下達とは、上位の者や組織の意思や命令を、下位の者や組織に伝え、知らせることを指す。特に行政や組織内における指示の伝達を意味する。
上達とは、学問や技芸などの能力が進歩し、優れた水準に達することを指す。また、古くは下位の者の意見や事情が上位の者に伝わり、理解される意味でも用いられ、その場合には「下意上達」のような表現が見られる。
互いに親しい間柄で交際している人を指す。同じ趣味や考えを共有し、気軽に付き合える間柄の者をいう。
伝達とは、情報や意思、命令などを他者に確実に伝え届けることを指す。特に組織内や特定の関係において、上意下達の形で連絡事項を通じさせたり、取り次いだりする行為を含む。
条達とは、樹木の枝が四方に伸びて行き渡るように、物事がすみずみまで整然と通じている様を表す。また、筋道が明瞭で整っていることにも用いられる。
明達とは、物事の道理を深く理解し、賢く見識に富んでいる様子を指す。特に、優れた知性と判断力を備えた人物を形容する際に用いられる。
発達とは、生物の心身や社会の仕組み、技術などが成長・進展し、より高度な段階へと向かう過程を指す。個人の能力や組織の規模が拡大する様子にも用いられ、単なる変化ではなく、複雑さや完成度が増すことを含意する。
通達とは、上位の官庁や組織が下位の機関に対して公式に通知や指示を伝達することを指す。また、特定の分野や技能に深く通じている状態を表す場合にも用いられ、例えば複数の言語に精通していることを「三か国語に通達する」などと表現する。かつては「通牒」という表記も用いられた。
進達とは、官庁に対して提出する上申書や文書などを取り次ぎ、関係する部署に届けることを指す。
言葉や文章によって、自分の考えや意図を十分に相手に伝えること。また、そのように表現された状態を指す。
達観とは、物事を広い視野から見渡して全体の状況を把握することを指す。また、物事の本質を見極め、些細な事柄に心を乱されない境地に至る心境をも意味する。
達者とは、身体が丈夫で健康な状態を指すとともに、技芸や話術などに熟達し巧みである様子も表す。前者は「達者に暮らす」のように用いられ、後者は「口が達者だ」などの表現で示される。
達人とは、特定の学問や技芸の分野において卓越した技量を修め、その道に精通した人物を指す。また、広く物事の道理に通じ、人生を深く見通すことのできる境地に至った者をも意味する。
達筆とは、筆の運びに勢いがあり、整った美しい文字を書くことを指す。また、そのように書かれた文字そのものを表す場合もある。能筆と同義で用いられ、巧みな筆跡や書道の技量を賞賛する語である。
達文とは、文章の構成が優れ、意図が明確に伝わる上手な文章を指す。
達弁とは、言葉が滑らかで淀みなく、巧みに話す様を指す。弁舌が達者で、流暢に議論を展開する能力を表し、時に雄弁と対比される。
練達とは、長年の経験や修練を積み重ね、ある分野において高度な熟練の域に達していることを指す。特に、技芸や知識において深い理解と優れた技能を備え、円熟した境地にある様子を表す。
世間に名を知られるようになること。特に学問や才能によって名声を得て、高い地位に達することを指す。
熟達とは、ある技能や技術が十分に身につき、優れた水準に達している状態を指す。長年の経験や研鑽を積むことで、その分野において高度な能力を発揮できるようになることを意味する。
調達とは、必要な資金や物品などを手配し、必要な場所に届けることを指す。特に、業務や事業において必要となる物資や資金を確保する際に用いられる。
公達は、親王や貴族に対する敬称として用いられる語である。また、摂家や清華家など、上流貴族の子弟を指す場合もある。語源は「きみたち」が転じたものとされる。
達引とは、互いに意地を張って譲らずに争うこと、特に男女間の恋愛における駆け引きや言い争いを指す。また、義理を立てることの意もあり、この場合は「立引」と表記することもある。
「悉達多(シッタルタ)」の略称であり、釈迦牟尼(ゴータマ・シッダールタ)の出家前の名を指す。仏教の開祖として知られる人物の本名の一部を簡略化した呼称である。
物事が妨げられることなく伸びやかに成長する様子を指し、特に文章や筆跡などがのびのびとして滑らかな表現であることを表す。
心が広く小さなことにこだわらず、物事を大きく捉えて悠然と構えている様子。また、そのような性格や態度を指す。
心が広く小さなことにこだわらず、物事を大らかに受け止める様子。また、そのような性質を指す。
上達部は、平安時代の宮中において大臣・大中納言・参議および三位以上の位にある高官を総称した語である。「かんだちべ」とも読む。
口達者とは、弁舌が巧みで、物事を上手に説明したり、人を説得したりする能力に長けている様子を指す。時に、口先だけが巧みで内容が伴わないという含意を持つこともある。
男伊達とは、男としての体面を保つために、義理人情を重んじて弱きを助け、不正に対して敢然と立ち向かう気概を指す。また、そのような男気に溢れた人物そのものを表すこともある。
炭酸ガスを含ませた水に甘味料や香料などを加えた清涼飲料水のことで、単にソーダとも呼ばれる。特に夏の季節に飲まれることが多い。
雪を丸めて大小二つの玉を作り、それらを積み重ねて人形のように形作ったもの。特に冬の風物詩として親しまれ、ダルマに似た外観からこの名で呼ばれる。
宮中や官庁などに物品を納めることを認められた商人を指す。特に皇室や政府機関への納入業者としての格式を示す表現であり、「宮内庁御用達」などの形で用いられる。
心が広く小さなことにこだわらず、人を受け入れる度量の大きいさまを表す。物事に執着せず、寛容な態度で他者と接する人格の広がりを指す。
闊達自由とは、心が広く小さなことにこだわらず、自由に振る舞う様子を表す。物事に縛られず、のびのびと自分の思うままに行動する態度や、そのような人物の性質を指す。
心が広く小さなことにこだわらず、物事に動じないおおらかで豪快な性格を表す。度量が大きく、細かいことを気にせず、自由闊達な振る舞いをする様子を指す。
下意上達とは、一般民衆や下位の者の意見や心情が、上位の者や為政者に伝わり理解されることを意味する四字熟語である。ここでの「下意」は下々の者の考えを指し、「上達」はそれが上に届くことを表す。
英明闊達とは、才知に優れ見識が広く、物事にこだわらず心が広く開けている様子を表す。道理に明るく、小さなことに捉われず、寛大で度量の大きい人物像を指す四字熟語である。
栄達落魄とは、人生における浮き沈みの激しさを表す四字熟語である。栄達は立身出世して栄えることを指し、落魄は落ちぶれて勢いを失うことを意味する。この語は、人の運命や境遇が大きく栄えたり衰えたりする様子、すなわち人生の盛衰や栄枯盛衰を言い表す際に用いられる。