万古とは、非常に長い年月を経ても変わらない永遠の時間を指す。また、三重県四日市地方で生産される陶器、万古焼の略称としても用いられる。
千古とは、はるか遠い昔の時代を指すとともに、永遠に変わらない時間の流れをも意味する。歴史の彼方に位置する太古を想起させると同時に、未来永劫続く不変の性質を表し、悠久の時間軸における連続性を暗示する表現である。
太古とは、はるか遠い過去の時代を指し、特に有史以前の大昔を意味する。また、「大古」と表記されることもある。
古風でありながら上品な趣を備え、洗練された風情を感じさせる様子を指す。
古希とは、数え年で七十歳を指す言葉である。中国唐代の詩人杜甫の詩句「人生七十古来稀なり」に由来し、古来七十歳まで生きることは稀であったことを踏まえた表現である。
古墳とは、主に古墳時代に築造された、土を盛り上げて造られた墳丘を持つ墓を指す。その形状には円墳、方墳、前方後円墳、上円下方墳など多様な種類があり、当時の権力者の墓としての性格を有している。
古老とは、年を重ねた人、特に古い時代の事情に詳しい老人を指す。地域の歴史や伝承に通じた年長者をいう場合が多く、「故老」とも表記する。
以前に住んでいたり、仕事をしたりしていた場所を指す。また、鳥などが巣立った後に残された、もとの巣そのものを意味することもある。
長い年月を経たものに特有の、落ち着いた色合いや趣を指す。古びた味わいや風格を感じさせる様子を表す。
古手とは、長年同じ職務に携わってきた経験豊かな人を指し、古参や古株とも呼ばれる。また、昔から伝わる方法や仕方の意味でも用いられ、これに対して新しい方法は新手と言う。さらに、使い古された衣服や道具といった物品を表す場合もある。
古身とは、古くから伝わる刀剣を指す言葉で、特に古刀を意味します。新しく作られた刀である新身(あらみ)と対比される概念です。
前古とは、遠い過去の時代、すなわちいにしえを指す語である。特に、前代未聞の珍事や稀有な出来事を表す「前古未曽有」という成句の中で用いられることが多い。
昔の思想や制度、様式などを理想とし、それらを現代に取り入れようとすること。また、そのような動きや傾向を指す。
稽古とは、武術や芸能などの技芸を習得するために行う練習を指す。特に、師匠について繰り返し訓練する過程を意味し、ピアノや舞踊などの習い事にも用いられる。語源は古事を考察する意に遡るが、現代では主として実技の修練を表す。
懐古とは、過ぎ去った時代や出来事を回想し、そこに慕わしい感情を抱くことを指す。特に、個人の経験や歴史上の事象に対して、郷愁や愛着を込めて思いを馳せる態度を表す。
古兵とは、戦場で多くの経験を積んだ武士を指す。転じて、特定の分野において長年の経験を重ね、熟達した人物を意味し、ベテランややり手と同義で用いられる。
古柯はコカノキ科に属する常緑低木で、原産地はペルーである。熱帯地域で栽培され、楕円形の葉を持ち、初夏には黄緑色の小さな花を咲かせる。その葉はアルカロイドの一種であるコカインの原料として知られている。
古稀とは、七十歳を指す言葉である。中国唐代の詩人杜甫の詩句「人生七十古来稀なり」に由来し、古来七十歳まで生きることは稀であったことから、この年齢を祝う意味で用いられる。
古くから人々の間で言い伝えられてきたことわざを指す。長い年月を経て伝承されるうちに、生活の知恵や教訓、社会通念などを簡潔な表現に凝縮したものである。
拈古とは、禅宗において古人の言行や公案を取り上げ、それを批評し解釈を加えることを指す。師家が古人の語録や故事を引き合いに出し、弟子の悟りを導くための手段として用いられる。拈提や拈則とも呼ばれる。
古めかしい趣を帯びている様子を指し、特に長い年月を経て落ち着いた色合いや、苔むすなどして古びた風情を感じさせるさまをいう。
手古舞とは、江戸時代の祭礼において、芸妓などが男装して鉄棒を手に持ち、神輿や山車の先導を務めながら踊った舞を指す。また、その舞を演じる者を指して用いられることもある。
師匠が弟子の家を訪れて指導を行うことを指す。また、相撲の世界においては、力士が所属する部屋を離れ、他の部屋へ赴いて行う稽古のことも意味する。
古生代とは、地質時代の区分の一つであり、約五億七〇〇〇万年前から約二億二五〇〇万年前までの期間を指す。先カンブリア時代に続き、中生代に先行する時代で、生物の多様化が顕著に進み、特に海洋において無脊椎動物や魚類、そして陸上植物が出現し繁栄した地質年代である。
割稽古とは、茶道の稽古において、袱紗の扱いなど一連の所作を構成する個々の基本動作、例えばたたみ方や付け方、さばき方などを区切り、部分ごとに分けて練習する方法を指す。
アメリカ合衆国イリノイ州に位置し、ミシガン湖の南西岸に臨む大都市である。同国中部における経済、文化、交通の一大中心地として発展し、商工業が盛んで、特に製造業や食料品加工業が重要な産業を担っている。
蒙古斑は、主に黄色人種の乳幼児の臀部などに現れる青みがかった斑紋で、成長に伴い自然に消褪するものである。児斑とも呼ばれる。
百古不磨は、非常に長い年月を経ても滅びることなく、後世にまで伝わり続けることを意味する四字熟語である。「百古」は遠い未来の時代を指し、「不磨」はすり減らずに永久に残ることを表す。この語は『後漢書』「南匈奴伝」に由来し、不朽の価値や永続性を形容する際に用いられる。
万古不易とは、永遠に変わらないことを意味する四字熟語である。長い年月が経過しても変わることなく、永久にその状態が続くさまを表す。「不易」は変化しないことを指し、時間の流れに影響されない不変性を強調する表現である。
万古長青とは、松の葉が常に青々と茂り、永遠に色あせない様子に喩えて、物事が長い年月を経ても変わらずに続き、永久に衰えないことを意味する四字熟語である。
万古千秋とは、はるか遠い過去から果てしない未来まで、途切れることなく続く悠久の時間を表す四字熟語である。「万古」は永遠に続く時間を、「千秋」は千年という長い年月を意味し、両者が合わさって永久不変の時間の流れを強調する表現となっている。
通今博古とは、現代の事象にも通じ、古代の知識にも博く詳しいことを意味する。学識が広く深く、古今の事柄に精通している様子を表す四字熟語である。