十徳とは、近世に漢学者や絵師、医者などが着用した衣服で、素襖に似た羽織のような形態をしている。
大徳とは、仏や仏陀を指す語である。また、徳行が高く尊敬される僧侶の呼称として用いられ、広く僧一般を指すこともある。さらに転じて、財産を豊かに持つ人、富裕な人を意味する場合もある。「だいとく」と読む。
不徳とは、道徳に反する行いや、人としての徳を欠いた状態を指す。また、自らの徳の不足を謙遜して述べる場合にも用いられる。
功徳とは、仏教において善行を積むことで得られる福徳のことであり、来世での幸福や悟りへの道筋をもたらすとされる。また、神仏の加護や恩恵によって現世にもたらされる利益を指すこともある。
余徳とは、先人の優れた徳行によって子孫や後世にまで及ぶ恩恵のことであり、また、豊かさが余り、周囲にまで広く恵みをもたらすことを指す。
高徳とは、人として備えるべき徳が特に優れて高いことを指し、そのような立派な徳を身につけた人物をも意味する。
淑徳とは、女性が備えるべき上品で慎み深い徳性を指す。主に礼儀正しく穏やかな振る舞いや、内面の優しさと品格を兼ね備えた女性の美徳を表す言葉である。
人の優れた行いや立派な徳を広く世に知らしめることを意味し、特にそのような美徳を称えるために建てられた碑を彰徳碑と呼ぶ。
徳行とは、道徳に従った立派な行いを指す。特に、高い倫理観を持った人物の善き行為や、人として守るべき正しい振る舞いを意味する。
徳政とは、民に恩恵をもたらす善政を指す。また、中世日本において発布された徳政令の略称としても用いられ、これは一定期間内の債務の帳消しを命じた法令を意味する。
道徳を堅く守り通す心の持ちようを指し、節操を貫く確固たる精神のあり方を表す。
徳俵とは、相撲の土俵において、東西南北の四隅に位置する俵のうち、本来の土俵の枠から一俵分だけ外側にずらして設置されたものを指す。
徳望とは、優れた人徳を備え、周囲の人々から自然と尊敬や信頼を集めることを指す。また、そのような人物に対して寄せられる高い評価や慕われる様子も意味する。
徳利とは、主に陶器製で細長く口の狭まった酒器を指す。また、その形状が水中で容易に沈むことに由来し、泳げない者を喩える表現としても用いられる。
故人が生前に積んだ徳や恩恵が、その死後もなお人々の記憶に残り、慕われることを指す。
乾徳とは、常に努力を怠らず前進を続ける立派な徳性を指す。また、天子や君主が備えるべき徳としての意味もあり、坤徳と対をなす概念である。
坤徳とは大地が万物を育む力を指し、また皇后の徳行を表す。転じて、女性の持つべき徳性や品性を意味し、婦徳や女徳と同義に用いられる。対義語として天の徳を表す「乾徳」がある。
道徳に背くこと。社会の規範や倫理に反する行為や態度を指し、特に人として守るべき徳を損なうことを意味する。
年を重ねて徳行が高く、人々から尊敬される老人を指す。特に学識と人格に優れ、社会において模範とされる高齢者をいう。
人の功績や徳をたたえ、称えることを指す。特に、そのような称賛の意を記念として碑文などに刻む場合に用いられる。
碩徳とは、広く深い徳行を指し、特に優れた徳を備えた人物を称する語である。仏教の文脈では、高潔な品性と深い教養を兼ね備えた高僧を指して用いられることも多い。
非常に優れた徳行を指し、特に女性の気高く立派な品性や人格を称える言葉として用いられる。
随徳寺は、後始末を顧みずに姿を消すことを意味する。語源は「ずいと行く(さっさと立ち去る)」という表現を、寺の名前に掛けた洒落に由来する。例えば「一目山随徳寺」のように用いられる。
ドロバチ科に属する蜂の総称で、泥を用いて徳利に似た壺形の巣を作ることからこの名がある。
人を弄ぶことは道徳を損なうという意で、他者を軽んじたり嘲ったりする行為は、結局は自らの人徳や信用を失う結果に繋がることを戒めた故事成語。『書経』に由来する。
歌功頌徳とは、人の功績や徳行を褒め称え、それを詩歌や文章などに表してたたえることを意味する。特に、為政者や権力者の業績を過度に賛美する場合に用いられることが多い。
一飯之徳とは、わずかな恩恵や小さな施しを受けたことに対する感謝の気持ちを表す四字熟語である。たとえ一杯の飯のような些細な恩義であっても、それを忘れずに報いるべきだという教訓を含んでおり、人としての道義や礼節を重んじる姿勢を示す言葉として用いられる。
報恩謝徳とは、受けた恩恵や徳に対して感謝の念を抱き、それに報いようとする心構えを指す四字熟語である。漢文訓読では「恩に報ひ徳に謝す」と読み、「報恩」は恩に報いる行為を、「謝徳」は恩徳に対して感謝することをそれぞれ意味する。