不明とは、物事が明らかでなく、はっきりとわからない状態を指す。また、物事を見通す能力や見極める力に欠けることを意味し、自身の認識不足を恥じるような場合にも用いられる。
「分明」とは、物事がはっきりとしている様子や、明らかに知ることを指す。結論や状況が曖昧さなく明確であることを表し、明白と同義に用いられる。また、古くは「ぶんみょう」とも読まれた。
月の光が明るく照らす様子、あるいはその光そのものを指す。特に秋の澄んだ夜空に冴え渡る月光をいうことが多い。
澄んだ水が日光に反射して、清らかに明るく輝く様子を表す。特に、山や川などの自然の景色が美しく映えるさまを描写する際に用いられる語で、「山紫水明」という成句としても知られる。
視力を完全に失い、目が見えなくなる状態を指す。事故や病気などが原因で起こる。
平明とは、文章や説明などが分かりやすく明瞭な様子を指す。また、夜が明け始める頃、つまり夜明けの時間帯を表すこともある。
弁明とは、自分の言動や立場について説明を加え、その正当性や真意を相手に理解させようとする行為を指す。また、物事の内容や理由を明らかにして説明する意味も含まれる。
夜がまだ完全に明けきらない時間帯を指し、夜明け前の薄暗い頃を表す。特に、日の出前の早朝を指して用いられる。
光明とは、明るく輝く光そのものを指す。また、暗い状況の中で見える明るい希望や将来の見通しを意味し、例えば一筋の光明を見いだすといった表現で用いられる。さらに仏教の文脈では、仏の慈悲や功徳が放つ清らかな光を喩える語としても使われる。
陰暦十六日以降、夜が明けてもなお空に残る月のことを指し、その頃の夜明けをも意味する。特に秋の情景に用いられることが多い。また、朝まで枕元に灯す「有明行灯」の略称としても使われる。
神仏を拝する際に供える灯火のことで、仏壇や神棚に灯す油や蝋燭による明かりを指す。御灯(みあかり)や御明(みあか)しとも呼ばれる。
証明を必要とせず、それ自体で明白であること。また、そのような性質や状態を指す。
細部まで注意深く行き届いた様子を表し、物事を一つ一つ丁寧に扱ったり、詳細にわたって明確に記述したりすることを意味する。例えば、調査や記録において隅々まで手抜かりなく明らかにする態度や過程を指す。
事実や真相がはっきりと明らかになること。調査や検討を経て、それまで不明確であったことが確定する状態を指す。
声明(ショウミョウ)とは、仏の功徳を讃える声楽のことで、法要や仏事の際に唱えられるものである。梵唄(ボンバイ)とも呼ばれる。なお、「セイメイ」と読む場合は異なる意味となる。
声明とは、ある事柄についての意見や立場を公式に表明する行為、またはその文書を指す。特に外交や政治の分野において、政府や団体が公に自らの見解を発表する際に用いられる。読みは「セイメイ」であり、「ショウミョウ」と読む場合は異なる意味となる。
はっきりと意見や考えを述べること。また、それを公に表明することを指す。
神を敬って呼ぶ尊称であり、特に稲荷大社の祭神である稲荷大神を指して「稲荷大明神」などと用いられる。
明快とは、物事の筋道が整然としていて、理解しやすい様子を指す。表現や説明が無駄なく明確であり、誰にでもすっきりと伝わる性質を表す。
明解とは、物事の内容や意味をはっきりと分かりやすく説明することを指し、またそのような説明そのものを表す。
明衣は「あかは」と読み、神事や儀式の際に着用される白い礼服を指す。浄衣とも呼ばれ、本来は天皇が沐浴後に身にまとう衣服であった。
「明星」を「あかぼし」と読む場合は、「明けの明星」と同じく、明け方の東の空に輝く金星を指す。また、「赤星」と表記することもある。一方、「ミョウジョウ」と読む場合は、ある分野で特に優れ、人々の注目を集める人物の喩えとして用いられる。
はっきりとしていて疑いの余地がなく、物事の内容や境界が曖昧さなく理解できる状態を指す。判断や認識において誤解や混乱を生じさせない、確かな様子を表す。
明記とは、重要な事項や必要な情報を、曖昧さを残さず明確に書き記すことを指します。例えば、契約書に当事者の氏名をはっきりと書き記す場合などに用いられます。
ありのままを隠さずに表す様子。露骨で、はっきりとしているさまを指す。
明澄とは、濁りや曇りが全くなく、透き通るように澄み切っている様子を表す。特に、光や音、水などの質感が清らかで鮮明であることを指して用いられる。
明瞭とは、物事がはっきりとしていて曖昧さのない様子を指す。音声や説明、状況などが明確で分かりやすいことを表し、例えば「明瞭な発音」や「意思が明瞭である」などのように用いられる。同音の「明亮」と書くこともあるが、意味はほぼ同じである。
はっきりと意見や考えを言葉で表明すること。特に、曖昧さを残さずに断言することを指す。
明答とは、曖昧さを排した明確な回答を指す。質問や問題に対して、はっきりとした態度や内容で応じることを意味する。
明朗とは、明るく晴れやかな様子を指し、性格や雰囲気がほがらかで快活であることを表す。また、物事に曖昧さやごまかしがなく、はっきりとしていて疑う余地のない状態を意味することもある。
細部に至るまで明確で詳しいことを指す。また、項目などを詳細に記した書類、特に「明細書」の略称としても用いられる。
明徳とは、生まれつき備わっているすぐれた徳性を指し、天から授けられた清らかで立派な本性のことをいう。
物事の本質や真相を鋭く見極めることを意味する。また、相手の洞察や推察に対して敬意を込めて用いる表現でもある。
明白とは、物事がはっきりとしていて疑いの余地がなく、明らかであることを指す。事実や道理などが曖昧さを残さず明確に理解できる状態、またその様子を表す。
明視とは、物がはっきりと見える状態を指し、通常は目から約二十五センチメートルの距離において、細部まで鮮明に視認できることを意味する。
明示とは、言葉や態度によって、ある事柄をはっきりと示すことを指します。特に、それまで曖昧であったり隠されていたりした内容を明確に表す場合に用いられ、その対義語は暗示です。
はっきりと文章に書き表すこと。また、そのように明示された文章や条文を指す。
物事の道理を深く理解し、賢明で見識が高い様子を指す。特に道理に通じ、判断力に優れた人物を形容する際に用いられる。
明滅とは、光が点いたり消えたり、あるいは明るさが増したり減ったりすることを指す。特に、ネオンサインや灯火などが不規則に、または繰り返し輝きを変化させる様子を表す際に用いられる。
松明とは、松の樹脂を多く含む部分に竹や葦などを束ねて火をつけ、屋外で照明として用いた道具を指す。語源は「焚松(たきまつ)」が転じたものとされ、「炬」の字を用いて表記することもある。
才知が優れ、物事の道理に明るいさまを指す。英邁と同義に用いられる。
神明とは、神々や神霊を指す語であり、特に天照大神を祭神として指す場合もある。
透明とは、光をよく通し、向こう側が透けて見える状態を指す。また、濁りや曇りがなく、澄みきっている様子を表す際にも用いられる。
相手の誤解や非難に対して、事情や立場を説明し、真意や事実関係を明らかにすることを指す。
仏教用語で、煩悩によって真理を悟ることができず、真実に対する無知の状態を指す。迷いの根源とされ、智慧の光が届かない暗闇に例えられる。
遅明とは、夜が明けきらないうちの、ほの暗い時間帯を指す。夜明け前の薄明かりの状態を表し、まだ完全に明るくはなっていないが、徐々に夜が終わりを告げようとする頃合いである。
開明とは、人々の知識や見識が進み、社会や文化が進歩して明るく開けた状態を指す。特に、新しい思想や文化を受け入れ、旧来の因習から脱して発展する様子を表す。
溶明とは、映画やテレビなどの映像表現において、画面が暗い状態から次第に明るくなって映像が現れたり、音声が無音から徐々に音量が大きくなったりする技法を指す。フェードインとも呼ばれ、逆の効果である溶暗と対をなす表現手法である。
不明な事柄や未詳の点を調査・研究し、その内容や真相を明らかにすること。
事柄の内容や理由、意義などを相手に理解できるよう、分かりやすく述べること。また、そのような内容を記した文章や言葉そのものを指すこともある。
澄明とは、空や水などが曇りなく透き通り、清らかに明るい状態を指す。特に大気や液体が非常に透明度が高く、光を遮るものがない様子を表す。
薄明とは、夜明け前や日没後の空が、かすかに明るくぼんやりと光っている状態を指す。太陽が地平線の下にあっても、その光が大気中で散乱することで生じる微かな明るさを表す語である。
鮮明とは、色や形がくっきりと際立って明るく見える様子を指す。映像や記憶などが曖昧さなくはっきりとしている状態を表し、また態度や立場が明確で揺るぎないことを意味する。
簡単ではっきりしていて、無駄がない様子。表現や説明などが複雑さを排し、要点を明確に伝えるさまを指す。
事実や真相を明らかにするために、詳しく調べて確かめることを指す。特に、問題や事件の原因や経緯を究明し、はっきりさせる場合に用いられる。
明礬は硫酸アルミニウムとアルカリ金属などの硫酸塩が結合した複塩であり、無色透明の正八面体結晶をなす。染色の媒染剤や医薬品、製紙などに用いられる。
自然の風景が清らかで美しく、明るく輝いている様子を表す。特に空が晴れ渡り、陽光が鮮やかに照らすような、心が洗われるような美しさを指す。
物事の筋道が整然と通っており、理解や判断が曖昧さなく明確である様子を指す。特に思考や論理が透徹しており、混濁や曖昧さのない状態を表す。
澄みきった美しい瞳、あるいは目元がはっきりとして美しいさまを表す語。
「明亮」とは、声がはっきりとしていて聞き取りやすい様子を指す。また、「明瞭」と同義で、物事が明確で曖昧さのない状態を表す際にも用いられる。
夜が明け始める頃、つまり夜明けの時間帯を指す。特に、東の空が白み始め、朝の気配が感じられる時刻を表す。
はっきりしない道理や意味を明らかにすること。特に、物事の本質や真意を解き明かして理解しやすくすることを指す。
石決明はミミガイ科に属する巻貝の総称であり、一般に鮑(あわび)と呼ばれる海産物を指す。殻は扁平で耳形をしており、食用として広く用いられるほか、漢方では薬材としても利用される。
今日の翌日である明日の次の日を指す。また「みょうごにち」とも読む。
「明後日」は「ミョウゴニチ」と読み、今日の翌々日を指す語である。主に「あさって」と同義で用いられるが、より改まった文脈や書面において使用される傾向がある。
明太子とは、スケトウダラの卵巣を塩漬けにした後、唐辛子などの香辛料で味付けした加工食品である。名称の由来は、朝鮮半島におけるスケトウダラの呼称「明太(メンタイ)」に基づく。
神仏を拝する際に供える灯火のことで、神聖な場を照らし清める役割を担う。
旗幟鮮明とは、戦場で掲げる旗や幟の色が鮮やかで遠くからもはっきり見える様子から転じて、主義や主張、立場などが明確で曖昧さのないことを表す。
簡潔明瞭とは、表現や内容が無駄なく短くまとまっていて、しかもはっきりと分かりやすい様子を指す。物事の説明や文章などが、余計な部分を省き、核心を明確に伝えるときに用いられる表現である。
赫赫明明は、『詩経』の「大雅・大明」に由来する四字熟語で、光り輝く様子や威厳に満ちて明らかなさまを表す。天の光明や王者の威光など、非常に輝かしく明るく、はっきりとしている状態を形容する語である。
開化文明とは、社会が未開の状態から進歩し、文化や制度が発達して洗練された段階に至ることを指す。特に近代化の過程において、西洋の科学技術や思想を取り入れ、従来の社会体制や生活様式が変容する様を表す。
恩讐分明とは、恩義を受けた者には必ず報い、仇に対しては必ず恨みを晴らすという、恩と仇をはっきりと区別する態度を指す四字熟語である。『呂氏童蒙訓』に由来し、人としての義理と情けを重んじる姿勢を表している。
淵明把菊とは、中国晋代の詩人・陶淵明が菊の花を手に取り愛でる故事に由来する四字熟語で、世俗のしがらみを離れ、自然に親しみながら清らかな生活を送る隠逸の境地を表す。