陰暦五月を指す異称であり、またツツジ科の常緑低木である皐月を指す語として用いられる。
円月とは、空に満ちて円形に見える月、すなわち満月を指す。また、楽器の琵琶において、胴の部分に開けられた円形の響孔の名称としても用いられる。
幻月とは、月の周囲に現れる光の輪である暈の一種で、特に月の左右に対となって輝く光点を指す。大気中の氷晶による光の屈折によって生じる大気光学現象である。
文月は陰暦七月の異称で、稲の穂が膨らむ月を意味する「穂含み月(ほふみづき)」が転じたとする説や、七夕に詩歌を献じたり書物を夜風にさらす風習に因む「文披月(ふみひろげづき)」に由来するとされる。また「ふづき」とも読まれる。
月謝とは、月単位で支払われる授業料や指導料のことを指します。主に学習塾や習い事などにおいて、毎月の指導に対する謝礼として納める金銭を意味します。
月食とは、地球が太陽と月の間に位置し、地球の影が月面に落ちることで、月の一部または全体が暗く見える天文現象を指す。
月旦とは、月の初めの日を指す語であり、また人物や事物を評価する「月旦評」の略称としても用いられる。
月忌とは、故人が亡くなった日と同じ日に当たる毎月の日を指し、その日には追善供養を行う習わしがある。
月賦とは、商品やサービスの代金を毎月一定の金額ずつ分割して支払う方法を指す。また、月ごとに割り当てられる金額そのものを意味することもある。
月餅は中国に起源を持つ焼き菓子で、小麦粉や砂糖、卵などを練った生地で、ゴマやクルミ、マツの実などを混ぜた餡を包み、円形に成形して焼き上げたものである。特に中秋節(旧暦八月十五日)に食べる習慣があり、月を眺めながら家族で分け合う習わしが広く知られている。
月琴は中国を起源とする弦楽器で、円形の共鳴胴に短い棹が付き、四本の弦と八つの柱を持つ。その形状は琵琶に類似している。
月の光が明るく照らし出す様子、あるいはその光そのものを指す。特に秋の澄んだ夜空に冴えわたる月光をいうことが多い。
月齢とは、月の満ち欠けの周期を日数で表すもので、新月の瞬間を起点として数える。また、生後一年未満の乳児について、出生後の経過月数を指して用いることもある。
月代とは、平安時代に成人男子が冠をかぶる際に額の生え際を半月形に剃り落とした風習、またその部分を指す。江戸時代には、成人男子が額から頭頂部にかけて髪を剃り落とした様式、およびその剃り落とした部分を意味するようになった。
月毛は馬の毛色の一種であり、赤みを帯びた葦毛の馬を指す。表記としては「鴾毛」とも書かれる。
月並とは、新鮮味がなく平凡で、ありきたりな様子を指す。また、毎月決まって行われることや、月ごとのことを意味する場合もある。
名月とは、特に陰暦八月十五日(中秋)と九月十三日の夜に見られる、澄み渡った秋の月を指す。前者は中秋の名月や芋名月、後者は後の月や栗名月・豆名月とも呼ばれ、季節の風物詩として親しまれている。
如月は陰暦二月の異称で、寒さが残る時期に衣を重ね着する様子から「衣更着」とも表記される。春の訪れを感じつつも、なお防寒を必要とする季節の趣を表す言葉である。
弦月とは、月の形が弓を張ったように見える状態を指し、上弦の月と下弦の月の総称である。特に陰暦八月の弓張月を指すこともあり、秋の季語としても用いられる。
海月は、腔腸動物のうち水中を漂うように浮遊生活を送る一群の総称であり、傘状の体と触手を持つ。一般にクラゲと呼ばれる生物を指す。
眉月は、細く弓なりに曲がった月の姿を指し、その形が眉に似ていることからこの名で呼ばれる。主に陰暦の月初めに現れる三日月を意味する。
風月とは、風や月に代表されるような趣深い自然の景色を指し、人の心を慰め楽しませる風流な景物を意味する。また、そのような自然の風物を題材として詩歌や文章を創作する風雅な営みをも表す語である。
夜明けの空に未だ残る月を指し、朝の光の中に浮かぶ淡い姿を表す。有明の月や名残の月とも呼ばれ、夜から朝への移り変わりを示す風情ある情景を連想させる語である。
祥月とは、故人が亡くなった月と同じ月を指し、特に一周忌以降の命日に当たる月をいう。
冬の夜空に冴え冴えと輝く月を指す語で、冷たい光を放つ様子から冬の寒さを連想させる。特に澄み切った大気の中で見られる、冷たく清らかな月の光景を表現する際に用いられる。
期月とは、あらかじめ定められた期限となる月を指す。また、ちょうど一か月の期間を表す場合もある。
極月とは陰暦十二月を指す異称であり、師走とも呼ばれる。一年の終わりに当たる月であることから「年の極まる月」という意味に由来する。
無月とは、空が曇っているために月の姿が見えない状態を指す。特に陰暦八月十五日の中秋の名月が雲に隠れて観賞できない場合に用いられる表現である。
葉月とは陰暦八月の異称であり、秋の季節を表す雅な呼び名である。木々の葉が色づき始め、落葉の準備が進む時期であることに由来するとされる。
新月とは、陰暦における月の第一日を指し、朔とも呼ばれる。また、その日から数日間、夕方の西の空や夜明け前の東の空に現れる、細くかすかな三日月状の月のことも指す。
年月の流れを指し、特に長い時間の経過を表す。星霜とも言い、時の移ろいや積み重なった時間の重みを含意する。
睦月は陰暦における正月の異称で、人々が親しみ睦み合う月という意味を持つ。春の訪れを告げる時期として、新年の始まりを象徴する呼び名である。
隔月とは、一か月を間隔として繰り返される周期を指す。例えば、隔月で開催される行事や隔月発行の刊行物などに用いられ、ひと月おきに生じる事象を表現する際に使われる語である。
端月とは陰暦の正月を指す異称である。中国の秦の時代、始皇帝の諱である「政」と「正月」の「正」が同音であったため、これを避けて「端」の字を用いて呼んだことに由来する。
結婚して間もない時期を指し、特に夫婦が二人だけで過ごす旅行や生活を楽しむ期間を意味する。英語の「ハネムーン」に相当する表現としても用いられる。
霜月は陰暦十一月の異称で、冬の季節を表す。霜が降りる時期であることからこの名がついたとされる。
臨月とは、出産が予定されている月を指す言葉である。妊娠期間の最終段階にあたり、妊婦が間もなく分娩を迎える時期を意味する。
観月とは、主に秋の月を眺めて楽しむことを指す。特に中秋の名月を愛でる風習を指し、宴を催して詩歌を詠むなど、風流な趣向として親しまれてきた。
文月は陰暦七月の異称であり、稲の穂が実る時期を指す「穂含み月」が転じたものとされる。また、七夕の行事に因んで短冊に歌や文字を書く習慣から「文披月」と呼ばれたとする説もある。
月の光によって生じる虹のことで、白っぽく淡く見えることから白虹とも呼ばれる。
「弟月」は陰暦十二月を指す異称であり、「おとづき」と読む。これは「おとうづき」や「おととづき」とも読まれる。一年の終わりを意味する月で、年の最後を締めくくる時期を表す言葉である。
望月とは、陰暦の十五夜に現れる満月のことを指す。特に陰暦八月十五日の夜を中秋と称し、その際に見られる月は秋の名月として親しまれている。
月蝕とは、地球が太陽と月の間に位置することによって、月が地球の影に入り、月面が欠けて見えたり暗くなったりする天文現象を指す。
月とスッポンという全く異なるものを比較するように、二つの物事の優劣や隔たりが非常に大きいことを表す。雲泥の差に類する表現である。
月の周囲に現れる円形の光輪を指す。大気中の氷晶によって月光が屈折・反射されることで生じる大気光学現象であり、暈(かさ)の一種である。
卯月は陰暦四月の異称であり、卯の花が咲く時期であることから「うのはなづき」とも呼ばれる。なお、「ぼうげつ」と読む場合は陰暦二月を指す。
盈月とは、月が完全な円形に見える状態を指し、特に陰暦十五夜の月を意味する。月の満ち欠けにおいて最も満ちた姿であり、対義語として欠けていく月を表す虧月がある。
偃月とは、三日月のように弓を張った形をした月のことを指し、満月に向かう途中の細い月、あるいは満月を過ぎて細くなりつつある月を表す。弦月とも呼ばれ、半月よりもさらに細い形状をしている。
皎月とは、白く澄み渡り、清らかに輝く月のことを指す。夜空に冴え冴えと光を放つ明るい月を表現する語であり、その清澄な美しさを強調する際に用いられる。
陰暦五月の異称であり、夏の季節を表す。また、ツツジ科の常緑低木を指し、暖地の川岸や岩場に自生する。初夏にラッパ形の紅紫色の花を咲かせることから、サツキツツジとも呼ばれる。漢字では「五月」と表記することもある。
陰暦の一月を指す異称で、主に「ソウゲツ」と読む。古くは「スウゲツ」とも読まれた。
蓐月とは、妊娠期間の最終段階で、胎児がまもなく出産される時期を指す語である。臨月やうみづきとも呼ばれ、同じ意味を表す。漢字では「褥月」と書くこともある。
陰暦における十一月の異称で、万物の生育が通じ合い滞りなく進む時期を意味する。
遯月は陰暦六月の異称で、易の六十四卦のうち遯の卦がこの月に配されることに由来する。
澹月とは、空にかかる月が淡く霞んだ光を放つ様子を指し、おぼろ月とも呼ばれる。大気の状態などによって月の輪郭が柔らかくぼんやりと見え、ほのかな明るさを帯びた風情を表す語である。「淡月」と表記されることもある。
その月を過ぎて次の月にまたがること。ある月を越えて翌月に入ることを指し、「逾月」とも表記する。
臘月は陰暦の十二月を指す異称で、冬の最も寒さの厳しい時期にあたる。この語は、年末の行事や準備が行われる季節を表すとともに、新年を迎える前の最終月としての意味合いを持つ。
彎月とは、弓のように弧を描いた形の月を指す言葉で、弦月とも呼ばれる。また、かつての陣立てにおいて、隊列をそのような弓形に配置したものを指す軍事用語としても用いられた。
雨上がりに清らかに輝く月、あるいは曇りなく晴れ渡った夜空に浮かぶ月を指す。転じて、一点のわだかまりもない澄み切った心境の喩えとしても用いられ、「光風霽月」という成句で清らかで明るい人格や気品を表す。
陰暦の第三夜前後に見られる、細く弓状に輝く月を指す。その形状から眉に喩えられることもあり、秋の季語としても用いられる。
五月雨の降る頃の夜の暗さを指し、特に梅雨の時期の深い闇を表現する。夏の季語としても用いられる。
五月雨とは陰暦五月ごろに降り続く長雨のことで、梅雨(つゆ)を指す。夏の季語としても用いられ、「さつきあめ」とも読む。
六月雪はアカネ科に属する常緑の小低木で、白丁花(はくちょうげ)の別名として知られる。漢名に由来するこの名称は、六月頃に白い小花を雪のように咲かせることに因む。
人物を批評すること。中国後漢代の許劭が、毎月一日にいとこの許靖とともに郷里の人物の評定を行った故事に由来する。『後漢書』に見える。
木染月は陰暦八月の異称で、木々の葉が紅く色づき始める時期を指す。その名の通り、樹木が次第に色を染め上げていく様子を月にたとえた表現であり、「濃染月」とも表記される。
立待月とは陰暦十七日の夜に出る月を指し、特に陰暦八月十七日の月をいう。夕方に立ったまま待つほどの短い時間で昇ることからこの名があり、秋の季語としても用いられる。
吐月峰とは、たばこ盆に付属する竹製の器具で、吸い殻や灰を落として受け止める筒を指す。灰吹きの別称であり、その名称は静岡県にある同名の山に由来する。この山はかつて灰吹きに用いる良質な竹の産地として知られていた。
更待月とは陰暦八月二十日の夜の月を指し、秋の季語としても用いられる。この夜は月の出が遅いため、月を待つ気持ちがより強く感じられる情景を表している。
花残月は陰暦四月の異称で、春の終わりに花が散り残る頃の月を指す。この時期は桜をはじめとする花々が次第に姿を消していく季節であり、その名残惜しい風情を月に託して表現した雅語である。
居待月とは陰暦十八日の月を指し、特に八月十八日の月をいう。月の出が遅くなるため座って待つことからこの名があり、立待月や寝待月とともに月齢による月の呼称の一つである。
神楽月とは陰暦十一月の異称で、宮中や伊勢神宮などでその月に行われる神楽に由来する呼び名である。
神去月は、神無月と同じく陰暦十月の異称である。この月には全国の神々が出雲大社に集まるため、各地から神が去ると考えられ、その名がついたとされる。
陰暦十月の異称で、「神の月」を意味する。この時期には全国の神々が出雲大社に集まるため、各地から神がいなくなるという俗説に基づく名ともされる。
雪消月は陰暦二月の異称で、冬の間に積もった雪が次第に解け始める時期であることに由来する。春の訪れを感じさせる季節の移ろいを表す雅な表現として用いられる。
陰暦七月の異称で、七夕の行事にちなんだ呼び名である。表記は「七夕月」ともされる。「棚機」は七夕の節句を指し、その月であることに由来する。
閑日月とは、用事や仕事がなく、ゆったりと過ごせる時間を指す。また、心に余裕があり、あくせくしない心境や状態を表すこともある。
陰暦八月の異称で、秋の深まりとともに木々の葉が色濃く染まる様子に由来する。表記は「木染月」とも書く。
乙子月は陰暦十二月の異称で、末子を乙子と呼ぶことに由来する。年の最後の月を末子にたとえた表現である。
夕方の空に浮かぶ月、あるいは月が輝く夜を指す。特に秋の夕暮れ時に見られる情景を連想させる言葉で、「ゆうづきよ」とも読まれる。
「文披月」は「文月(ふみづき)」と同じく旧暦七月の異称である。読み方は「ふみひろげづき」とされ、この時期に書物を広げて風に当てる習わしや、稲の穂が開く様子に由来するとされる。また、「ふみひらきづき」と読む場合もある。
陰暦における六月の異称で、夏の季節を指す。この時期は田植えが終わり水を必要とする頃であるため、「水の月」という意味から転じたとする説や、逆に梅雨明けで水が枯れる時期であることから「水無し月」とする説がある。
早緑月は陰暦一月の異称で、この時期に草木の緑が次第に目立ち始める様子に由来する。
夏初月は陰暦四月の異称で、夏の始まりを告げる月を意味する。
朝月夜とは、夜明けの空にまだ月が残っている情景を指す。有明の月が朝の光の中に浮かぶ様を表し、夕方の月夜に対して明け方の月夜を意味する。
愛逢月は陰暦七月の異称で、七夕の伝説に由来する。牽牛星と織女星が年に一度、天の川を渡って愛を確かめ合うように逢うという故事にちなみ、この月をそう呼ぶようになった。
暮新月は陰暦一月の異称で、暮古月とも表記される。年の暮れを過ぎて迎える最初の新月を指し、新春の訪れを告げる月として用いられる古雅な表現である。
陰暦五月頃に多く発生し、群れをなして騒がしく飛び回る小さな蝿を指す。夏の季語としても用いられる。
クスノキ科の常緑高木で、地中海沿岸地域を原産とする。春には淡い黄色の小さな花を咲かせる。その葉と果実は香りが良く、香料として広く利用されている。
臥待月とは陰暦八月十九日の夜の月を指し、立待月や居待月に続く秋の月の呼称である。この時期の月は昇る時刻が遅いため、寝床に臥して待つという情景から名付けられた。寝待月ともいう。
偃月刀は、その刃の部分が三日月のように弓なりの形状を呈している中国古代の武器であり、日本の薙刀に類似した特徴を持つ。
燕去月は陰暦八月の異称で、秋の季節を表す。この時期には燕が南方へ去っていく習性から名付けられ、夏から秋への移り変わりを感じさせる言葉である。
霞がたなびくようにぼんやりと見える、陰暦正月の月を指す語。春の訪れを告げる、うららかで柔らかな月明かりを形容する表現である。
朧月夜とは、春の夜にぼんやりと霞んだ月がかすんで見える様子を指す。月の輪郭が柔らかく霞み、ほのかな光を放つ情緒豊かな夜景を表し、特に春の季語として用いられる。
花鳥風月とは、自然の美しい風景、すなわち花や鳥、風や月などが織りなす風物を指す。転じて、そうした自然の情趣を愛で、詩歌や絵画などの芸術に親しむ風雅な趣味や境地をも意味する。
花の咲き誇る春の朝と、月の冴えわたる秋の夕べを指し、特に春秋の気候の良い時節の風情を楽しむ趣深いひとときを意味する。陰暦二月十五日の花朝と八月十五日の月夕に由来し、季節の美しさを愛でる心境を表す四字熟語である。
嘉辰令月は、めでたい日や月、すなわち縁起の良い時節を指す四字熟語である。「嘉」と「令」はいずれも「よい」という意味を持ち、「辰」は日を表す。したがって、「嘉辰」はよい日、「令月」はよい月を意味し、合わせて慶びに満ちた月日を表現する。
海底に映った月影を本物と見誤り、それをすくい取ろうとする愚かな行為から転じて、到底実現不可能なことに無駄な努力を重ねることを喩える。
屋梁落月は、深く友人を思慕する心情を表す四字熟語である。中国唐代の詩人杜甫が、流罪となった友人李白を夢に見て、目覚めた後もその面影が部屋の梁に残っているかのように感じたという故事に由来する。沈みゆく月の光が梁を照らす情景に、離れていても変わらぬ友への思いを託した表現である。
猿猴捉月は、猿が水面に映った月を捕らえようとして溺れ死んだという仏典の故事に由来する四字熟語である。己の身の程をわきまえず、無謀な欲望に駆られて危険な行動に及ぶことで、自ら災いを招き、身を滅ぼすことを喩えている。
猿猴取月は、猿たちが井戸の水面に映った月を取ろうとして互いの手足や尾を繋ぎ、木からぶら下がった末に枝が折れ、溺れ死んだという『僧祇律』の故事に基づく四字熟語である。実現不可能なことを企てて、かえって自らを危険に陥れる愚かさの喩えとして用いられる。「猿猴月を捉う」とも言い、同義語に猿狗捉月がある。
雲心月性とは、清らかな雲のように何ものにもとらわれない心と、澄み切った月のように穢れのない本性を表し、世俗の名誉や利益に執着せず、超然としている境地を指す。
「雲壌月鼈」は、天と地、月とすっぽんのように、比較にならないほど大きくかけ離れている様子を表す四字熟語である。「雲壌」は天と地を、「月鼈」は月とすっぽんを指し、両者の隔たりがあまりにも大きいことを強調する。同様の表現に「雲泥」があり、「月鼈雲泥」ともいう。
一竿風月とは、釣り竿を手に風や月を愛でる風流な暮らしを指し、俗世間の煩わしさから離れて自然に親しみ、心ゆくまで人生を楽しむ悠々自適の境地を表す。