死者の魂を指す言葉であり、特にこの世に現れた姿としての幽霊を意味する。
日の神、特に天照大神を指す美称である。太陽の輝きを神格化した表現で、古くは「ひるみ」とも呼ばれ、「おおひるめのむち」という尊称も用いられる。
木霊とは、樹木に宿るとされる精霊を指す。また、山や谷間で声や音が反響して返ってくる現象、すなわちやまびこのことも意味する。後者の意味は、古くは木の精霊の仕業と考えられたことに由来する。表記としては「木魂」とも書く。
死霊とは、この世を去った者の魂を指す。特に、恨みや未練を抱えたまま亡くなった者の霊魂が、怨霊として現れる場合もある。生霊と対比される概念であり、場合によっては「シレイ」と読まれることもある。
忠霊とは、国家や主君に対して忠義を尽くし、そのために命を落とした人々の霊魂を指す。特に戦没者を敬い慰霊する文脈で用いられ、「忠霊塔」のような慰霊施設の名称にも見られる。
英霊とは、優れた人物の霊魂を指すとともに、特に戦争などで亡くなった方々の霊を敬っていう語である。
霊雨とは、人々が雨を待ち望む時期に降る恵みの雨を指し、農作物の成長を助け、干ばつを救う慈しみ深い雨という意味を込めて用いられる表現である。
霊験とは、神仏に対する篤い祈りに応じて示される不思議な効験や御利益を指す。深山の霊験あらたかな水のように、信仰に基づく験しや恵みを意味し、時に「れいけん」とも読まれる。
盂蘭盆会の際に祖先の霊を迎えるために設ける棚のことで、位牌を安置し、季節の野菜や果物、精進料理などの供え物を飾る。精霊棚とも呼ばれる。
霊屋は、死者の霊魂を祀る建物を指し、霊廟と同義である。また、葬儀の前に棺を安置する場所の意味もあり、霊殿とも呼ばれる。通常は「たまや」と読むが、「れいおく」と読む場合もある。
霊刹とは、霊験あらたかな仏を祀る寺院を指す語で、特に信仰の対象として尊ばれる霊仏を安置する寺をいう。
死者の名を記して祭祀の対象とするもので、故人の霊魂が宿るとされる。位牌(いはい)とも呼ばれる。
霊媒とは、神霊や死者の魂と交信し、その意思を現世に伝える役割を担う者のことである。巫女や口寄せなどがこれに当たり、霊界とこの世との仲立ちとして、霊魂を呼び出し言葉を媒介する。
神仏の霊験によって特別な効能を備えたとされる水。信仰の対象として崇められ、病気平癒や厄除けなどのご利益があると信じられている。
死者の霊を祀った場所の前を指し、またその場所に供える物をもいう。
霊園とは、公園のように整備された共同墓地のことで、特定の寺院に付属しない独立した墓地施設を指す。墓苑とも呼ばれ、緑豊かな環境の中に墓所が配置されていることが特徴である。
御霊前とは、死者の霊を祀る場所の前を指す。また、その霊に対して供える物、すなわち供物そのもの、あるいは供物に添えて記す言葉を意味する。
精霊会とは、陰暦七月に行われる先祖の霊を供養する仏教行事を指し、盂蘭盆(お盆)と同義である。表記は「聖霊会」と書かれることもある。
精霊棚は、盂蘭盆(お盆)の際に先祖の霊を迎えるために設けられる祭壇である。位牌や仏具を安置し、季節の野菜や果物などの供え物を捧げる。盆棚とも呼ばれる。
死者の霊を慰め、その冥福を祈るために行われる儀式や祭りのこと。
病院や葬儀場などに設けられた、亡くなった方の遺体を安置し、ご遺族がお別れをするための部屋を指す。
御霊代とは、神霊の依り代として祀られる物体を指す。鏡や剣、勾玉などの神宝や、岩や樹木などの自然物がこれに当たり、神霊がそこに宿るとされる御神体そのものを意味する。
御霊屋は、貴人や先祖の霊を祀る建物や場所を指す語であり、霊廟と同義である。通常「みたまや」と読むが、「おたまや」と読む場合もある。
霊柩車とは、故人の遺体を納めた棺を載せて葬儀場や火葬場などへ運搬するための自動車を指す。
頑冥不霊とは、頑固で物事の道理を理解せず、頭の働きが鈍く融通のきかない様を表す四字熟語である。頑冥や冥頑はかたくなで道理に暗いことを意味し、不霊は賢さに欠けることを指す。
冥頑不霊とは、頑固で融通が利かず、物事の道理を悟ることができない様子を表す四字熟語である。唐代の文人・韓愈の文章に由来し、頑なに自説を曲げず、教え諭しても改めようとしない愚かさを指して用いられる。
全身全霊とは、肉体と精神のすべての力を結集することを意味する四字熟語で、ある物事に対して持てる限りの力を注ぎ込む様子を表します。