土師とは、古代日本において土器や埴輪の製作、あるいは陵墓の造営など、土に関わる諸々の技術を職掌とした氏族、またその人々を指す。
大師とは、仏や菩薩に対する尊称として用いられるほか、朝廷から高徳の僧侶に贈られる称号を指す。特に、弘法大師すなわち空海を指して用いられることも多い。
仏師とは、仏像を彫刻し制作する専門の工匠を指す。木や金属、漆、乾漆などの素材を用いて、仏教の教義や様式に基づき、礼拝の対象となる尊像を造形する職人をいう。
水師とは、水上で戦闘を行う軍隊を指し、水軍や海軍と同義である。また、船頭や水夫といった船舶の操縦者や乗組員を意味することもある。なお、「出師」と表記した場合は、軍隊を派遣する意となる。
王師とは、君主が率いる軍隊を指し、王権を守護する軍事力を意味する。また、君主に学問や道徳を教える師匠という意味もあり、帝王の教育を担う立場を表す。
出師とは、軍隊を派遣して戦地に向かわせることを指す。古代中国の戦史に由来する語で、「師」は軍隊を意味し、戦争や遠征のために軍勢を繰り出す行為を表す。
医師とは、医学の知識と技術をもって疾病の診断や治療、予防に従事する専門職を指す。医療行為を行う資格を有し、患者の健康の維持と回復に責任を持つ者をいう。
天子の住む都を指す語で、帝都や京都とも呼ばれる。特に中国において、君主が居住し政治の中心となる都市を意味する。
法師とは本来、仏教の僧侶を指す語である。また、かつて男児は髪を剃る習慣があったことから、男の子を意味する用法も生まれた。さらに、他の語に付いて「〜する人」「〜のような人」といった意味を添える接尾語としても用いられ、この場合は「ボウシ」と発音されることが多い。
牧師とは、キリスト教プロテスタントにおいて、礼拝の司式や説教、信徒の指導、教会の運営などを担う聖職者を指す。カトリック教会における神父に相当する役職であり、信仰上の指導者としての職務と人格を備えた者をいう。
律をよく学び戒律に通じた徳の高い僧を指す。また、僧綱における位階の一つとして、僧正・僧都に次ぐ第三位の官位をも意味する。
ある人を師と仰ぎ、その指導や教えを受けることを指す。
師匠とは、学問や技芸を教える指導者のことを指し、弟子が師事する対象となる人物をいう。また、芸能の世界においては、芸人に対する敬称としても用いられる。
師団とは、陸軍における部隊編制上の最大単位であり、司令部を有し独立した作戦行動が可能な組織を指す。また、陸上自衛隊においても同様の編制単位として用いられている。
師範とは、学問や技芸を教える指導者のことを指し、特に伝統芸能や武道などで弟子を直接指導する立場の人を意味する。また、模範となるべき手本という原義から、師範学校の略称としても用いられる。
人々が手本とすべき模範となること。また、そのような徳や識見を備え、人を導く立場にある人を指す。
師旅とは、古代中国の軍隊を指す語である。その由来は周代の軍制にあり、五百人を単位とする「旅」を五つ集めた二千五百人の部隊を「師」と称したことに基づく。この語は『論語』など古典において、広く軍隊一般を表す表現として用いられている。
庭の造作や手入れ、管理を専門の職能とする者を指す。
木や石、金属などの素材に彫刻を施すことを職業とする者を指す。また、入れ墨を彫ることを生業とする者も含めて用いられ、彫り物師とも呼ばれる。
猟を職業とする者。狩人(かりゅうど)と同義で、山野で鳥獣を捕獲することを生業とする人を指す。古くは「鹿を逐う猟師は山を見ず」などの故事にも用いられ、一つのことに集中するあまり他のことが見えなくなる様子を喩える表現にも転じた。
楽師とは、雅楽を演奏する者の総称であり、特に宮廷において雅楽を演奏する者を指す。宮内庁式部職楽部に所属し、楽人や伶人とも呼ばれる。
相撲や柔道などの武芸において、特に技に優れた人を指す。また、転じて、策略や計略を巧みに操る人、策士を意味し、例えば政界の業師のように用いられる。
禅師とは、禅の修行を積んだ僧侶に対する敬称であり、特に禅定による修行を深めた高徳の僧を指す。また、朝廷からその徳行を認められて賜る称号としても用いられ、歴史上の著名な禅僧に付される例がある。
漁業を生業として、海や川で魚介類や海藻などを採捕することを職業とする人。
講師とは、講演や講習において講義や指導を行う者のことである。また、学校において専任の教師ではなく、外部から招かれて授業を担当する者を指す場合もある。大学においては、准教授の下位に位置する教育職の職名として用いられ、「専任講師」などの形で使われる。なお、「コウジ」と読む場合は、仏典を講義する者や宮中の歌会で歌を朗詠する者などを意味する。
禅宗において、同じ師匠に学ぶ先輩の修行僧を指す語。唐音で「ス」「ヒン」と読むことに由来する。
御師とは、神社仏閣において祈祷を執り行う下級神職を指す。また、伊勢神宮など大社においては暦や神札を配布する者を意味し、この場合「おんし」と発音される。
塗師とは、漆を塗る技術を専門とする職人を指す。また、漆を用いた細工や漆器の製作に携わる工匠のこともいう。語源は「ぬりし」が転じたものとされる。
薬師とは、医術を業とする者、すなわち医者の古い呼称である。特に、薬を用いて治療を行う者を指し、医術書を意味する「薬師書」や、薬を調合する際に用いる指を表す「薬師指」などの語にその用法が残っている。
指物師とは、釘などの接合具を用いずに木の板を組み合わせ、主に箪笥や箱といった家具・調度品を製作する工匠を指す。
香具師とは、祭礼や縁日など人の集まる場所で、見世物を興行したり物品を販売したりする者を指す。語源の一説には、かつて香料などを売り歩いたことに由来するとされる。てきやとも呼ばれ、表記は「野師」や「弥四」と書かれることもある。
弱法師とは、足元がふらつきながら歩く僧侶の様子を表す語で、「よろぼし」とも読まれる。
経師屋とは、書画を掛け軸に仕立てたり、屏風や襖を製作したりする職人を指す。表具師とも呼ばれる。元来は経文を書写する者を「経師」と称したが、後に経巻の仕立てを行う職人を指すようになり、さらに一般の表具仕事に携わる者をも意味するようになった。
寝業師とは、表面上は穏やかに見せながら、巧みな駆け引きや水面下の工作によって物事を有利に運ぶことに長けた人物を指す。特に政治や交渉の場において、目立たぬように事を収める手腕を持つ者をいう。
影法師とは、光が物体に遮られることで、地面や壁などの面に映し出される人の影のことを指す。特に、夕日や明かりによって伸びたり、障子などに浮かび上がったりする様子を表す際に用いられる表現である。
陰陽師とは、古代日本の律令制において陰陽寮に所属し、陰陽道に基づいて天文観測や地相の判断、占卜などの職務を担った官人を指す。中世以降は、民間において加持祈祷などを行う者を広く意味するようになった。「おんみょうじ」とも読む。
「邯鄲師」とは、宿泊客が眠りに就いている間に、その金品を盗み取る者のことを指す。故事「邯鄲の夢」に由来し、夢を見ている間に財物を奪われる様子から、枕元を漁る盗人を意味するようになった。
反面教師とは、その言動や結果が他者にとって戒めとなるような悪い見本を指す。自らの失敗や欠点を通じて、他人に正しい道を示す反面教師としての役割を果たす人物や事例をいう。
先聖先師とは、古代中国において学校設立に際して祀られるべきとされた、過去の聖人とその教えを広めた功労者を指す四字熟語である。特に日本では、孔子を先聖、その高弟である顔回を先師の筆頭として祭ったことから、この両者を指して用いられることが多い。『礼記』「文王世子」に由来し、時代や地域によって誰を指すかは変遷した。
碩師名人とは、学識や徳行に優れ、世に広く名を知られた人物を指す四字熟語である。「碩師」は優れた師や大学者を意味し、「名人」は名声高い人を表す。宋濂の「送東陽馬生序」に用例があり、高い教養と人徳を兼ね備えた尊敬すべき人物像を表現する語である。
師資相承とは、師匠から弟子へと学問や技芸の奥義が連綿と受け継がれていくことを指す。師と弟子の間で知識や技術が伝授され、継承されていく営みを意味する。
師曠之聡とは、古代中国の晋に仕えた盲目の楽師である師曠が、聴覚が極めて鋭敏であったという故事に基づく四字熟語である。転じて、聴覚が並外れて優れていること、また物事の本質を鋭く聞き分ける聡明さを喩える表現として用いられる。
三蔵法師とは、仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に通じた高僧に対する尊称である。特に、中国唐代の僧・玄奘三蔵が仏典を求めて天竺へ赴いた偉業で広く知られ、『西遊記』では孫悟空らを従えて経典を取りに行く主要人物として描かれる。