三業(サンゴウ)とは、仏教において未来の果報を生み出す原因となる三種の行為を指し、身体による行いを意味する身業、言葉による表現を意味する口業、そして心の働きを意味する意業の総称である。なお、「サンギョウ」と読む場合は、料理屋・待合茶屋・芸者屋という三種の営業を指す。
原料を加工して製品を製造する産業の総称であり、人間の生活や社会活動に必要な物資を生産する経済活動を指す。特に機械を用いた大規模な生産方式を特徴とし、軽工業と重工業に大別される。
王業とは、君主が天下を治め、国家を統治するための大事業を指す。帝王としての責務を果たし、国を安泰に導く統治の営み全体を意味する。
仕業とは、ある行為や行動のことを指し、特に誰かが行ったことやその結果を表す言葉である。多くは好ましくない振る舞いや悪事について用いられ、その行為の主体を示す場合に「〜の仕業」という形で使われる。
正業とは、社会において正当と認められるまともな職業、あるいは本職として従事すべき堅実な仕事を指す。生計を立てるための本筋の生業という意味合いを持つ。
同じ職業や商売に従事していること。また、その関係にある人々を指す。
因業とは、仏教の因果応報の考え方に基づき、不幸な結果を招く原因となる悪い行いを指す。また、転じて、頑なで情け容赦のない態度や冷酷な様子を表し、特に人の性質や振る舞いが無慈悲であることをいう。
巡業とは、演芸や相撲などの興行団体が、本拠地以外の各地を回りながら公演や興行を行うことを指す。特に伝統芸能や大相撲などが地方都市を巡回する際に用いられる表現である。
非常に素早く、見事な手際や腕前を指す。目にも留まらぬほどの速さで行われる技や動作を形容する表現である。
夜業とは、夜間に仕事を行うことを指す。特に、通常の勤務時間外に深夜まで及ぶ作業を意味し、夜なべとも呼ばれる。
夜業(よなべ)とは、夜間に仕事をすることを指す。秋の夜長に鍋を囲みながら夜食をとりつつ仕事をしたことに由来する語で、夜(よ)に仕事(なべ)をする意。なお、「夜業」は「やぎょう」とも読む。
始業とは、一日の仕事や業務を開始することを指し、また学校においては新たな学年や学期の授業を開始することを意味する。前者の用法では始業時間などの表現があり、後者では始業式が例として挙げられる。いずれの場合も、終業に対応する概念である。
定業とは、仏教において過去の行いの報いとして定められた運命や宿命を指し、避けることのできない行為や結果を意味する。これは因果応報の理に基づき、前世からの因縁によって決定された業を表す概念である。
非業とは、平安時代において諸国の博士や医師のうち、試験合格などの正式な手続きを経ることなく官職に任ぜられた者を指す。読みは「ヒギョウ」であり、「ヒゴウ」と読む場合は別の意味となる。
非業とは、前世の報いによるものではなく、現世において思いがけずに降りかかる不運や災難を指す。特に、若くして予期せぬ死を遂げるような場合に用いられる。なお、「ひぎょう」と読む場合は別の意味となる。
荒業とは、並外れた体力や気力を要する激しい仕事を指す。特に、通常の労働よりも過酷で、時に危険を伴うような肉体労働を意味する。また、荒々しい方法で短期間に多額の収入を得られるような稼業を指す場合もある。
家業とは、その家の生計を支える職業を指し、特に先祖から代々受け継がれてきた職業を意味する。家族が従事し、家計を維持するための仕事であり、子孫がそれを引き継ぐことも多い。
座業とは、主に座った姿勢で行う仕事や職業を指す。例えば事務作業や手工芸など、立ったり移動したりせずに済む職種をいう。居職とも呼ばれる。
定められた勤務時間を超えて職場に残り、業務を継続すること。また、その業務自体を指す。超過勤務。
偉業とは、並外れた才能や努力によって成し遂げられた、歴史に残るような大きな仕事や業績を指す。
本業の傍らに収入を得るために行う仕事を指す。主たる職業とは別に、時間や技能を活用して従事する労働であり、内職やサイドビジネスとも呼ばれる。
悪い行いを指す語で、特に前世で犯した罪業を意味する。仏教の因果応報の思想に基づき、過去の悪行が現世や来世の不幸をもたらすとされる。なお、「アクギョウ」と読む場合は、悪事や良くない職業を表す。
現業とは、工場や作業場などにおける実際の生産活動や現場業務を指し、事務や管理などの間接業務と区別される。
実業に対して用いられる語で、外見上は事業を営んでいるように見えるが、実際には実体のない、または生産性の乏しい事業を指す。
事業を新しく起こし始めることを指す。特に会社や店舗などを設立し、営みを開始する際に用いられる。
それまで営んできた商売や職業をやめること。特に、店舗や会社などの事業を継続せずに閉じることを指す。
事業や商売を新たに始めることを指す。また、店舗などを構えて営業を行っている状態を表す際にも用いられる。
仏教において、悪業の報いとして地獄で罪人を焼き苦しめる火を指す。また、生前に積んだ悪行が自らを滅ぼす様を火に喩えていうこともある。
前世における悪い行い(悪業)の報いとして、現世で受ける苦しみを指す仏教用語である。
非常に悔しくて腹立たしいさま。怒りが収まらず、我慢ならない気持ちを表す。
前世における善悪の行為(業)が原因となり、現世や来世において受ける報いを指す。特に悪い行いの結果としての不幸な報いを意味することが多い。
相撲や柔道などの武芸において、特に技に優れ、熟達している者を指す。また、転じて、策略や計略を巧みに操る人物、策士を意味し、例えば政界においてその手腕を発揮する者などを形容する際にも用いられる。
同じ職業や商売に携わる人々によって構成される社会や仲間を指し、特定の分野における情報交換や交流の場として機能する。
業物とは、優れた職人の手によって鍛えられ、特に切れ味が鋭い刀剣を指す。また、能楽においては、演じる上で高度な技量を要する、わざの多い難しい曲のことを意味する。
仏教において、身・口・意の三業によって積み重ねられる悪行を指し、苦しみの原因となる罪をいう。
土地を耕作して作物を栽培し、あるいは家畜を飼育することにより、食料や原料などを生産する人間の営みを指す。
鉱物資源を採掘し、選鉱や精錬などを通じて有用な鉱産物を得る産業の総称。採鉱業とそれを支える関連産業を含む。
稼業とは、生計を立てるために従事する職業や仕事を指し、特にその家系や個人が代々続けてきた生業を意味する。日常生活を営むための収入源としての役割を担い、時には厳しさや伝統を含意する場合もある。
学校や職場において、個人または集団に割り当てられる学習や作業の課題を指す。
故人が生前に成し遂げた、あるいは取り組んでいた事業や仕事を指す。その意志や成果を受け継ぎ、発展させるべきものとして捉えられる。
操業とは、工場や事業所などにおいて機械や設備を稼働させ、生産活動や業務を行うことを指す。特に製造業などで用いられることが多く、生産ラインを動かして製品を作る状態や、事業を継続して行う状態を表す。
産業や事業を新たに起こし、またそれを盛んにすることを指す。特に明治期以降、殖産興業の政策と関連して用いられることが多い。
大きな事業や偉大な事績を指す語で、特に国家や歴史に残る重要な事業を意味する。
「兢兢業業」を略した語で、物事に対して深く畏れ慎み、真摯に取り組む様子を表す。
鴻業とは、規模の大きな事業を指す。特に帝王が行う国家経営の大業を意味し、鴻基とも呼ばれる。同義の表記として「洪業」が用いられることもある。
水産物の採取や養殖、加工、流通などに関わる産業の総称であり、漁業や養殖業、水産加工業などを包含する。
民間の個人または団体が出資し経営する企業を指し、国や地方公共団体が運営する公企業と対比される概念である。
寝業師とは、表面上は穏やかで平静を装いながら、水面下で巧みな駆け引きや裏工作を行い、物事を自分の思惑通りに運ぶことに長けた人物を指す。特に政治や権力が絡む世界で、目立たぬように策略を巡らせ、結果を導く手腕を持つ者をいう。
箕裘之業とは、祖先から代々受け継がれてきた家業を継承することを指す四字熟語である。その由来は『礼記』「学記」にあり、良き工匠の子は必ずその仕事を学び、良き弓職人の子は必ず箕を作るという故事に基づいている。ここから、父祖の業を受け継ぎ、家の伝統を守り発展させることを意味するようになった。
回天事業とは、天を回転させるほどの壮大な事業を意味する四字熟語である。世の中の情勢を根本から変革するような、非常に大規模で重要な事業を指して用いられる。
一業所感とは、一つの職業や仕事に従事する中で得られる、その道ならではの深い感慨や心境を指す四字熟語である。
慢業重畳とは、怠惰な行いや仕事が重なり積もっている様子を表す四字熟語である。物事に真剣に取り組まず、だらだらと過ごす態度が繰り返され、その結果として不都合や問題が山積みになっている状態を指す。
創業守成とは、新たに事業を起こすことと、その事業を継承し維持していくことを併せて指す四字熟語である。創業は新規に基盤を築くことを意味し、守成は得られた成果を守り発展させることを表す。この語は、唐の太宗が臣下に「創業と守成のいずれが困難か」と問い、房玄齢と魏徴がそれぞれ異なる見解を示した故事に由来し、『貞観政要』に記されている。
自業自得とは、自身の行った悪い行為の報いとして、自らが苦しみや不利益を受けることを指す。もとは仏教に由来する言葉で、善悪の行為がそれに応じた結果を生むという教えを示すが、現代では主に悪行に対する当然の報いという意味で用いられる。