要な神事に際して、奉仕者が一定期間行動を慎み、心身の清浄を保つことを指す。この期間中は特別な衣装である小忌衣を着用し、神事に奉仕する。また、その衣装である「小忌衣」を略して「小忌」と呼ぶ場合もある。
「小首」とは、わずかに傾けるなど、小さな動作を伴う首の様子を指す。接頭語「小」が付くことで、首の動きが軽やかで控えめであることを示し、「小首をかしげる」のように、疑問や考え込む際のしぐさを表す際に用いられる。
古代の戦場で用いられた、管状の小さな笛を指す。「管の笛」とも表記され、同義語として「くだぶえ」がある。
小言とは、不平や不満を繰り返し口にしたり、相手の過ちや悪い行いをとがめていましめたりする言葉を指す。
小字(こあざ)とは、町村内の区画である字(あざ)を、より細かく分割した区域を指す。大字(おおあざ)に対応する下位の区分であり、主に土地や住所の表示に用いられる。なお、「しょうじ」と読む場合は、通常より小さく書かれた仮名文字のことを意味する。
「小米」は、精白の過程で砕けてしまった米のことを指し、砕け米とも呼ばれる。粒が小さく砕けている状態を表し、「粉米」と表記されることもある。
小唄とは、江戸時代末期に流行した三味線伴奏の短い俗曲を指す。長唄に対して簡素な形式を持ち、主に江戸の町人文化から生まれた。気軽に歌われる小曲として、宴席や日常の場で親しまれた。
小雨とは、細やかに降りしきる雨のことで、雨粒が小さくてまばらに降る様子を指します。街灯の光が雨に煙るような情景を連想させる、しっとりとした雨模様を表す言葉です。
小刀(こがたな)は、細工などの作業に用いる小型の刃物を指す。また、脇差の鞘の外側に差し込む小さな刀(こづか)のこともいう。「ちいさがたな」と読む場合は、室町時代以来、登城の際に携行する短刀を意味する。
小姓とは、かつて貴人の側近くに仕えて身の回りの雑務を担った少年を指す。また、武家社会における職名の一つでもあり、主君の傍らで雑用に従事した。江戸幕府においては若年寄の配下として将軍の雑務を務める役職であった。
「小脇」は、わきの下の部分を指す語である。特に、物を抱える際にわきの下に挟む動作やその状態を表す際に用いられ、「小脇に抱える」などの表現で使われる。接頭語「小」が付くことで、わきに関わる軽い動作や、物をしっかりと抱え込むというよりは、軽く挟んで持つようなニュアンスを含むことがある。
小童(こわっぱ)は、子供や年少者を軽蔑したり見下したりする気持ちを込めて呼ぶ語である。主に「生意気だ」などと非難する文脈で用いられ、相手を侮るニュアンスが強い。語源は「こわらは(童)」が転じたものとされる。
鼻の先端の左右にある丸みを帯びた部分を指す。不満や怒りの感情を表す際に、この部分を膨らませる動作が行われることがある。
小竹はイネ科の多年生植物で、一般に丈の低い小型のタケ類を指す。山野に群生し、その種類は多い。細工物の材料として葉や茎が利用される。表記には「笹」の字も用いられる。
小筒とは、古くから用いられた携帯用の酒入れで、竹を細く小さく作った筒を指す。竹筒とも表記される。
小兵とは、身体の小さいこと、あるいはそのような人を指す。小柄な体格ながら力が強い場合などに用いられ、相撲の力士について言うこともある。また、弓を引く力が弱いこと、あるいはそのような者を意味する場合もあり、対義語として大兵や精兵が挙げられる。
水面に生じる小さな波のことを指し、微風によって立つ穏やかな波紋を表す。また「漣」や「細波」と書くこともある。
小網(さで)とは、三角形に組んだ竹の枠に袋状の網を取り付けた漁具で、水中ですくうようにして魚を捕らえるものである。さであみとも呼ばれ、「叉手」と表記されることもある。
「小股」とは、歩行時に両足の間隔を狭く取ることを指し、歩幅が小さい状態を表す。また、単に「股」の意味でも用いられ、この場合の「小」は接頭語として機能する。
「小手」は、まず肘と手首の間の前腕部分を指す。また、手先や手の動作を表す場合にも用いられ、例えば遠くを見る際に手を額にかざす様子を「小手をかざす」と表現する。武具に関しては、鎧の一部として前腕を覆う防具を指し、剣道においてはその防具を打つ技の名称ともなる。なお、防具や剣道の技としての意味では「籠手」と表記されることもある。
小道とは、幅の狭い道や、主要な街道から外れた脇道を指す。また、古くは里程の単位として、六町をもって一里とする計り方もあった。表記としては「小路」と書くこともある。
住居や生活の様子が質素で控えめであるさまを表す。規模や内容が大きくなく、慎ましい暮らしぶりに用いられる。
比較した場合のわずかな相違を指す。全体としてはほぼ同じであるが、細部に些細な差異があることを表す。
小額とは、単位としての金額が小さいことを指す。例えば「小額紙幣」のように用いられ、個々の貨幣や紙幣の額面が低い場合にいう。一方、「少額」と表記した場合は、総額としての金額が少ないことを意味する点で区別される。
小結は相撲の番付における地位の一つで、関脇の下に位置し、三役の中では最も下位に当たる。
二十四節気の第二十三。冬至の約十五日後にあたり、寒さが次第に厳しくなる時期を指す。暦の上では寒の入りとされ、陽暦では一月六日頃に当たる。
小閑とは、わずかな暇や短い時間のことを指す。日常の忙しさの中で得られる束の間の余暇を表し、「小閑を得る」などの形で用いられる。また、「少閑」と書くこともある。
小心とは、気が小さく、物事に臆病で、大胆さに欠ける様子を指す。些細なことにも過剰に気を遣い、決断力や度胸が乏しい性格を表す語である。
小景とは、日常の中でふと目に留まる小さな風景や、心に残るささやかな景色を指す。また、そのような情景を描いた絵画や文章をも意味する。
小さい数を指すほか、数学においては絶対値が一より小さい実数を意味し、通常は小数点を用いて十進法で表記される。
小生は、男性が自身を謙遜して指す一人称の代名詞である。主に手紙文において、同輩や目下の相手に対して用いられる表現で、「わたくし」の意をへりくだって伝える語である。
小差とは、得点や順位、距離などの間に生じるわずかな違いを指す。競技や比較において、双方の間にほとんど隔たりがないような僅かな差を表し、僅差とも言う。
小成とは、わずかな成功や達成を指す。大きな成果には至らないものの、一定の進展や成果を得た状態を表し、往々にして「小成に安んずる」のように、その程度の成功で満足してそれ以上の努力を怠るべきではないという戒めの文脈で用いられる。対義語は大成である。
重要でない些細な事柄を指す。些末な問題や取るに足らない出来事を表し、往々にして「大事」と対比される概念として用いられる。
文学の一形式であり、作者の想像力と構想力によって人間や社会のありようを描き出す散文体の作品を指す。長編・中編・短編などの種類がある。
小量とは、分量や数量がわずかであることを指す。例えば、片栗粉に少量の水を加えるように、多量に対比される概念である。また、転じて心が狭く度量の小さい様子を表すこともあり、狭量と同義で用いられる。表記としては「少量」と書くこともある。
ぼやとは、建物や物品の一部が燃える程度で、大規模な火災に発展する前に消し止められた火災を指す。
弱小とは、力や規模が弱く小さいことを指す。例えば、弱小チームのように、競争力や影響力が限られている集団や組織に用いられる。また、年齢が若く未熟であること、すなわち年少を意味する場合もある。
ある範囲内で比較した場合に、最も小さい状態や程度を指す。また、可能な限り小さい限界値を示すこともある。
実際の程度や規模よりも小さすぎること。また、そのような状態を指す。過大の対義語として用いられる。
非常に小さいさま。形や規模が極めて小さいことを表し、微細なものや小さな動物などに用いられる。
小路とは、両側を家屋などに囲まれた幅の狭い道を指す。大路に対して用いられ、袋小路のように行き止まりのものもある。こみちが転じた語とされる。
小札とは、鎧を構成する鉄や革の小さな板を指す。これらを鱗状に繋ぎ合わせることで、草摺などの防具の一部を形成する。
「小尉」は「小牛尉」と同じく、律令制において牛馬の飼育や管理を担当した下級官職を指す。主に地方の牧場で働き、牛や馬の世話や繁殖に関わる実務に従事した。
「小半」は主に酒や米の分量を表す語で、全体の四分の一を指す。特に一升の四分の一である二合五勺を意味し、少量の酒や米を指して用いられることもある。表記としては「二合半」と書く場合もある。
小雀はシジュウカラ科の小鳥で、本州の山林に生息する。体はスズメよりも小さく、背中は灰褐色をしており、頭部と喉が黒く、腹部と頬が白い特徴を持つ。ジュウニカラとも呼ばれる。
小癪とは、相手の言動や態度が生意気で、腹立たしく感じられる様子を表す。接頭語「こ」が付くことで、癪に障る程度が軽いものの、不快感や苛立ちを覚えるような振る舞いを指す。
配偶者の姉妹を指す語で、特に夫から見た妻の姉妹、あるいは妻から見た夫の姉妹をいう。本来は「こじゅうとめ」と読むが、現代では「め」を省略した「こじゅうと」の形で用いられることが多い。
小鉤(こはぜ)とは、足袋や脚絆、書物の帙など、合わせ目を留めるために用いる爪形の金具を指す。留め具の一種であり、「鞐」の字を当てて表記することもある。
コノシロの若魚を指す。秋の食材として、酢の物や寿司種に用いられる。
皮膚や衣服などに生じる細かく浅いしわを指す。特に顔の目元や口元などに現れる加齢や表情によるわずかな皺を表すことが多い。
小話とは、短く洒落の効いた笑い話を指し、簡潔なコントのような形式をとる。また、落語において本題に入る前の短い導入部分や、一口で語れる短い噺を意味することもある。江戸時代には「江戸小話」として独自の発展を遂げた形式である。
小鬢とは、顔の左右側面、特にこめかみから耳のあたりにかけて生えている髪の毛を指す。接頭語「小」が付くことで、鬢の一部分をより細かく捉えた表現となっている。
小篆は漢字の書体の一つであり、大篆を簡略化したものである。中国の秦の時代に李斯によって制定され、主に印章などに用いられる。
矮小とは、背丈が低く体つきが小さい様子を指す。また、物事の規模や内容が取るに足りない程度であること、あるいは重要度が低く些末なことを表す際にも用いられる。
小忌衣は、神事に奉仕する官人が心身の清浄を保つために着用する白地の衣服を指す。略して「おみ」とも称される。
小太刀とは、通常の刀よりも短く小型の刀を指す。また、そのような短い刀を用いて行う剣術のこともいう。
小百合はユリの美称であり、接頭語「さ」を冠して呼ばれる。夏の花として知られるユリの優美さを表す言葉である。
小女子はイカナゴの別称であり、春に漁獲される細長い小魚を指す。また、佃煮などの加工品としても用いられる。
「小気味」は、接頭語「小」が「気味」を強調した語で、物事から受ける感覚や気分を表す。特に、快い響きや心地よい感覚を指し、音や動作などがもたらす爽やかな印象を表現する際に用いられる。
小器用とは、細かい作業や手先の技術に巧みで、様々なことをそつなくこなす様子を指す。また、状況を先読みして、物事を円滑に処理する機転の利いた振る舞いにも用いられる。
ミカン科の落葉低木で、山地に自生する。初夏に淡い緑色の小花を咲かせる。葉や茎には独特の強い臭気があり、かつては殺虫剤として用いられた。材質は緻密で、細工物の材料とされる。
小荷駄とは、馬に背負わせて運ぶ荷物全般を指す。特に室町時代には、戦場へ武具や兵糧などを運ぶための物資、あるいはそれらを運搬する駄馬隊そのものを意味した。
小米花は、シジミバナの別称であり、またユキヤナギの別称でもある。その名は、米粒のように小さな花の姿に由来する。
山小菜はキキョウ科の多年草で、蛍袋(ほたるぶくろ)とも呼ばれる。その名は漢名に由来し、花の形が袋状で蛍を入れられるように見えることにちなむ。
広小路とは、幅の広い街路を指す語である。特に江戸時代には、火災の延焼を防ぐための防火地帯として設けられた空地に起源をもち、後に主要な道路として整備された経緯がある。
姫小松とは、小ぶりな松の総称を指す。特に正月の子の日に子供たちが引き回して遊ぶ小さな松を意味し、新年の縁起物として用いられる。また、ゴヨウマツの別称としても使われる。
ある範囲や条件の中で、これ以上小さくすることができないぎりぎりの程度や量を指す。可能な限り少ない状態を表し、必要不可欠な水準に抑えることを意味する。
小牛尉は、能面の一種で、品があり小ぶりな老人の面を指す。小尉とも呼ばれる。名称は、この面を最初に作った面打ちの名である「小牛」に由来する。能において「尉」は老翁を表す語である。
小豆粥は、小豆を入れて炊いた粥のことで、餅を加えることも多い。正月の十五日の朝に食べる習慣があり、新年の邪気を払うとされる。
小連翹はオトギリソウ科に属する多年草で、漢名に由来する名称である。別名として弟切草とも呼ばれ、読み方は「おとぎりそう」のほか、「ショウレンギョウ」と読む場合もある。
小晦日は、大晦日の前日にあたる日を指す。陰暦では十二月二十九日、陽暦では十二月三十日に相当し、年の瀬を迎える時期を表す言葉である。
小手毬はバラ科の落葉低木で、中国を原産とする。観賞用に栽培され、春には枝先に白く小さな花を多数咲かせ、それが集まって毬のような丸い花序を形成する。別表記として「麻葉繡毬」とも書く。
小灰蝶はシジミチョウ科に属する小型の蝶の総称で、翅の裏側に蜆の貝殻のような模様を持つことが名の由来とされる。
小茄子はサクラソウ科の多年草で、山野や道端に自生する。茎は地面を這うように伸び、夏には黄色い五弁の花を咲かせ、その後ナスの実に似た形の果実を結ぶ。
小糠雨とは、米糠のように細かく軽やかに降る雨のことで、霧雨に似ているが、より微細な雨粒が空中に漂うように降る様を指す。
小鮒草はイネ科の一年草で、道端などに自生する。秋になると、ススキに似た淡緑色または赤紫色の花穂をつける。その葉がササに似ており、小さなフナの形に見立てられたことが名の由来とされる。かつては黄八丈の染料として用いられ、カリヤスという別名もある。
メリヤスとは、綿糸や毛糸などを機械で編み、伸縮性に富むように仕上げた布地のことを指す。漢字では「莫大小」あるいは「目利安」と表記されることもある。
タイ科の海魚で、南日本の海底に生息する。体形はチダイに似ており、体色は美しい赤色を呈する。エビスダイとも呼ばれ、食用とされる。
過小評価とは、対象の真の価値や能力を実際よりも低く見積もることを指す。物事や人物の実力を正しく測らず、軽んじて判断する様を表す。
因小失大は、わずかな利益にこだわるあまり、かえって大きな利益や大切なものを失ってしまうことを意味する四字熟語である。目先の小さな得を追い求める行為が、結果として重大な損失を招く愚かさを表す。
腕白小僧とは、いたずら好きで元気のよい男の子を指す言葉である。特に、悪意はないものの活発で手に負えないような子供の様子を、幾分か愛情を込めて表現する際に用いられる。
羊の腸のように細く曲がりくねった小道を指す。山間部や人里離れた場所などに多く見られる、幅が狭く複雑に入り組んだ道筋を形容する表現である。
放胆小心とは、文章を書く際の二つの態度を指す四字熟語である。初めは大胆に構想を広げて自由に筆を進める「放胆」の段階を経た後、習熟に伴って細部に注意を払い字句を厳しく練り上げる「小心」の段階へと至るべきであるという、文章修業の心得を示す。また、それぞれの態度によって書かれた文体そのものを指すこともある。
大胆に行動しながらも細部にまで気を配る心構えを表す四字熟語。度胸を示す「胆」と配慮を意味する「心」の両方を兼ね備え、勇猛さと慎重さが併存する様をいう。『旧唐書』に由来する。
知小謀大は、自分の能力や見識の限界をわきまえずに、大きな計画や事業を企てることを意味する四字熟語である。浅はかな知恵しか持ち合わせていないにもかかわらず、大それた謀を巡らす愚かさを表しており、『易経』に由来する。
大材小用とは、優れた才能や大きな能力を持つ人物を、それに見合わない小さな仕事や低い地位に用いることを指す。本来は大きな材木を小さな用途に使うという意味から転じて、人材の不適切な配置や能力を十分に活かせない状況を喩える表現である。