隠見とは、物が隠れたり現れたりする様子を指す。例えば、波の間から船が時折姿を見せるような状況を表す際に用いられる。また、「インゲン」と読む場合もある。
隠語とは、特定の職業や仲間内など、限られた集団でのみ通用するように作られた特殊な言葉を指します。外部の者には意味が通じにくいように、一般の言葉を置き換えたり、特別な意味を込めたりするもので、符丁とも呼ばれます。
俗世間との交わりを断ち、山間や人里離れた地に身を潜めて暮らす人を指す。特に、世俗の煩わしさを避けて隠遁生活を送る者を意味し、日本では中世の文学にその姿が多く描かれる。
俗世間の煩わしさを避けて、世を捨てて隠れ住むことを指す。
隠微とは、物事の様子や意味が表面に明らかには現れず、奥深くにひそんでいて、はっきりと捉えがたいさまを指す。
隠喩とは、比喩表現の一種で、「〜のようだ」「〜ごとし」などの比喩を明示する言葉を用いず、直接に物事を別のものに見立てて表現する修辞法である。例えば「人生は旅である」という表現がこれに当たり、直喩と対をなす概念として暗喩とも呼ばれる。
世間から身を隠して住むための家や場所を指す。また、物陰などに隠れて外から見えない位置を意味する場合もある。
雪隠は便所を指す語で、禅宗の用語に由来する。本来は「セツイン」と読まれたものが転じて「セッチン」となり、「せんち」と読まれる場合もある。
隠亡とは、かつて死者の火葬や埋葬を執り行い、墓所の管理を担った職業の人々を指す。
隠密とは、人目を避けてひそかに物事を行うことを指す。また、江戸時代などにおいて、情報収集や偵察を任務とした下級の武士、すなわち間者や忍びの者を意味する語でもある。
他人の不幸や苦しみを見て心が痛み、深く同情する気持ちを指す。特に「惻隠の情」という形で用いられ、人間が本来持つ他者への思いやりの情を表す。構成する「惻」と「隠」の二字はいずれも哀れみや憐れむという意味を含んでいる。
ユリ科の多年草で、山地に自生する。外観はアスパラガスに似ており、初夏に緑白色の小さな花を咲かせ、後に球形の赤い果実をつける。
俗世間を離れて静かな場所に身を置き、世間との交わりを絶ち、ひっそりと暮らすことを指す。
俗世間を離れ、人目を避けて静かに暮らすことを指す。世間の煩わしさから逃れ、隠れた場所でひっそりと生活する様を表す。
羽隠虫はハネカクシ科に属する昆虫の総称で、体長は〇・五ミリメートルから二五ミリメートル程度である。静止時に短い前翅の下に後翅を折り畳んで隠す習性からこの名があり、「隠翅虫」とも表記される。
家督を子に譲り、世間の煩わしさから離れて気ままに暮らすこと。また、そのような境遇にある人を指す。
隠元豆はマメ科のつる性一年草で、夏に白や黄色の花を咲かせる。未熟なさやや熟した種子を食用とし、中国から日本へは明の僧である隠元によって伝えられたとされることからこの名がついた。
怨望隠伏とは、心の中に恨みや不平不満を抱きながら、それを表には出さずにひそかに隠し持っている状態を指す。表面は平静を装っていても、内面には強い反感や憎しみが潜んでいる様子を表す四字熟語である。
潁水隠士とは、中国の伝説上の高士である許由を指す四字熟語である。彼は帝堯から天下を譲られようとした際にこれを拒み、潁水のほとりに隠棲して清らかな生活を送った故事に由来する。後世、世俗の権力や栄誉を避けて隠遁する高潔な人物のたとえとして用いられる。
隠公左伝とは、中国の歴史書『春秋左氏伝』のうち、魯の隠公の治世に関する記述を指す四字熟語である。『春秋』の編年体に基づき、左丘明が注釈を加えたもので、古代の政治や社会を理解する上で重要な文献とされる。
隠居放言とは、世を避けて隠遁した者が、世俗のしがらみから解放され、自由に思うままを語ることを指す。『論語』微子篇に由来し、隠者たちが世間の礼法にとらわれず、自らの信念に基づいて率直に意見を述べる様を表す四字熟語である。
隠悪揚善とは、他人の欠点や悪い面を隠し、良い面や美点を褒め称えることを意味する。この言葉は、人を批判するよりもその長所を認め、寛容な態度で接するべきだという教えを示している。
能鷹隠爪とは、優れた才能や実力を持つ者が、それを表面に誇示せず、あえて隠しておくことを意味する。鷹が鋭い爪を隠すように、真に優れた人物はその能力を普段は控えめにしているというたとえである。
「大隠朝市」は、真に悟りを得た隠者は人里離れた山中ではなく、市井の雑踏の中にあっても超然と俗事に心を乱されずに暮らすことを意味する四字熟語である。「大隠」は俗塵に染まらない高潔な隠者を指し、「朝市」は人が多く集まる場所を表す。