「ひととき」は、ある短い時間の区切りを指し、その間だけ続く状態や、過去のある短い期間を表す。
寸時とは、ほんのわずかな時間を指す。寸刻や寸秒と同様に、極めて短い時間の経過を表す表現である。
少時とは、幼い頃の時期を指す。また、わずかな時間、しばらくの間という意味でも用いられる。「小時」と表記することもある。
片時とは、ほんのわずかな時間、短い間を意味する。一時の半分という由来から、非常に短い時間のたとえとして用いられ、恩を忘れないことや、ほんの少しの隙を表す表現に使われる。
四時とは、一年における春・夏・秋・冬の四つの季節を指し、四季と同義である。また、一日を区分した朝・昼・夕・夜の四つの時間帯を意味することもある。
平時とは、特別な事態や異常な状況が生じていない通常の状態を指す。戦争や災害などがなく、平穏な日常が続いている時期を意味し、常日頃の生活や活動が営まれている状況を表す。
時間を特定せずに尋ねる疑問詞で、ある時点や時期が不明確な場合に用いられる。
時運とは、その時々の巡り合わせや運勢を指し、時代の流れや趨勢をも意味する。個人や社会の盛衰は、この時運に大きく影響されるものである。
時価とは、ある時点における市場での取引価格を指し、商品や資産のその時々の相場に基づく値段を表します。特に株式や不動産、美術品など、市場環境によって価格が変動するものについて用いられます。
ある事柄にふさわしい季節や、特定の活動が盛んに行われる時期を指す。食材や風物詩などが最も良い状態で楽しめる時候を表す際にも用いられる。
物事を行うのに適した特定の時点や期間を指し、また季節や機会を表す。行動を起こすべき適切なタイミングや、ある事象が起こる特定の期間を示す際に用いられる。
ある行動を起こすのに最も適した瞬間や状況を指し、物事がうまく運ぶための絶好の機会を意味する。
時宜とは、物事を行うのに最も適した時期や機会を指し、時機に適っている状態を表す。ちょうどよい頃合いや状況を捉えて行動することが求められる場面で用いられる。
時雨は晩秋から初冬にかけて、時折さっと降ってはやむ小雨を指す。通り雨のように突然訪れ、しとしとと降るうちに、冬の訪れを告げる趣深い気象現象である。
時世とは、移り変わる世の中、あるいはその時々の社会のありさまを指す。時代の流れや、その時代特有の状況や風潮を表す語である。「ときよ」と読む場合には、特にその時代の風潮や気風を意味することがある。
時限とは、定められた時間の範囲や区切りを指す。例えば、爆弾の作動や法律の適用など、特定の期間に限って効力を持つ事柄に用いられる。また、学校などで授業の時間割を区切る単位としても使われ、一日のうちの授業の順番を示す場合がある。
時節とは、季節や時候を指す言葉であり、新緑の頃などの自然の移ろいを表す。また、物事を行うのに適した機会や時機という意味も持ち、好機到来といった表現に用いられる。さらに、時世や世の中の情勢を意味し、時代の流れや状況を弁えるという文脈で使われることもある。
時好とは、ある時代に広く受け入れられる趣味や傾向を指し、その時代の人々の好みや流行を表す。時代の風潮や時流とほぼ同義で用いられ、特に「時好に投じる」などの表現で、その時々の好みに巧みに合わせる意味を成す。
時速とは、速度を表す単位の一つで、一時間当たりに移動する距離を示すものである。例えば、時速100キロメートルとは、一時間に100キロメートル進む速さを意味する。
時効とは、法律において一定の期間が経過することにより、権利の取得や消滅が生じる制度を指す。また、転じて、長い年月を経て事柄の効力や約束が失われることを意味する場合もある。
時間の流れの中における特定の瞬間や局面を指し、物事の状態や状況を捉える際の基準となる時を表す。
時分とは、大まかな時間や時期を指し、過去のある時期を漠然と示す場合に用いられる。また、物事を行うのにふさわしい機会や頃合いを意味することもある。
その時代に特有の弊害や悪習を指す言葉で、社会や制度において当時広く見られる欠陥や問題点を意味します。
時流とは、ある時代における社会一般の風潮や流行、人々の考え方や行動の大勢を指す。時代の趨勢や潮流を意味し、これに乗ることで物事が順調に進むこともある。
時論とは、時事問題に関する議論や考察を指すとともに、その時代の世間一般の意見や世論をも意味する語である。
適当な機会を捉えて行うさま、また必要な際にはいつでも対応できるさまを表す。折に触れて実施する場合と、要求があれば即座に対応する場合の両方の意味を含む。
零時とは、一日の始まりを示す時刻であり、午前零時を指す。また、正午を指して用いられることもあり、その場合は午後零時を意味する。
ちょうどよい時機。状況にふさわしい時を捉えて行うさま。
潮時とは、海水の満ち引きが起こる時刻を指す。転じて、物事を行うのに最も適した機会や時期を意味し、好機や時機と同義で用いられる。例えば、行動を起こすべき絶好の瞬間や、状況の変化に応じた判断のタイミングを表す際に使われる表現である。
瞬時とは、非常に短い時間のことで、瞬きをするほどのわずかな間を指す。物事が極めて短い時間内に起こったり終わったりする様子を表し、瞬間と同義である。
時偶とは、頻繁ではないが、ごくまれに起こることを表す。時間の間隔が不規則で、予測できないような稀な生起を示す。
時辰とは、時間や時刻を指す語である。また、時計の古称である時辰儀を略した呼び方としても用いられる。漢字の「時」と「辰」はいずれも時の意を持つことから成る語である。
不時着とは、航空機が故障や事故などの緊急事態により、予定されていない場所や時刻にやむを得ず着陸することを指す。
定時制とは、通常の昼間の時間帯ではなく、夜間や特定の季節など、限られた時間帯に授業を行う教育制度、またはその課程を指す。主に働きながら学ぶ者などのために設けられている。
時雨煮は、蛤などの貝のむき身に生姜や山椒などの薬味を加えて甘辛く煮詰めた佃煮の一種である。
歳時記とは、一年の自然現象や行事などを解説した書物を指す。また、俳諧歳時記の略称として、俳句の季語を季節順に分類し、解説と例句を添えた季寄せの書物をも意味する。
大禍時とは、日が暮れて薄暗くなる時刻を指す言葉で、逢魔が時とも呼ばれる。災いや魔物が現れやすいとされる時間帯であることに由来する。
斎非時とは、僧侶の食事を指す語である。特に、午前中に摂る正式な食事を「斎」、午後に摂る軽い食事を「非時」と呼んだことに由来し、転じて法要の際に僧侶に供される食事全般をも意味する。
一時流行とは、ある事柄や現象が短い期間だけ世間の注目を集め、広く受け入れられるが、すぐに廃れてしまうことを指す四字熟語である。
「一日片時」は、わずかな時間や短い時間のことを指す四字熟語です。『観智院本 三宝絵』に用例が見られ、一日の中のほんの一時、転じて非常に短い時間のたとえとして用いられます。
一時名流とは、ある時代に限って名士として知られた人物を指す。『世説新語』「品藻」に見える語で、真に時代を超えて評価される人物とは異なり、その時代だけの名声に留まる者をいう。
臨命終時とは、人がこの世の命を終えようとするその瞬間を指す仏教用語である。特に浄土教においては、阿弥陀仏の本願に基づき、念仏を唱える者が臨終の際に阿弥陀仏と聖衆に迎えられて極楽浄土へ往生するという、重要な契機とされる時を意味する。『阿弥陀経』などに説かれる。
「旁時掣肘」は、『呂氏春秋』「具備」篇に由来する四字熟語で、物事を行う際に、傍らから余計な干渉をして邪魔をすることを意味する。他人が仕事をしている最中に、横から手出しをしたり、あれこれと指図をしたりして、その進行を妨げる様子を表す。
二六時中とは、一日中、絶え間なく続く様子を表す四字熟語である。かつての時間の数え方で、昼夜それぞれを六つの刻(とき)に分けたことに由来し、転じて常に、いつもという意味で用いられる。