華美さや派手さがなく、控えめで目立たない様子を指す。また、質素で飾り気のない状態や性質を表す。
地味(チミ)とは、農作物の生育に影響を及ぼす土地の性質や肥沃さの度合いを指す語である。土壌の養分や水はけなどの条件が作物の出来栄えを左右するため、地味が肥えているか痩せているかが収穫に大きく関わる。
吟味とは、物事の内容や質を細部に至るまで注意深く調べ、その価値や真偽を判断することを指します。また、かつては罪状の有無を厳しく取り調べる裁判手続きの意味でも用いられました。
含味とは、食物を口に含んでその味わいをじっくりと感じ取ることを指す。また、転じて、言葉や物事の深い意味を心の中で繰り返し考え、その真意を理解し味わうという意味も持つ。後者の意味では「玩味」と表記されることもある。
味漬とは、塩気を控えめにした甘塩の漬物を指す。また、野菜などを塩などで短期間漬けた浅漬けのことも意味し、「淡漬」と表記されることもある。
味酒は、味わいが良くおいしい酒を指す言葉で、美酒と同義である。漢字表記としては「旨酒」と書くこともある。
物事の本質や深い意味をじっくりと味わい、理解し、自らのものとして体得すること。特に芸道や学問などの奥義を会得する際に用いられる。
毒味とは、もともと飲食物に毒が含まれていないかを確かめる行為を指すが、転じて、料理の味加減を試す味見の意味でも用いられる。
玩味とは、食物をよく噛んでその味わいを十分に楽しむことを指す。また、芸術作品や文章などの意味を深く考え、じっくりと味わい理解するという意味でも用いられる。表記としては「翫味」や「含味」と書くこともある。
珍しい味わいを持つ食べ物、あるいはめったに味わえない美味な食物を指す。山海の幸など、産地や入手が限られる希少な食材や料理を形容する際に用いられる。
秋の味覚を代表する魚で、産卵期に川を遡上する鮭を指す。アイヌ語の「アキアンチ(秋の魚)」に由来するとされる。
食べ物の味がよく、おいしいさまを表す。また、そのような味わいを持つ食べ物そのものを指すこともある。
涼味とは、触覚や視覚を通じて感じられる清涼な感覚を指す。特に夏の季語として用いられ、冷たい物に触れた時や涼しげな情景から受ける、心地よい冷たさや爽やかさを表現する言葉である。
滋味とは、食物の美味しさを指すとともに、栄養価の高い食べ物を意味する。さらに転じて、芸術作品や人生経験などにおいて感じられる、心に深く染み入る豊かな味わいや情趣を表す。
上品で優美な趣や味わいを指し、洗練された風情や品格の高さを感じさせる表現である。特に芸術や自然の情景において、しみじみとした深みと気品を伴う美しさをいう。
賞味とは、飲食物の風味を楽しみながら味わうことを指す。特に、その美味しさを評価し、愉しむ行為を表し、食品の品質が保たれる期限を示す「賞味期限」という表現にも用いられる。
趣味とは、生計のためではなく純粋な楽しみや好みとして個人が親しむ事柄を指し、例えば音楽鑑賞や園芸などが挙げられる。また、物事に込められた風情や美しさを感じ取る審美眼やセンスを意味することもあり、趣味の良い模様といった表現で用いられる。
物事に対するおもしろみや関心を指し、特に強い関心や好奇心を抱く状態を表す。
薬味とは、料理に風味や香りを添えるために用いる野菜や香辛料の総称であり、胡椒や唐辛子、刻みネギ、生姜、大葉などがこれに当たる。また、漢方においては薬効を持つ生薬の種類を指すこともある。
ぞっとするような恐ろしさや気味の悪さを感じさせる様子を指す。また、人を脅かすような強い言葉やおどし文句を意味することもある。
諸味とは、醸造後に滓を濾過していない状態の醤油や酒を指す。原料が発酵したままの混濁した液体であり、「醪」の字を用いて表記することもある。
味蕾とは、舌の表面や口腔内に分布する微小な器官であり、味覚を感知する役割を担っている。味覚芽とも呼ばれ、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味といった基本味を識別する受容器として機能する。
塩分によって感じられる味覚を指し、特に塩辛さを特徴とする。また、そのような味わいを持つ食品そのものを意味することもある。
人に対する思いやりや温かみ、人間らしい情愛の感じられる様子を指す。
三味線は日本の伝統音楽で用いられる三弦の撥弦楽器である。四角形の胴に猫や犬の皮を張り、長い棹を立て、三本の弦を張った構造をしている。演奏には撥と呼ばれる道具で弦をはじき、その音色は邦楽の重要な要素となっている。
「小気味」とは、物事に接したときに感じる心持ちや気分を指す。接頭語「小」が「気味」を強調し、快い響きや心地よい感覚を伴うことが多い。例えば、澄んだ音色や軽やかな動作などに対して用いられる。
没趣味とは、物事に対する興味や関心が薄く、面白みや風情に乏しい様子を指す。また、そのような状態や性質を表す。
青味泥は、緑藻類ホシミドロ科に属する淡水藻の一種で、水綿とも呼ばれる。水中で糸状に絡み合って生育し、緑色を呈するのが特徴である。
「魚味始」は、幼児が生まれて初めて魚を食べることを祝う儀式を指す。古くは三歳頃に行われたが、室町時代には生後百日、江戸時代には百二十日目に実施されるようになった。別称として「魚味の祝」「真魚の祝」があり、「真菜始」「真魚始」とも表記される。
無気味とは、何とも言いようのない不気味さや薄気味悪さを感じさせる様子を指す。通常の恐怖とは異なり、理由がはっきりしないまま漠然とした不安や嫌悪感を抱かせるような、怪しく陰鬱な雰囲気を形容する言葉である。
調味料とは、料理の味を整えたり引き立てたりするために用いる材料の総称で、醤油や塩、砂糖、酢、味噌などがこれに当たる。
言葉や行為の表面に現れた意味の奥に、さらに深い含意や意図が隠されている様子を指す。単に「意味深」と略されることもあり、表現や行動に一見してはわからない複雑な背景や真意が込められていることを示す。
無味乾燥とは、味わいや面白みが全くなく、単調で潤いのない様子を表す四字熟語である。主に話題や文章、物事の内容などが退屈で魅力に欠けることを指して用いられる。
「百味飲食」とは、多種多様な美味しい食べ物や飲み物を指す四字熟語であり、特に神仏への供え物として様々な珍味を整えたものを意味する。『祖庭事苑』に典拠を持つ表現である。
手前味噌とは、自分自身や自分に関わる物事を自慢することを指す。元来は自家製の味噌の味を褒める意味であったが、転じて、自身の行為や作品などを過度に称賛する様を表す表現として用いられる。
世俗の雑事から離れ、自然の風物や芸術作品を静かに鑑賞し味わうことに趣を見いだす態度や嗜好を指す。夏目漱石の「高浜虚子著『鶏頭』序」に用例が見られる。
珍味佳肴とは、珍しい味わいの食べ物と、酒の席に特に優れた酒肴を指す四字熟語である。転じて、一般に非常に贅沢で豪華なご馳走のことを意味する。