日脚とは、太陽が天空を移動する様子やその速度を指す。また、日の出から日没までの時間、すなわち昼間の時間の長さを表すこともある。
立脚とは、ある考えや行動のよりどころとなる立場や根拠を定めることを指す。特定の状況や事実を基盤として、それに依拠して判断や主張を展開する際に用いられる表現である。
注脚とは、本文中に小さな文字で二行に分けて挿入される注釈のことを指します。割り注とも呼ばれ、その形状が脚(あし)に似ていることからこの名がつきました。主に語句の由来などを記す際に用いられる形式です。
雨脚とは、雨が降る様子を表す語で、特に雨が移動していく様や、降る雨が線のように見えるさまを指す。雨が遠ざかっていく状態を「雨脚が遠のく」と表現したり、激しく降る雨が白く見える様子を「雨脚が白く激しい」と表現したりする。また、「あめあし」と読むこともある。
飛脚とは、主に江戸時代に発達した通信・運送制度において、書状や金品などを遠方へ届けることを職業とした人々を指す。急ぎの用件を伝える使者としての役割も担い、街道を駆け抜けて情報や物資を運ぶことで、当時の社会における重要な連絡手段を支えていた。
片方の足を指す語で、両足のうちの一方のみを意味する。また、身体の特徴として片足しかない状態を表す場合にも用いられる。
足が丈夫でよく歩けることを指し、長距離を歩く能力や体力に優れている様子を表す。
脚色とは、小説や実事などの素材を、演劇や映画など舞台やスクリーンで上演可能な脚本へと作り替えることを指す。また転じて、実際の出来事に誇張を加えたり虚構の要素を織り交ぜたりして、話をより面白く仕立てる行為をも意味する。
演劇や映画などにおいて、俳優の台詞や動作、舞台装置、演出上の指示などを記した文書。シナリオや台本と同義であり、上演や撮影の基礎となる。
脚力とは、歩行や走行など移動する際に発揮される足の筋力や持久力を指す。特に長距離を歩く能力や、速く走るための力を意味し、身体能力の基礎として捉えられる。
舞台の前方下部から役者を照らす照明を指す。転じて、世間の注目を集めることを意味し、多くの場合「脚光を浴びる」の形で用いられる。
脚結(あゆい)は、古代の男性が袴を着用する際に、動きやすさを考慮して膝頭の下で結んだ紐を指す。手結(たゆい)とも呼ばれ、「足結」と表記されることもある。
船脚とは、船の進む速度を指す。また、船体が水中に沈んでいる部分、すなわち喫水の深さを表すこともある。
脚気は、ビタミンB1の欠乏によって引き起こされる疾患で、主に倦怠感や手足のしびれ、むくみなどの症状を呈する。かつては夏季に発生しやすい傾向があった。
二本の小型梯子の上部を蝶番で連結し、使用時に八の字形に開いて自立させ、低い場所の作業に用いる踏み台。
脚絆は、主に旅行や作業の際に用いられた布製の装具で、すねに巻きつけて足を保護し、動作を容易にするものである。ゲートルに類するもので、かつて広く使われた。
櫓脚とは、舟を漕ぐ際に櫓の水中に浸かる部分を指す。また、櫓で舟を進めた後に水面に残る波紋や水の動きを表すこともあり、この場合「艪脚」と表記されることもある。
キバチ科に属する蜂の総称で、雌は尾端に針状の産卵管を持つ。この産卵管を樹幹に刺し込んで産卵し、幼虫は針葉樹を食害する。産卵後に産卵管が抜けず、あたかも一本脚で立っているように見える様子から「独脚蜂」の字が当てられた。「樹蜂」とも表記する。
脚線美とは、主に女性のすらりと伸びた足の曲線が醸し出す美しさを指す言葉である。
鉄脚梨はバラ科の落葉低木である木瓜(ぼけ)の漢名に由来する名称である。
豹脚蚊はカ科の昆虫の総称で、その名は脚に豹のような斑紋があることに由来する。藪蚊とも呼ばれる。
鴨脚樹はイチョウ科の落葉高木を指す語で、その読みは「いちょう」である。漢名「鴨脚」に由来し、葉の形状が鴨の水かきに似ていることからこの名が付けられた。同義語として「銀杏(いちょう)」が用いられる。
脚下照顧は、足元を照らし顧みることを意味する四字熟語で、身近な事柄に細心の注意を払うことを表します。禅語に由来し、自己の本性を見つめよという教えを含み、転じて日常の些細な事柄にも気を配るべきことを示唆しています。
雲水行脚とは、禅僧が修行のために一つの場所に定住せず、雲や水のように流転しながら諸国を巡り歩くことを指す。行脚は徒歩による旅を意味し、この言葉は僧侶が各地を遍歴し、実践を通じて悟りを深める修行の姿を表している。
有脚陽春とは、春が足を持って歩き回り、あらゆる場所に温かさと恵みをもたらすように、為政者が仁徳を施し、広く人々に恩恵を行き渡らせることを意味する。唐代の名臣・宋璟の善政を称えた故事に由来する四字熟語である。
二人が互いの片足を結び合わせて三本の足のようにして歩く競技から転じて、複数の者が緊密に協力し合い、一つの目標に向かって共同で物事を進めることを指す。特に、互いの歩調を合わせ、責任を分かち合いながら協働する様子を表す。