左遷とは、官職や地位をそれまでよりも低いものに格下げすることを指す。また、中央から遠隔地へと転任させることも含まれる。古代中国で右を尊び左を卑しんだことに由来し、「左」は下げる意、「遷」は移す意である。
左官とは、壁や床などを漆喰やモルタルで塗り仕上げる職人のことを指す。宮中の修理に際し、木工寮の属(さかん)として出入りしたことに由来する名称で、「しゃかん」とも読まれる。
左様は、相手の言った内容を肯定する意を表す語で、「その通り」「確かにそうだ」という意味である。主に改まった場面や丁寧な応答において用いられ、「左様にいたします」「左様でございます」などの形で使われる。また、「然様」と表記されることもある。
川の下流に向かって左側に位置する岸を指す。対岸は右岸となる。
左右(とかく)は、様々な事柄を取り上げる様子を表し、あれこれと物事を行ううちに時間が経過する意味で用いられる。また、ともすればある傾向が生じやすい状況を示し、ややもすると失敗しがちだといった表現に使われる。さらに、細かい事情を問わずに結論づける場合にも用いられ、いずれにせよ世間はうるさいものだというような文脈で使われる。表記としては「兎角」と書くこともある。
弓を構える際に握る手を指し、通常は左側の手を意味する。また、左方向を表すこともある。馬手(めて)や右手(めて)と対をなす語で、弓を左手で持つことに由来する。「弓手」とも表記する。
証左とは、ある事実が真実であることを示す根拠となるものを指し、証拠と同義である。また、転じて、その事実を証明するために立ち会う証人の意味でも用いられる。
左袒とは、特定の意見や立場を支持し、その味方となることを指す。この語は、中国の史記に記された故事に由来する。漢の周勃が呂氏一族に対抗する際、味方する者は右肩を露わにし、劉氏を支持する者は左肩を露わにするよう兵士に呼びかけ、全員が左肩を出して劉氏を支持したことに基づく。転じて、一方に加勢することを意味するようになった。
左褄とは着物の左側の裾の部分を指す。また、芸者を指す隠語としても用いられ、これは芸者が歩く際に左手で着物の褄を取る仕草に由来する。
左義長とは、小正月を中心に行われる火祭りの行事である。宮中では厄除けの儀礼として行われ、民間では門松や注連飾り、書き初めなどを集めて焼く習わしがあり、どんど焼きやどんどとも呼ばれる。また、「三毬杖」と表記されることもある。
「どんど」は「左義長(さぎちょう)」の別称で、小正月に行われる火祭りの行事を指す。正月の飾り物などを集めて焼き、その火で餅を焼いて食べる風習があり、無病息災や五穀豊穣を祈願する意味を持つ。
吉左右とは、良い知らせや便りを指す言葉であり、特に喜ばしい報せを意味する。また、状況の良し悪しに関する便りという意味合いも含まれる。
右往左往とは、混乱してあちこちと方向を見失い、慌てふためいて落ち着きをなくす様子を表す。まるで右へ行ったり左へ行ったりするように、判断力を失い、秩序なく動き回る状態を指す。
隠公左伝とは、『春秋左氏伝』のうち魯の隠公に関する記述を指す四字熟語である。『春秋』の注釈書として知られる『左伝』の中で、特に隠公の治世にまつわる記述部分を総称する際に用いられる表現である。
右賢左戚とは、賢者を右(上位)に置き、親族を左(下位)に置くという意味で、君主が人材を登用する際に、血縁関係よりも才能や徳行を優先するべきであるという政治の原則を表す四字熟語である。『漢書』文帝紀に由来する。
被髪左衽とは、髪を結わずに乱れさせ、衣服を左前に着る風習を指す。古代中国において、これは中原の礼儀に背く野蛮な習俗と見なされ、『論語』憲問篇にその記述が見られる。後に、文明化されていない異民族の様子を表す比喩として用いられるようになった。
左見右見とは、あちこちを見回すこと、あるいは周囲を注意深く観察する様子を表す。物事を様々な角度から慎重に見極めようとする態度や、周囲の状況を確かめる行為を指す。
左支右吾とは、左右両方に支障が生じて対応に窮し、言動が前後して一貫しない様子を指す。物事が双方に差し障り、齟齬をきたして円滑に進まない状態を表す。
「左右他言」は、『孟子』梁恵王篇に由来する四字熟語で、他人の言葉を勝手に付け加えたり歪めたりして伝えることを意味する。転じて、事実を曲げて伝えたり、あるいは軽率に他言して事態を混乱させる行為を指す。
左眄右顧とは、あちこちを見回して周囲の状況をうかがう様子を表す。転じて、決断力に欠け、ためらったり迷ったりする態度を指すこともある。