一過とは、物事が短時間で通り過ぎることを指す。特に、台風や嵐などの自然現象がさっと通り過ぎて、その後は穏やかな状態になるような場合に用いられる表現である。
大過とは、重大な過ちや失敗を指す言葉である。特に、判断や行動において生じた深刻な誤りを意味し、日常の些細な過失である小過と対比される。これまで大過なく過ごしてきたという表現は、大きな失敗をせずにここまで来たという意味合いを持つ。
悔過とは、自らの過ちを認め、それを悔い改めることを指す。仏教用語としては「ケカ」と読み、懺悔を通して罪障を清める行為を意味する。
看過とは、過失や不正などを大目に見て、あえて咎めずにそのままにしておくことを指す。また、注意が行き届かずに見過ごしてしまうという意味でも用いられる。
通過とは、ある場所や地点を経由して通り過ぎることを指し、特に列車などが停車せずに通り過ぎる場合に用いられる。また、審査や議決などを無事に経て、次の段階へ進むこと、例えば議案が議会で可決されることも意味する。
時間が過ぎ去ること、またその過程を指す。さらに、時間の推移に伴って物事が次第に変化していく様子や、その成り行きを意味する。例えば、病状や事態の移り変わりを観察する場合などに用いられる。
超過とは、時間や数量などが定められた限度を超えることを指す。例えば、所定の労働時間を超える超過勤務や、予算の枠を超える支出などに用いられる。反対の概念としては、不足や未満が挙げられる。
過客とは、通り過ぎて去っていく人のことを指し、旅人や行き交う人々を意味する。また、訪れてくる客人を指す場合もある。
過小とは、実際の程度や規模よりも小さく評価したり扱ったりすることを指す。適切な水準を下回る状態を表し、過大の対義語として用いられる。
度合いが通常の範囲を超えて、極めて激しいさまを指す。思想や行動、表現などが常軌を逸し、穏健さを欠いている状態を表す。
過少とは、必要な量や程度に満たない状態を指す。過度に少ないこと、あるいは不足している様子を表し、過多の対義語として用いられる。
過言とは、実際よりも誇張した表現や言い過ぎを指す言葉で、主に「~と言っても過言ではない」という否定形の慣用表現で用いられる。
過剰とは、適切な限度を超えて多すぎる状態を指し、必要とされる量や程度を上回っていることを意味する。
過信とは、自分自身や他者の能力・力量を実際以上に高く評価し、必要以上に信頼を寄せることを指す。例えば、自身の体力を過信して無理をすると、思わぬ失敗を招くことにもなりかねない。
過疎とは、ある地域において人口が極端に少なくなり、社会活動の維持が困難な状態を指す。特に地方において、人口の著しい減少により、地域社会の機能が低下している状況を表す。
過酷とは、程度を超えて厳しい様子を指し、通常の範囲をはるかに超えた苛烈さや厳しさが伴う状態を表す。労働や環境、条件などに対して用いられ、耐えがたいほどの過度な負荷や困難が含意される。
過言とは、実際よりも大げさに表現したり、実際以上に評価したりすることを指す。言い過ぎという意味合いを含み、例えば「彼の功績は計り知れないと言っても過言ではない」のように用いられる。
過怠とは、過ちや怠りを意味し、主に過失や不行き届きを指す。また、そのような過失に対する償いとして支払われる金銭、すなわち過怠金のことを指す場合もある。
過大とは、程度や規模が適切な範囲を超えて大きいことを指す。物事の評価や期待、負担などが実際よりも大きく見積もられたり、必要以上に拡大されたりする状態を表す。
過ぎ去った日、この間のことを指す。主に手紙文など改まった場面で用いられ、先日を意味する表現である。
物事が始まってから終わるまでの、時間の経過とともに変化・進行していく一連の段階や経路を指す。
程度や分量が適切な範囲を超えている様子を指す。物事の行き過ぎた状態を表し、通常は好ましくないニュアンスを伴う。
全体の半分を超える数量や割合を指す。全体の大部分を占める状態を表す際に用いられる。
外部からの刺激に対して必要以上に敏感に反応する状態を指し、特に神経が鋭敏すぎる様子を表す。
過分とは、その人の身分や能力、状況などに照らして適切とされる程度を超えている様子を指します。報酬や待遇などが、本来受け取るべき範囲を越えて多い場合に用いられ、しばしば「過分な」の形で名詞を修飾します。
過密とは、人口や交通機関などが一定の地域や時間帯に集中しすぎている状態を指す。特に都市部における人口の過度な集中や、列車の運行本数が多すぎて接近しすぎているダイヤ編成などに用いられる。これは、逆に人口が少なすぎる状態を表す「過疎」と対をなす概念である。
過料とは、行政上の法令違反に対して課される金銭の負担を指し、刑事罰である科料とは区別される。行政罰の一種であり、刑罰ではないため、「あやまちりょう」とも読まれる。
過労とは、過度の労働によって心身の疲労が蓄積した状態を指す。長時間にわたる過重な業務や休養の不足が原因となり、健康を損なう場合もある。
罪過とは、道徳や法に背き、犯すべきではない過ちや過失を指す言葉である。
液体や気体を多孔質の材料を通すことで、中に含まれる固体の不純物や異物を分離して取り除く操作を指す。例えば、雨水を濾過して清浄な水を得る場合などに用いられる。
ある状態から別の状態へと移り変わる途中の段階を指し、新たな体制や様式が未だ定着していない時期を表す。例えば、少年期から成人期への移行過程などがこれに当たる。
過ぎたることと及ばないこと。ちょうどよい状態から外れて、多すぎたり少なすぎたりすることを指す。
過保護とは、子供や目下の者に対して、成長や自立を妨げるほどに必要以上に世話を焼き、甘やかすことを指す。
皮膚が他の物体に擦れて生じる浅い傷のことで、転倒した際などにできる擦り傷を指す。
騏驥過隙とは、優れた駿馬が戸の隙間を一瞬で駆け抜けるように、時間の経過が極めて速く、人生のはかなさや短さをたとえた四字熟語である。『荘子』に由来し、わずかな隙間を通り過ぎる様から、瞬時の出来事や寿命の短さを表現する。
過剰防衛とは、不当な暴行を受けた際に、正当な範囲を超えて腕力や武器などで反撃する行為を指す。
過小評価とは、物事の真の価値や能力を実際よりも低く見積もることを指す。対象の実力や重要性を十分に認識せず、軽んじて判断する様を表す。
過ちを改め、自らを新たにすることを意味する。過去の誤りを素直に認め、心を入れ替えてより良い人間として生き直そうとする姿勢を表す。
雲烟過眼とは、雲や霞が目の前を通り過ぎるように、物事が一瞬で過ぎ去り、心に留め置かれない様子を表す。また、富や名声などが儚く消えやすいことを喩えることもある。