水屋とは、神社仏閣において参拝者が手や口を清めるための施設を指す。また、茶道においては、茶室の一角に設けられ、茶器を準備したり食器類を収納する戸棚や空間を意味する。
火屋(ほや)は、香炉や手焙りの上に被せる網状の覆いを指す。また、ランプやガス灯の炎を囲むガラス製の筒のこともいう。加えて、火葬場を指す別称としても用いられ、この場合は「ひや」と読むこともある。
床屋とは、主に男性の髪を刈り、ひげを剃ることを業とする店、またその従事者を指す。理容店や理髪店の俗称であり、江戸時代に髪結いが床店と呼ばれる簡易な店舗で営業したことに由来する。
身屋(もや)は、寝殿造において家屋の中央に位置する主要な部屋を指す。また、敷地内の離れや物置などに対し、主たる住居として用いられる建物のことをも意味し、母屋(おもや)とも表記される。
版木を彫ることを職業とする者、またはその家を指す。版木屋とも呼ばれ、「板屋」と表記されることもある。
縁日や祭礼などの盛り場に露店を出し、巧みな口上で商品を販売したり、見世物を興行したりする者を指す。香具師(やし)と同義で、元来は博打用語で「ねらいが当たる」という意味から、一攫千金を狙う職業として呼ばれるようになった。
長屋とは、一棟の細長い建物を壁で区切り、複数の世帯がそれぞれ独立して暮らす住居形式を指す。各住戸は通路に面して並び、共同で便所や井戸などを使用する場合が多い。
家屋や住居を指す語で、人が居住する建物を意味する。
屋舎とは、人が居住するための建物を指す語で、特に規模の大きな建築物をいうことが多い。古風な表現であり、現代では主に文語や文学作品などで用いられる。
「屋形」は、かつて貴族や豪族の住まいを指し、転じて身分の高い人を表す語である。また、船や車の上に設けられた屋根状の覆いを指す場合もある。前者の意味では「館」と書くこともある。
屋敷とは、家屋が建てられている土地そのものを指すとともに、特に広い敷地に立派な構えを備えた邸宅を意味する。後者の場合、「邸」と書くこともある。
屋台とは、屋根を備え移動可能な構造の露店を指し、路上で飲食や物品を販売する際に用いられる。また、祭礼などで使われる仮設の舞台や、歌舞伎などの演劇において家屋を表す大道具を意味することもある。加えて、「屋台骨」の略語として、組織や家計を支える基盤を指す場合にも用いられる。
草屋とは、屋根を茅や藁などで葺いた家屋を指す。転じて、粗末な造りの家を意味し、また自宅を謙遜して言う場合にも用いられる表現である。
茶屋とは、茶葉を製造・販売する店舗を指す。また、旅人に茶や軽食を提供する休憩所の意味もあり、さらに飲食や遊興を楽しませる歓楽街の店、あるいは劇場や相撲興行場で客席の世話や飲食を提供する専属の店舗をも意味する。
家屋とは、人が居住するための建物を指す。住居としての機能を備えた建築物全般を表し、特に住宅として使用される建物を意味する。
納屋とは、主に農家において農機具や収穫物などを収納するために設けられた、母屋とは別棟の簡素な小屋を指す。
陣屋とは、軍隊の宿営地や陣地を指すほか、宮中で衛兵が詰める場所や、江戸時代には代官所などの役所、あるいは城を持たない小藩の大名が領内に構えた住居兼政庁を意味する。
生産者から商品を仕入れ、小売業者や他の商人に対して販売することを業とする商人、またはその店舗を指す。卸売業者と同義である。
かつて出産のために新たに建てた家、あるいは出産の際に用いられた別棟の建物を指す。また、出産のために用意された部屋、すなわち産室を意味することもある。
魚屋(ととや)は高麗茶碗の一種で、赤土の素地に青茶色の釉薬をかけたものを指す。名称の由来は、堺の商人「ととや」が所有していたため、あるいは千利休が魚屋の店先で見出したことによると伝えられる。表記には「斗々屋」も用いられる。
湯屋とは、入浴料を支払って利用する公衆浴場を指す言葉であり、風呂屋とも呼ばれる。また、広く家屋の中の浴室そのものを指して用いられることもある。
番屋とは、番人の詰め所として用いられる小屋を指す。江戸時代には、火の番や盗賊の警戒にあたる者が詰める建物であった。また、北海道においては、主にニシン漁などの季節に漁師が寝泊まりする作業小屋としての機能も果たした。
楽屋とは、劇場や演芸場などで、出演者が舞台に出る前の準備や本番後の休憩、衣裳の着替えなどを行う部屋を指す。また、転じて、表には見えない物事の内情や裏側を意味し、楽屋裏とも呼ばれる。
弊屋は、破れたり壊れたりした家を指す。また、自分の家を謙遜して言う語としても用いられ、弊廬や拙宅と同様の意味を持つ。
母屋とは、住居の中心となる建物や部屋を指す語である。寝殿造りにおいては、庇に囲まれた中央の空間を意味し、家屋の主要な部分をなす。また、敷地内で居住の中心となる建物そのものを指す場合もある。「身屋」や「身舎」とも表記され、「おもや」と読まれることもある。
庭園や公園などに設けられる、四方に屋根を下ろし柱だけで壁のない簡素な小屋を指す。休憩や景観の眺望に用いられ、「四阿」とも書く。
庄屋とは、江戸時代に領主から任命され、村の行政を代官の下で統括した村役人のことである。主に関西地方で用いられた呼称であり、関東では「名主」、東北・北陸では「肝煎」など、地域によって異なる名称があった。「荘屋」と表記されることもある。
茅屋とは、茅葺きの屋根を持つ家を指す。転じて、粗末で簡素な住まいを意味し、謙遜の意を込めて自宅をへりくだって言う場合にも用いられる。
屋烏とは、屋根に止まっている烏のことを指す。ここから転じて、人を深く愛するあまり、その人に関わるすべてのもの、たとえ取るに足らないものでさえも愛おしく思う心情を表す「愛屋烏に及ぶ」という成句で用いられる。
「幄屋」は「幄舎」と同じく、布や幕で作った仮設の小屋を指す語である。特に古代において、野外での儀式や宴会、軍事用の臨時の建物として用いられた。
屋根が低く小さな家を指し、粗末で見栄えのしない住まいを意味する。また、自らの家を謙遜して言う場合にも用いられる表現である。
轡屋とは、遊女を抱えて客に提供する遊女屋、すなわち置屋を指す語である。
野菜や果物を販売する小売店を指し、またその店舗で商いを行う人をも意味する。
木地屋とは、木材をろくろを用いて加工し、椀や盆などの木製器物を製作する職人を指す。木地師やろくろ師とも呼ばれ、木材の特性を活かした挽物細工の技術を専門とする。
仕舞屋とは、かつて商家であったが商売を廃業した家を指す。また、商店街の中にあって商家ではなく一般の住宅となっている家もいう。店を閉めた家という意味から生まれた語で、「しもうたや」とも発音される。
寺子屋とは、江戸時代に庶民の子弟に対して読み書きや算術などの初等教育を施した民間の教育施設である。僧侶や武士、医師などが師匠となり、町や村に設けられた。
角屋敷とは、道路の曲がり角に位置し、二つの面がそれぞれ異なる道路に接している屋敷のことを指す。
定斎屋とは、夏の間、天秤棒で薬箱を担ぎ、煎じ薬を売り歩いた行商人を指す。その由来は、桃山時代に村田定斎が初めてこのような薬売りを始めたと伝えられることによる。
飲食店で調理された料理を、店舗から持ち帰ったり配達してもらったりする食べ物のこと。
旅館や寮などにおいて、見知らぬ他人や他の利用者と同一の部屋を共用することを指す。特に相部屋同士の者というように、そのような状況下にある関係を表す際にも用いられる。
紙屋紙とは、平安時代に紙屋院で漉かれた上質の紙を指す。後に転じて、不要となった反故紙を漉き返して作られた薄墨色の再生紙を意味するようになった。読みは「かみやがみ」が転じた「こうやがみ」である。
経師屋とは、書画を掛け軸に仕立てたり、屏風や襖を製作する職人を指し、表具師とも呼ばれる。元来は経文を書写する者を「経師」と称したが、後に経巻の仕立てを行う職人を指すようになり、その技術が一般の表具に応用されるに至った。
鹿火屋とは、夜間に鹿などの獣が田畑を荒らすのを防ぐため、火を焚いて見張りをする番小屋を指す。秋の季語としても用いられる。「かひや」とも読む。
数奇屋とは、茶の湯を行うために母屋から独立して建てられた小規模な建築物を指す。茶室を中心に、水屋や勝手などの付属施設を備えた一棟の建物として構成される。また、広くはそのような茶室風の意匠や雰囲気を持つ建築全般を指して用いられることもある。
鋳掛屋とは、鍋や釜などの金属製の器物に生じた穴や破損部分を、溶かした金属を流し込んで補修することを職業とする職人を指す。鋳掛師とも呼ばれる。
平安時代の宮中において、庭火や篝火を焚き、夜間の警護や照明の役割を担った小屋を指す。
傾斜がほとんどなく、ほぼ水平に近い状態の屋根を指す。防水処理が施され、人が立ち入れる場合もある。
貴人や先祖の霊を祀る建物や場所を指し、霊廟と同義である。通常「みたまや」と読むが、「おたまや」と読む場合もある。
江戸時代に大坂で注文を受け、京都に送って衣服の染色や染め直しを請け負う職業、またその業者を指す。転じて、染め物や洗い張りを専門とする店の呼称としても用いられる。
蛸部屋とは、主に第二次世界大戦前の北海道や樺太の炭鉱などで見られた劣悪な飯場制度を指す。労働者を監禁状態に置き、自由を奪って酷使したことから、蛸壺に閉じ込められた蛸のように逃れられない様子に喩えてこの名がついた。
錏屋根とは、母屋の屋根よりも一段低く張り出した部分の屋根を指す。その形状が兜の錏(しころ)に似ていることからこの名で呼ばれる。
「窮閻漏屋」とは、狭くてみすぼらしい路地にある、雨漏りのする粗末な家のことを指す。転じて、貧しくて粗末な住まいや、貧しい生活環境を表す四字熟語である。『荀子』儒効篇に典拠を持つ。
屋梁落月は、深く友人を思慕する心情を表す四字熟語である。中国唐代の詩人杜甫が、流罪となった友人李白を夢に見た後、目覚めてもその面影が部屋の梁に残っているかのように感じ、沈みゆく月の光が梁を照らす情景に重ねて詠んだ故事に由来する。転じて、遠く離れた親しい人を心から懐かしむ情の深さをいう。
屋上架屋とは、屋根の上にさらに屋根を架けるように、無駄で重複したことを行うことを意味する四字熟語である。既に十分なものに対して余計な手を加え、かえって煩雑さを増す愚かな行為を喩える。
落月屋梁は、沈みかけた月が家屋の梁を照らす情景を表す四字熟語で、遠く離れた友人や故人を切実に思慕する心情の喩えとして用いられる。故事は唐代の杜甫が、流罪となった李白を思い、夢から覚めた後に梁にかかる月にその面影を重ねた詩に由来する。
茅屋采椽は、茅葺きの屋根と手斧で荒削りにしたままの梁を用いた粗末な家屋を指し、古代中国における質素な生活様式を表す。『漢書』芸文志に典拠を持つこの四字熟語は、飾り気なく簡素な住居を形容するとともに、質実剛健な精神性をも示唆する表現である。
白屋の士とは、身分の低い家に生まれながらも優れた才能や徳を持つ人物を指す。特に、貧しい環境から立身出世して高い地位に就いたり、学識や人徳によって人々から尊敬されるようになったりした者をいう。