天狗は、鼻が高く顔が赤い人形の妖怪で、深山に棲み神通力をもって空を飛ぶと伝えられる。転じて、自惚れが強く得意になっている様子、またそのような人を指す。後者の用法は、自慢げな表情を「鼻が高い」と表現することから、前者の特徴に由来する連想による。
水狗はカワセミ科の鳥を指す語で、漢名に由来する。翡翠(かわせみ)とも呼ばれる。
狗鼠とは、犬と鼠を指す語であり、転じて卑しく取るに足らない人間を喩える表現として用いられる。
狗盗とは、こそ泥や小盗人のことを指す。犬が忍び足で近づくように、人目を盗んでこっそりと物を盗む盗人の意から生まれた語で、転じて小細工を弄する人を喩えることもある。
海狗はアシカ科に属する海生哺乳類を指す。漢名に由来するこの語は、特に膃肭臍(おっとせい)とも呼ばれる動物を指すことが多い。
魚狗はカワセミ科の鳥を指す語で、漢名の「魚狗」あるいは「魚虎」に由来する。鮮やかな翡翠色の羽を持つことから、翡翠(かわせみ)とも呼ばれる。
狗母魚はエソ科の海魚の総称で、通常は単にエソを指す。南日本の浅海に分布し、体は細長く鋭い歯を持つ。背面は黄褐色で、上等なかまぼこの原料として用いられる。夏の季語であり、「狗母魚」の表記は漢名に由来する。また「鱛」とも書く。
イネ科の一年草で、道端などに自生する。夏に緑色の花穂をつけ、その形状が子犬の尾に似ていることから「狗尾草」の名が付けられた。別名をネコジャラシともいう。
狐狗狸は、三本の竹を交差させて組み、その上に盆を載せ、参加者が軽く手を添えて祈念すると盆が動き、その動きによって答えを得る一種の占いを指す。俗に「こっくりさん」とも呼ばれ、「狐狗狸」の表記は当て字である。
虎を描こうとしても犬に似てしまう意から、優れた手本を真似ようとしても、才能や技量が足りずに似ても似つかない出来栄えになってしまうことを喩える。『後漢書』馬援伝に由来する故事成語である。
狼心狗肺は、狼の心臓と犬の肺臓という意味から転じて、極めて冷酷で情け知らずの性質を表す四字熟語である。他人の恩義を忘れ、良心のかけらもない卑劣な人間を喩える表現として用いられる。
羊頭狗肉は、羊の頭を看板に掲げながら実際には犬の肉を売る故事に由来する四字熟語で、外見は立派に見えるものの、実質がそれに伴わず中身が伴わないこと、すなわち見掛け倒しの状態を指して用いられる。
虎を描こうとしても犬のようになってしまうという意味から、物事の模倣が下手で本物とは似ても似つかず、かえって見苦しい結果になることを喩える四字熟語。
「白衣蒼狗」は、空に浮かぶ雲が白い衣のように見えるかと思えば、たちまち青黒い犬の姿に変わるという杜甫の詩に由来する四字熟語で、物事の移り変わりが激しく、世の中の変化が予測できないことを喩えています。
兎死狗烹は、有用な間は重用されるが、その価値を失うと見捨てられることを喩えた故事成語である。『韓非子』に由来し、獲物の兎が死ねば、猟に使われた犬も不要となり煮炊きされてしまうという故事から、特に戦乱の功臣が太平の世になると疎まれて害される運命を暗示する。一般に「兎死して狗烹らる」と訓読される。
泥車瓦狗とは、泥で作った車と瓦で作った犬のことで、外見は本物に似ているが実用性のないものを指す。転じて、見かけは立派だが中身が伴わず、何の役にも立たない人物や物事を喩える表現である。
鼠窃狗盗とは、こそこそと人目を避け、わずかな物を盗む卑しい行為を指す。鼠がひそかに盗むように、また犬が目を盗んであさるように、陰で小細工を弄するたとえである。『史記』に由来する四字熟語で、取るに足らない窃盗や、卑劣な手段を意味する。
『史記』「孔子世家」に由来する四字熟語で、飼い主を失った犬の様子から、頼るべき人や居場所を失って途方に暮れている者を喩えた表現である。転じて、落ちぶれて頼りない様や、打ちひしがれた状態を指すこともある。