両親とは、一人の人間に対して、その人を生み育てた男女、すなわち父と母の両方を指して言う語である。
血のつながりが特に近い親子や兄弟姉妹を指し、またそのような近しい血縁関係そのものを表す語である。
親愛とは、人に対して深い親しみと愛情を抱いている様子を指す。特に親密な関係にある者同士の温かい感情や、心から慈しむ気持ちを表す言葉である。
血縁によって結ばれた人々の総称を指す。上代には「うがら」と発音され、「から」は血族集団を意味する語である。現代では「しんぞく」と読まれることが多い。
国家元首や要人を直接護衛することを指し、特にその任務を担う組織や部隊を指して用いられる。
親方とは、職人や奉公人などの集団を統率する長を指す。また、相撲の世界においては、年寄りに対する敬称として用いられる。
親権とは、未成年の子の監護や教育など、その福祉を図るために親が有する権利と義務の総称を指す。特に離婚の際には、父母のいずれかがこれを単独で行使することが問題となる。
他人の両親を敬って言う語で、主に会話の中で「親御さん」の形で用いられる。
親書とは、自ら筆を執って書く手紙を指す。特に、国家元首や首相などが公式にしたためる書簡を意味し、外交儀礼において重要な役割を果たす。
君主がみずから軍勢を率いて戦地に赴き、敵を討ち平らげることを指す。
君主が摂政や関白などの補佐を介さずに、自ら直接政務を執り行うことを指す。また、そのような政治の形態そのものも意味する。
親藩とは、江戸時代において徳川将軍家の親族が治めた藩を指す。特に尾張・紀伊・水戸の三家は御三家と称され、将軍家に嗣子がない場合の後継候補として重要な地位を占めた。これらの藩は譜代大名や外様大名とは区別され、幕府の権力基盤を支える役割を担った。
本人が自ら書いた筆跡を指し、特に身分の高い人物の直筆をいうことが多い。
親補とは、明治憲法下において、天皇が直接に任免権を有する特定の官職を指す。主に参謀総長や軍司令官など、重要な軍事上の地位がこれに該当した。
親睦とは、人と人とが互いに親しみ合い、打ち解けて仲良くすることを指す。特に、組織や集団の成員同士が交流を深め、良好な関係を築く際に用いられる表現である。
親疎とは、人との関係において親密である状態と疎遠である状態の両方を指し、またそのような関係にある人々のことを表す。
親身とは、血縁関係が近い者や身内を指すほか、肉親のように深い愛情や配慮をもって接する様子を表す。特に、他人に対しても心から親切に思いやり、真剣に世話を焼いたり相談に乗ったりする態度をいう。
親密とは、人と人との間柄が非常に近しく、心の通い合った親しい関係にあることを指す。互いに深い信頼と理解があり、隔てなく付き合えるような緊密な結びつきを表す。
親展とは、封書の宛名の脇に記す脇付けの一つで、この手紙は宛名人自身が開封することを希望する旨を示す語である。「親」は自ら、「展」は広げて見る意で、親披ともいう。
互いに心を開き、深い信頼と親密さで結ばれた友人を指す。単なる知り合いを超え、長年の付き合いや苦楽を共にした特別な関係を表す。
親任とは、明治憲法(大日本帝国憲法)下において、天皇が直接行う最高位の官吏任命行為を指す。内閣総理大臣や国務大臣、枢密顧問官など、特に重要な官職に対してこの形式が用いられた。
懇親とは、互いに心を開いて親しく交わり、打ち解けた関係を築くことを指す。主に公式の場を離れた親睦の機会を意味し、「懇親会」などの形で用いられる。
親父とは、まず自分の父親を親しみを込めて呼ぶ語である。また、中年以上の男性に対して親しみや、場合によっては軽蔑の意を込めて用いられることもある。さらに、飲食店などの主人や職場の上司など、ある集団の長を親しみを込めて呼ぶ際にも使われる。
親しく打ち解けて、互いに隔てなく付き合う様子を指す。特に親密で心の通い合った間柄を表す際に用いられる。
親子丼は、鶏肉と玉子を甘辛く煮てとじた料理を丼飯に載せた日本の定番料理である。名称は、鶏肉(親)と玉子(子)という食材の関係に由来する。略して「おやこどん」とも呼ばれる。
親不知とは、生みの親を知らない状態、あるいはその人のことを指す。また、最も遅く生えてくる第三大臼歯を指し、親不知歯の略称として用いられる。さらに、親子が互いを顧みる余裕もないほど荒れ狂う危険な海岸の様子を表し、「親不知子不知の難所」という表現で用いられることもある。
歌舞伎における役柄の一つで、主に年配の男性を演じる役を指します。親仁役とも呼ばれ、人生経験を積み重ねた風格や威厳を備えた人物像を表現するのが特徴です。
軻親断機は、中国の故事に由来する四字熟語で、孟子の母が織機の糸を断ち切って、学業を途中で放棄することの愚かさを息子に諭した逸話を指す。転じて、教育の厳しさや、物事を途中で投げ出すことへの戒めとして用いられる。
瓜葛之親とは、瓜や葛の蔓が絡み合うように、遠縁ながらも互いに繋がり合う親戚関係を指す。これらの蔓植物が互いに巻き付き合う様子を、血縁や姻戚による複雑な縁故関係に喩えた表現である。
怨親平等とは、敵対する者と親しい者を区別せず同等に扱うことを意味する四字熟語である。仏教に由来する言葉で、恩讐を超えて全ての人を平等に救済するという思想を表している。
内疎外親とは、内心では相手を疎んじながらも、表面上は親しげに振る舞うことを指す四字熟語である。「内」は心の内側、「外」は外に表れる態度を意味し、「疎」は遠ざけたいと思う気持ち、「親」は親密に接することを表す。つまり、本心では距離を置きたいと思いながらも、外面では親密さを装う様をいう。
灯火可親とは、灯りの下で読書をするのに適した秋の夜長を表す四字熟語です。灯火が温かく親しみやすいものに感じられる、秋の夜の静かで落ち着いた雰囲気を指し、読書や思索にふさわしい時を意味します。
骨肉之親とは、親子や兄弟など血縁によって結ばれた近しい身内を指す四字熟語である。肉と骨が切り離せないように、深く密接な関係にある親族を意味し、『呂氏春秋』に典拠を持つ。