中馬とは、江戸時代中期から明治初期にかけて信州地方で物資輸送に従事した馬、あるいはその運送業を指す。多くは宿場の問屋を経由せず、荷主と直接契約して輸送を行う形態を特徴とした。
犬馬とは、犬と馬を指す語であり、転じて取るに足らない者や自分をへりくだって言う表現として用いられる。主に「犬馬の労」のような成句で、目上の者への忠誠や奉公を謙遜して述べる際に使われる。
本来は馬に乗って出かけることを指し、特に戦場へ赴く意味で用いられた。転じて、自ら進んでその場に臨むことを表し、現代では主に選挙に立候補することを意味する。
生馬はガガイモ科のつる性多年草で、山地に自生する。葉はハート形をしており、夏には白色の小さな花を咲かせる。果実は熟すと裂け、中から白い毛を持つ種子を飛散させる。根は薬用として用いられ、「牛皮消」と表記されることもある。
白馬(あおうま)は、白い毛色の馬、または葦毛の馬を指す。この語は、宮中行事の「白馬節会」に由来し、本来は青毛の馬を用いていたが、後に白毛の馬に代わりながら読み方を「あおうま」のまま維持し、漢字表記を「白馬」と改めたことから生じた。なお、「はくば」とも読む。
白馬とは、毛色が白い馬を指す。また、古くは「あおうま」とも読み、神事に用いられる神聖な馬を意味する場合もある。
汗馬とは、馬を走らせて汗をかかせることを指し、転じて戦場や遠征などで馬と共に奔走する苦労を意味する。また、走り疲れて汗をかいた馬そのものを指す場合もある。さらに、中国漢代に西域からもたらされた名馬の呼称としても用いられる。
竹馬とは、二本の竹に足場を設けて乗り、上部を両手で持ち歩く遊具を指す。また、葉の付いた竹竿を馬に見立て、子供が跨るようにして遊ぶものもいう。高足とも呼ばれる。
兵馬とは、武器と軍馬を指し、転じて軍隊や軍備そのものを意味する。また、軍用に供される馬、すなわち軍馬を指す場合もある。さらに、戦争や戦いといった軍事活動全般を表すこともある。
肥馬とは、肉付きが良くたくましい体格をした馬を指す。
海馬はヨウジウオ科の海魚を指す名称で、漢名に由来する。その頭部が馬に似ていることからこの字が当てられており、日本では「竜の落とし子」とも呼ばれる。
海馬(とど)はアシカ科の哺乳類で、太平洋北部に生息する。春には北海道付近まで回遊し、アシカに似ているがより大型であり、雄は体長約三メートルに達する。体色は褐色を帯びており、「胡」の字を用いて表記されることもある。
馬を追い込んで囲い込むための柵を指す。牧場などで馬の行動範囲を制限し、管理するために設けられる構造物である。
馬場とは、主に乗馬の練習や競馬を行うために整備された場所を指す。特に競馬においては、馬が走る走路の状態を表すこともあり、例えば水分を多く含んだ状態の馬場は「重馬場」と呼ばれる。
馬匹とは、馬を数える際の単位「匹」に由来し、馬そのものを指す言葉である。主に複数の馬を総称する場合や、馬を対象とした文脈で用いられる。
馬具とは、馬に装着する各種の道具の総称であり、主に鞍や轡、鐙、手綱などが含まれる。これらは騎乗や荷役の際に、馬の制御や人馬の安全、作業効率を確保するために用いられる。
馬が引く車のことで、人や荷物を運搬するために用いられる。幌を備えた幌馬車などがあり、転じて休みなく働く様子を「馬車馬のように働く」と喩えることもある。
馬齢とは、自身の年齢を謙遜して言う表現である。馬の歯が年を経るごとに伸びることに由来し、犬馬の齢とも呼ばれる。例えば「馬齢を重ねる」のように用い、単に年月を過ごしたことをへりくだって述べる際に使われる。
馬賊とは、清朝末期に中国北東部で活動した、馬に乗って略奪行為を行う盗賊集団を指す。
馬陸はヤスデ目の節足動物の総称で、漢名に由来する語である。湿った日陰地に生息し、体形はムカデに似るが、刺激を受けると体を丸め、特有の臭気を放つ習性を持つ。ゼニムシやエンザムシなどの別名がある。
馬子とは、馬を用いて人や荷物を運送することを生業とする者のことを指す。馬に荷を載せて牽引する役目を担い、馬方や馬丁などとも呼ばれる。
ドイツでかつて使用されていた通貨単位であり、一マルクは百ペニヒに相当する。
マレー半島南部およびその周辺の島々を指す地域名称。マライとも表記される。
しまうまは、ウマ科に属する哺乳類で、体に黒と白の縞模様を持つことが特徴です。アフリカの草原やサバンナに生息し、群れをなして生活しています。この縞模様は個体識別や体温調節、捕食者からのカモフラージュなど、いくつかの役割があると考えられています。
絵馬とは、神社や寺院において祈願や願い事の成就のお礼として奉納される絵の額のことで、本来は生きた馬を奉納する代わりに馬の絵を掲げたことに由来する。
乗馬中に騎手が馬の背から転落することを指す。競技や日常の乗馬において、熟練者であっても時に起こり得る事態である。
跳馬とは、体操競技に用いられる器具の一つで、馬の背に似た形状の台に革を張ったものを指す。また、この器具を使用して行われる体操競技種目そのものも意味する。
駄馬とは、主に荷物の運搬に用いられる馬を指す。また、血統や能力の面で劣り、価値の低い馬を意味することもある。
駅馬とは、古代の駅制において、公用で旅をする役人のために各駅に常備され、乗り継ぎに用いられた速やかな馬を指す。
競馬とは、騎手が騎乗した馬が決められたコースを走り、その着順を競う競技を指す。多くの場合、公認の賭けの対象としても行われる。
主馬とは、律令制における東宮の乗馬を管理する役所である主馬署の略称であり、転じてその役職に就く者をも指す。
神社に奉納される馬を指す語で、神事の際に神前に献上される生きた馬を意味する。古くは神の乗り物としての役割も担い、「しんば」や「じんめ」とも読まれる。
馬印とは、かつて戦場において大将の乗る馬の傍らに立てられた目印のことで、馬幟とも呼ばれる。
馬の蹄を指し、鼈甲の代用品として用いられる素材をいう。
馬手とは、乗馬において手綱を持つ手を指し、通常は右手を意味する。また、右側の方向を表すこともある。対義語として弓手(左手)があり、「右手」と書くこともある。
馬道(めどう)とは、建物と建物の間に板を渡して設けた土間の通路を指す。この板は必要に応じて外すことができ、馬を屋内に引き入れるために用いられた。また、長い廊下を指す別称としても用いられる。
馬寮は、律令制において馬の飼育や管理、調教など馬に関する事務を司った役所を指す。左馬寮と右馬寮に分かれており、そこに所属する役人をも意味する。「メリョウ」のほか、「マリョウ」とも読まれる。
頓馬とは、愚かで間の抜けた様子、あるいは動作や反応が鈍くて機転の利かない者を指す。当て字による表記であり、馬鹿げた振る舞いや鈍重な性質を揶揄して用いられる。
兎馬はロバの別称で、その長い耳が兎に似ていることに由来する。漢字では「驢」とも表記される。
悍馬とは、気性が荒くて手に負えない馬を指す。暴れ馬や荒馬とも呼ばれ、扱いが難しい獰猛な性質を持つ。漢字では「駻馬」と表記することもある。
桂馬は将棋における駒の一つで、前方のマスを飛び越えて斜め方向に進む独特の動きをする。また、囲碁においては、盤上の石から一目または二目離れた斜めの位置に打つ手を指すこともある。
馬蹄とは、馬の足の先端にある角質の覆いを指す。蹄とも呼ばれ、歩行時に地面を捉える役割を果たす。その形状から「馬蹄形」のように、半円形に近い曲線を形容する際にも用いられる。
馬の排泄物を指す語で、主に「バフン」と読まれるが、「まぐそ」と読む場合もある。
馬銜とは、馬具の一種で、馬の口にくわえさせて手綱と結び付ける金属製の部品を指す。また、暴れる馬を鎮めるために口に縄を通して頭に結び付ける簡易な道具のこともいう。
馬喰は、馬の良し悪しを見極める能力を持つ者を指し、特に牛馬の売買やその仲介を業とする人を意味する。伯楽や博労とも表記される。
馬楝は木版画を刷る際に用いる道具で、竹の皮で包んだ平らな円形の芯を持ち、版木に載せた紙の上を滑らせて摺りを行う。
馬櫛は、馬の毛を梳かすための櫛を指す。馬の手入れに用いられ、毛並みを整えたり汚れを取り除いたりする道具である。「うまぐし」とも読まれる。
馬鍬は、横木に複数の歯を取り付けた農具で、柄がついており、牛や馬に引かせて田畑の土を均しならすために用いられる。
輿や車を引くために使役される馬を指し、特に寒冷地におけるそり引きや荷車の牽引に用いられる。雪原などでの競走にも見られる。
鞍馬は体操競技に用いられる器具の名称であり、またその種目名でもある。馬の背を模した長い胴体の両端に、一対の把手(取っ手)が付いた形状をしており、選手はこれを支持しながら両腕で体を支え、脚や胴体を用いて連続した旋回運動や振動技を披露する。その形態が馬具の鞍を置いた馬に似ていることからこの名が付けられた。読みは「あんば」であり、「くらま」と読む場合は京都の地名や山名を指す。
駑馬とは、足の遅い馬を指す言葉であり、駄馬と同義である。また、転じて才能に乏しい人を喩える表現としても用いられる。同様の意味を持つ語に「駑駘」がある。
しまうまは、ウマ科に属する哺乳動物の総称で、アフリカの草原地帯に群れを成して生息する。全身に黒と白の鮮明な縞模様を持つことが最大の特徴であり、英語名のゼブラとしても広く知られる。漢字では「斑馬」と表記することもある。
駻馬とは、気性が荒くて手に負えない馬を指す。暴れ馬とも呼ばれ、同様の意味で「悍馬」と表記されることもある。
駿馬とは、優れた能力を持つ馬を指し、特に足が速く、走行能力に秀でた馬を意味する。
竈馬はカマドウマ科に属する昆虫で、台所や縁の下などの暗く湿った場所に生息する。キリギリスやコオロギに近縁であるが、翅が退化して飛ぶことができず、鳴くこともない。後脚が発達しており、跳躍力に優れている。別名をオカマコオロギともいい、秋の季語としても用いられる。
ウマ科に属する哺乳類で、アフリカやアジアに野生種が分布する。古くから家畜化され、耳が長く尾はウシに似る。温順な性質で粗食にも耐え、荷役などに用いられる。
馬術を中心に、動物や人間による曲芸や奇術などの見世物を演じて各地を巡る芸人の一座を指す。サーカスに相当する。
神馬藻は、褐藻類ホンダワラ科に属する海藻の一種で、馬尾藻とも呼ばれる。海中に生育し、細長い葉状体が馬の尾のように見えることからこの名がある。
「風馬牛」とは、互いに遠く離れている様子を表す喩えであり、転じて、全く無関係であることや関心が向かないことを指します。この語は、発情期に相手を求めて奔走する馬や牛でさえも行き来できないほど隔たっているという『春秋左氏伝』の故事に由来し、「風馬牛も相及ばず」を略した表現です。
雨や雪が降った後などに地面が軟らかくなり、馬の走行に支障をきたす状態の競馬場を指す。
ツツジ科の常緑低木で、山地に自生する。早春に壺形の白い小花を総状花序につける。葉や枝には有毒成分を含み、殺虫剤として用いられることもある。名の由来は、馬がこの葉を食べると酔ったようにふらつくことによる。「あしび」とも読む。
馬の尾から採られる長くて丈夫な毛を指し、その独特の弾力性と耐久性から、織物の素材や釣り糸の材料などに古くから用いられてきた。
馬尾藻(ほんだわら)は、褐藻類ホンダワラ科に属する海藻で、浅海の岩場に生育する。よく枝分かれし、米俵のような形をした気泡を多数つけるのが特徴である。正月の飾りや飼料、食用として用いられる。別名をホダワラともいい、「神馬藻」と表記することもある。名称は漢名に由来する。
馬塞棒は、馬が勝手に外に出ないようにするための棒で、柵や馬小屋の出入り口に渡して閉鎖するものです。「ませぼう」とも読みます。
野次馬とは、自分には直接関係のない事件や事故の現場などに集まり、騒いだり好奇の目を向けたりする人々を指す。単なる見物人を超えて、状況をさらに混乱させるような無責任な態度を含意することが多い。
走馬灯とは、内部のろうそくに火をともすと、内枠が回転し、外枠に描かれた人物や馬などの影絵が次々と映し出される仕掛けの灯籠を指す。転じて、記憶や出来事が次から次へと絶え間なく心に浮かんでくる様子の喩えとしても用いられる。
兵馬俑は、古代中国の陵墓に副葬された兵士や馬をかたどった陶製の人形である。殉死の代わりとして埋葬されるようになり、特に秦の始皇帝陵から発掘されたものが著名である。「俑」とは、死者と共に葬られる人形全般を指す語である。
馬蹄草はシソ科のつる性多年草で、道端などに自生する。春に淡紫色の唇形の花を咲かせる。漢名に由来する「馬蹄草」のほか、茎が垣根を通り抜けて伸びる様子から「垣通」とも表記される。
馬鞭草はクマツヅラ科の多年草で、その名は漢名に由来する。別名を熊葛(くまつづら)ともいう。
サバ科の海魚で、体は紡錘形で側扁し、鋭い歯を持つ。春に産卵のために沿岸に寄ることから「鰆」とも表記され、漢名「馬鮫魚」に由来する。食用魚として広く利用される。
馬珂貝はバカガイ科に属する二枚貝で、日本各地の浅海に生息する。殻は淡い褐色を呈し、成長脈が明瞭に認められる。食用とされ、むき身は「青柳」と称される。春が主な漁期である。
馬蹄螺はニシキウズガイ科に属する巻貝の一種で、房総半島より南の海域に分布する。潮間帯の岩礁地帯に生息し、殻は黒褐色の円錐形を呈している。食用として利用される。
馬鈴薯はジャガイモの別称であり、ナス科に属する多年草である。地下にできる塊茎は食用とされ、その形状が馬につける鈴に似ていることからこの名が付けられた。
幌馬車とは、幌と呼ばれる布製の覆いを備えた馬車のことで、乗客や荷物を雨や日光、風塵から保護する機能を有している。主に近代における長距離移動や物資輸送に用いられた交通手段である。
牛首馬肉とは、表向きの主張と実際の行動が一致せず、見かけだけを取り繕って中身が伴わないことを意味する。故事に基づき、店先には牛の頭を掲げて牛肉を売ると見せかけながら、実際には馬肉を売るという偽りの行為から、言行不一致のたとえとして用いられる。
牛溲馬勃は、牛の小便と馬の糞を指す四字熟語であり、一見すると取るに足らない、あるいは見苦しいものを喩える。転じて、価値がないと見なされる物事や、役に立たないものの代名詞として用いられる。一方で、「牛溲」を薬草の車前草、「馬勃」を茸の一種である馬屁勃とする解釈もあり、それらはそれぞれ薬効を持つことから、一見つまらなくとも役に立つものの喩えとしての側面も有する。
泣斬馬謖は、『三国志』の故事に由来する四字熟語で、諸葛亮が愛弟子の馬謖を軍律違反の咎で処刑した故事を指す。大義を貫くためには、たとえ私情に厚い者であっても、規律を守ることを優先し、厳正な処断を下さねばならないという教訓を表す。
牛飲馬食とは、牛が大量の水を飲み、馬が餌を貪るように、度を超えて大いに飲み食いする様子を表す四字熟語である。人並み外れた量の飲食を、動物の旺盛な食欲に喩えた表現である。
管仲随馬は、『韓非子』に由来する故事成語である。管仲が戦いからの帰途に道に迷った際、老馬は道を覚えているという言い伝えに従い、馬を放ってその後に従い、無事に道を見出したという故事に基づく。本来は、管仲のような智者ですら馬の知恵に頼るのだから、人は聖人の知恵を仰ぐべきであるという戒めの意を表す。転じて、先人の経験や知恵を尊重すべきことのたとえとして用いられ、また、人にはそれぞれ得意とする分野があるというたとえとしても使われる。
烏白馬角とは、烏の頭が白くなり、馬に角が生えるという、現実には決して起こり得ない事柄の喩えである。中国の古典『論衡』に由来する四字熟語で、絶対に実現しない約束や、ありえない事態を強く否定する際に用いられる。
「飲馬投銭」は、清廉潔白で私利私欲のない高潔な人柄を表す四字熟語である。故事によれば、後漢の安陵人・項仲山は清廉を旨とし、渭水で馬に水を飲ませた際にも、たとえわずかな水であっても代価を支払うべきだとして、水中に三文の銭を投げ入れたという。この逸話に基づき、わずかな恩恵や便宜でさえも不正に受け取らない、誠実で私心のない態度を意味するようになった。