門の中に入ることを指し、転じて特定の分野に弟子入りすることを意味する。また、初心者がその分野の基礎を学ぶための手引きとなる書物や講座を指す場合もある。
寺院の門を指す語で、特に禅宗の寺院の本堂前にある正門を指すことが多い。元来、寺院が山中に建立されることが多かったことに由来する。転じて、寺院そのものを指す場合もあり、比叡山延暦寺の別称としても用いられる。
仏門とは、仏陀の教えに基づく修行の道を指し、仏道と同義である。特に出家して僧侶となることを「仏門に入る」と表現する。
水の流れを制御したり水量を調節したりするために、河川や運河、貯水池などに設置される構造物を指す。開閉可能な扉やゲートの仕組みを持ち、必要に応じて水の通過を許容あるいは遮断する役割を担う。
同じ師匠や先生に師事して学ぶ者同士の関係を指し、また同じ流派や学統に属する者を意味する。
坊門とは、町の出入口に設けられた門を指す。また、平安京の都市区画において、二条大路より南に位置する東西方向の小路の名称としても用いられた。囲碁の世界では、本因坊家の門下や、その一門を意味する語としても知られる。
声門とは、喉頭内にある左右の声帯の間の隙間を指す。呼吸時には開き、発声時には声帯の振動によって狭まり、呼気を調節して音声を生成する役割を担う。
同じ宗教内における分派を指し、特に仏教においては教義や師系によって区別される流派を意味する。また、転じてその宗派に属する僧侶そのものを指す場合もある。
武門とは、武士の家系や血統を指す言葉であり、武家としての由緒や家柄を表す。武士の家に生まれたことを示す際に用いられ、武家社会における家格や伝統を強調する表現である。
門付とは、家々の門口や門前で歌や踊りなどの芸を披露し、その報酬として金銭や食料品などを受け取って歩く行為を指す。また、そのようにして生計を立てる芸人そのものを指す場合もある。
門出とは、家を出て旅や戦いに向かうことを指す。また、人生において新たな道を歩み始めること、例えば新しい仕事や生活の始まりを意味する場合にも用いられる。「かどいで」と読むこともある。
門松とは、新年を迎える際に家の門前や玄関に飾られる松のことで、松飾りとも呼ばれる。竹を添えて立てることが多く、新年の縁起物として古くから用いられている。
門のそばにいて、人の出入りや門の開閉を監視し、警備の任に当たる人を指す。
門鑑とは、門の出入りを許可するための証明書を指す。特に、身分や資格を確認し通行を認める証拠として用いられるものであり、「鑑」の字には見分けるという意味が込められている。
門限とは、夜間に門を閉める時刻を指し、転じて特に学生や下宿人などが夜間外出から戻らなければならないと定められた時間を意味する。この時間を守ることを「門限を守る」、逆に遅れることを「門限を破る」などと表現する。
門表とは、居住者の氏名を記して門や玄関に掲げる札のことを指し、表札や門札とも呼ばれる。
門跡とは、特定の宗派の教えを継承する寺院、あるいはその寺院の住職を指す。特に皇族や公家が住職を務め、その地位を世襲する寺院を意味し、また浄土真宗本願寺派における管長の通称としても用いられる。
門の前、あるいは家の入口付近を指す。特に、訪問者が中に入ることを拒まれたり、相手に会えなかったりする状況を示す際に用いられることが多い。
同じ師匠に師事する弟子たちを指し、門下生や門人とも呼ばれる。
門徒とは、同じ師匠に師事する弟子や門下生を指す。また、特定の宗派に帰依する信者、特に浄土真宗の信者を意味する場合もある。さらに、浄土真宗そのものを俗に門徒宗と呼ぶことから、その略称として用いられることもある。
門扉とは、門に取り付けられた開閉する部分を指す。門の構造において、出入りを可能にし、また遮断する役割を果たす戸や扉のことをいう。
特定の分野に深く通じ、その分野を職業とすること。また、その分野自体を指すこともある。
胃の下部にある括約筋で囲まれた部分を指し、胃の内容物が十二指腸へと送り出される通路となる。
柵門とは、小さな城や砦の周囲に巡らされた柵に設けられた出入り口の門を指す。
洞門とは、山腹や崖などに自然に形成された洞穴の出入り口を指す。また、山を貫通して両側に開口するトンネル状の洞穴そのものを意味することもある。
肺の内側中央に位置する部位を指し、気管支や肺動脈・肺静脈などが肺へ出入りする際に通る重要な領域である。
軍門とは、軍営の門、すなわち軍隊の陣営の出入り口を指す語である。転じて、その門前にて降伏の意を示すことを「軍門に降る」と表現し、敵に降参することを意味するようになった。
大砲の砲身の先端に位置する開口部で、発射薬の燃焼によって生じたガスの圧力で弾丸を射出する部分を指す。砲撃を開始することを「砲門を開く」と表現する。
破門とは、師匠が弟子との関係を断ち、門下から追放することを指す。また、宗教団体が信徒の資格を剥奪し、宗門から除名する処分を意味する場合もある。
陰陽道において鬼の出入りする方角とされ忌み嫌われる丑寅の方角、すなわち北東を指す。転じて、苦手とする人物や物事、また縁起が悪く近づきたくない場所などの喩えとしても用いられる。
人の家の門前を掃き清めることを指す。転じて、他人を訪ねて面会を求めることを意味する。
船体の側面や上甲板に設けられた出入口を指し、通常は船と岸壁や他の船舶とを結ぶために船橋(タラップ)が架けられる箇所である。
組織や事業を機能や分野によって区分した単位を指し、全体の中の一部として特定の役割や業務を担う区分を表します。
閉門とは、門を閉ざす行為を指す。特に、江戸時代には武士や僧侶に対する刑罰として、住居の門を固く閉鎖し、一定期間の外出を禁じる処分を意味した。また、施設などの門を閉めることや、その時間を示す場合にも用いられる。
黄門とは、元来は中国の宮中にあった黄色く塗られた門を指し、転じてその門を管理する官職「黄門侍郎」の略称として用いられた。日本では、中納言の職を唐名で呼ぶ際の名称となり、特に中納言であった水戸藩主の徳川光圀を「水戸黄門」と通称したことでも知られる。
楼門とは、二階建ての構造を持つ門のことで、上部に櫓を備えたものを指す。城郭や寺院などに見られる建築様式で、威厳や防衛機能を兼ね備えている。
禁門とは、厳重に警護され一般の出入りが許されない門を指す。特に宮中や皇居の門を意味し、転じて宮廷そのものを表すこともある。禁闕や宮闕とも呼ばれる。
羨門とは、横穴式墳墓において棺を安置した玄室へと通じる羨道の入口、すなわち墓道の門を指す。
スキーの回転競技において、コースの通過点を示すために雪面に立てられた一対の旗と支柱からなる標識。競技者はこの間を正確に通過することが求められる。
獄門とは、本来は牢獄の門を指す語である。転じて、江戸時代に行われた刑罰の一種を指し、死刑に処された罪人の首を、獄舎の門や刑場などに一定期間さらし、見せしめとすることをいう。
噴門とは、食道と胃の境界部に位置する開口部を指し、食物が通過する際に弛緩して通過を許容し、それ以外の時は逆流を防ぐために閉じている構造である。
水門は、河口付近にあって海水が出入りする場所を指し、港の意味でも用いられる。また、水を制御するための門や仕切りを意味する「スイモン」と同義として扱われることもある。
出家して仏道に入り修行する者を指す語で、僧侶の別称として用いられる。サモンとも読む。
乾門は、皇居の北西の方角に位置する門の名称である。この門は、皇居の四方を守る門の一つとして、古くから重要な役割を担ってきた。
皇居の門を指す語であり、転じて皇居そのものを表すこともある。門を敬って言う表現として用いられる。
門をたたく行為を指し、転じて他家を訪問することを意味する。
門牆とは、門と塀を指す言葉であり、家屋の入口を表す。また、師匠の家の門を意味し、学問や技芸の道に入ることを象徴する。師の教えを受ける場としての師門を指すこともある。
柴で作られた粗末な門を指し、転じて質素な家や侘び住まいを表す語である。
迹門とは、法華経二十八品のうち、序品から安楽行品までの前半十四品を指す語である。これは釈迦仏がインドで実際に説いた教えを説く部分とされ、後半の本門と対をなす概念として用いられる。
宮殿や寺社などの正門の左右に設けられた、規模の小さい門を指す。
萱門とは、庭園などの入り口に設けられる、萱(茅)で葺いた屋根を持つ門のことを指す。茅門とも表記される。
衙門とは、主に中国の王朝時代における役所や官庁を指す語である。また、転じてそのような役所や兵営の門そのものを意味することもある。
槐門とは、中国周代の最高位の官職である三公の別称である。三公は太師・太傅・太保を指し、朝廷において最も重んじられた地位であったことから、このように呼ばれた。
黒衣を着る僧侶の住む家という意味から転じて、仏教の世界、特に僧侶の社会や仏道を指す語。
村落の出入り口に設けられた門を指す。里門とも呼ばれ、集落の境界を示すとともに、外部との通路としての役割を果たした。
中国広東省南部に位置する港湾都市で、一八八七年から一九九九年までポルトガルの統治下にあった地域を指す。
轅門とは、古代中国の戦陣において車の轅を向かい合わせて構えた門のことで、軍営の正門を指す。転じて、役所の外門をも意味するようになった。
乳児の頭蓋骨において、骨がまだ完全に接合しておらず柔らかい部分を指す。大泉門とも呼ばれ、脈拍に合わせて微かに動く様子からこの名がついた。
門前町とは、中世以降に有力な神社や寺院の門前に形成された町並みを指す。参詣者や巡礼者を対象にした商業や宿泊施設が発展し、独特の町並みを形成した。例えば、善光寺の門前に発達した長野の町などがその代表例である。
登竜門とは、立身出世を果たすために越えなければならない難しい関門を指す。中国の黄河上流にある竜門の急流を登り切った鯉が竜になるという伝説に由来し、また後漢の李膺に認められた者が将来を約束される故事にも基づく。
冠木門とは、二本の柱の上端を横木で貫いて連結した、簡素な構造の門を指す。屋根を備えていないのが特徴で、神社や庭園の入口などに見られる形式である。
普門品は『法華経』の一品であり、正式には「観世音菩薩普門品」と称される。観世音菩薩の広大な慈悲と衆生救済の功徳を説く章であり、一般に『観音経』としても知られている。
禍福無門とは、災いや幸せには定まった来るべき門戸があるわけではなく、それらは人の行いによって自ら招き寄せるものであるという意味である。『春秋左氏伝』に由来し、人の吉凶は天から降るものではなく、自らの行為の結果であることを示す。
開門揖盗とは、自ら門を開いて盗賊を招き入れるように、自らの軽率な行為によって災いや危険を招くことを意味する。『三国志』の故事に由来し、愚かな判断や不用意な行動が自らを害する結果を招くたとえとして用いられる。
槐門棘路とは、中国周代の官制に由来する四字熟語で、国政を担う最高幹部を指す。「槐門」は朝廷の庭に植えられた槐の木に三公が並んだ故事から大臣を、「棘路」は棘で示された九卿の列から公卿を表し、合わせて政界の枢要な地位を意味する。
王門伶人とは、権力者や富貴な人の周囲に付き従い、機嫌を取って媚びる者を指す四字熟語である。その由来は『晋書』隠逸伝の戴逵伝にあり、本来は貴人の屋敷に仕える芸人を意味したが、転じて主体性を失い、他人にへつらう者の喩えとして用いられる。
轅門二竜は、『新唐書』に由来する四字熟語で、城門や陣営の門の両側に立つ二本の竜の彫刻や装飾を指す。これは権威や威厳を象徴し、特に重要な場所や建物の荘厳さを表す表現として用いられる。
「于公高門」は、『漢書』の于定国伝に由来する四字熟語である。于定国の父である于公が、公平な裁判を行ったことで人々から信頼され、その功績を称えて建てられた門が、後に高い地位に昇った子孫の繁栄を象徴するようになった故事に基づく。この語は、善行を積んだ家には必ず子孫の栄達があり、家門が繁栄するという意味を表す。
倚門之望は、門によりかかって待ち望むことを意味する四字熟語で、特に子の帰りを待ちわびる親、とりわけ母親の切実な愛情を表す。故事は中国戦国時代に遡り、王孫賈の母親が子の帰りを門に寄りかかって待ち続けたことに由来する。
一門数竈とは、同じ一族でありながらそれぞれが別々の竈で炊事をし、別々に生活することを意味する。一族が結束を欠き、離散している状態を喩えた表現である。