末尾とは、物事の終わりに位置する部分を指す。例えば、文章や数字列の最後の箇所をいう。
鳥の尾の部分にある長い羽を指す語で、特に飛翔や方向転換に関わる重要な役割を担う。
尾花とは、動物の尾の形に似ていることから名付けられたススキの花穂のことを指し、秋の七草の一つとして知られる。
尾能とは、能楽の一日の演目の中で最後に上演される能を指す。五番目物とも呼ばれ、通常は鬼や天狗など力強い登場人物が活躍する豪快な演目が選ばれる。表記は「切能」と書くこともある。
尾行とは、特定の人物の後方から密かに付き従い、その行動を観察・監視することを指す。特に捜査機関が容疑者などの動向を探るために行う、気づかれないよう注意を払った追跡行為を意味する。
尾骨は脊柱の最下部に位置し、三から五個の椎骨が癒合して形成された三角形の骨を指す。骨盤の後方を構成する一部であり、尾骶骨や尾閭骨とも呼ばれる。
尾錠とは、チョッキやベルトなどの衣服に取り付け、左右の端を引き寄せて固定するための金属製の留め具を指す。バックルやしめがねとも呼ばれ、特に尾錠金(びじょうがね)としても知られる。
自動車やオートバイなどの後部に取り付けられ、夜間や視界不良時に後続車両に対して自車の位置や幅を示すための赤色または橙色の灯火装置を指す。テールランプとも呼ばれる。
飛行機の胴体後部に取り付けられた翼状の構造物で、水平尾翼と垂直尾翼から構成される。飛行中の機体の安定性を保ち、方向や姿勢の制御に重要な役割を果たす。
尾籠(びろう)は、人前で口にするのをためらうような、下品で不潔な様子を表す。もとは「おこ(尾籠)」と読み、無礼な振る舞いを指したが、次第に聞くに堪えない卑猥な話題や、みだらな言動を形容する語として用いられるようになった。
列や行列などのうしろの部分を指す語で、特に最後尾の位置を表す。
首尾とは、物事の始まりと終わりを指し、転じて事の経緯や結果をも意味する。文章の構成や物事の進行において、初めから終わりまでの一貫した流れや結末を表す際に用いられる。
語尾とは、言葉の末尾の部分を指す。発話において、特に文節や語の終わりの音や形態に注目する際に用いられる。また、文法においては、用言の活用によって変化する部分を指し、語幹に対する概念として捉えられる。例えば、「書く」という動詞における「く」のような部分がこれに当たる。
尾籠(おこ)は、非常に愚かで道理に合わない様子、あるいはばかばかしい事柄を指す語である。「尾籠の沙汰」などの形で用いられ、そのような行為や状態を表す。漢字表記としては「痴」や「烏滸」を当てることもある。なお、「尾籠」は当て字であり、「びろう」と読む場合は別の意味となる。
尾鰭は魚の尾びれを指す語であるが、転じて本来の物事に余分に付け加わった部分や、話などに付随して生じる余計な付け足しを意味する。例えば「話に尾鰭が付く」とは、伝聞が伝わる過程で本来の内容に誇張や虚構が加えられていく様を表す。
魚類などの体の後端に位置するひれを指す。推進や方向転換など遊泳時の運動に関わる重要な器官である。読みが「おひれ」の場合は別の語となる。
「鳩尾」は「みぞおち」と同義で、胸骨の下端にあるくぼんだ部分を指す。また、「鳩尾の板」の略称としても用いられる。
アヤメ科の多年草で、中国原産である。剣形の葉を持ち、晩春に紫色や白色のアヤメに似た花を咲かせる。漢名「鳶尾」に由来し、「一八」とも表記される。かつては葉の形状が剣を連想させることから火災除けの俗信があり、茅葺屋根に植えられることもあった。
麈尾は、獣の毛を束ねて柄に取り付けた仏具で、払子とも呼ばれる。その由来は、「麈」が大鹿を指し、群れを率いる大鹿の尾の動きに他の鹿が従う習性にちなみ、教主に従う教徒の象徴として、その尾の毛を用いて作られたとされる。
驥尾とは、優れた人物の後ろに付き従うことを意味する。駿馬の尾に付くことで速く走れるという故事に由来し、優れた人に従ってその力を借りることを指す。
物事が順調に進み、好ましい結果に至ること。また、そのような状態を指す。
不首尾とは、物事が期待した通りに進まず、好ましくない結果に終わることを指す。また、周囲からの評判や受けが悪くなる状況も表す。語源は、物事の始まりと終わりが一貫しないことに由来する。
牛尾魚はコチ科の海魚で、暖かい海の砂底に生息する。体は上下に平たく、頭部と口が大きく、尾は細いのが特徴である。食用として利用され、夏の季語としても用いられる。漢名に由来する「牛尾魚」の表記のほか、「鯒」や「鮲」とも書かれる。
ユリ科のつる性多年草で、山野に自生する。夏に黄緑色の小花を球状につける。若芽は形状も風味もアスパラガスに似ており、「山菜の女王」と称されるほど美味である。漢名の「牛尾菜」は、その若芽が牛の尾に似ていることに由来する。
枯尾花は、枯れたススキの穂を指す語である。ススキの穂はその形状から「尾花」とも呼ばれるが、特に枯れた状態のものを「枯尾花」と表現する。
馬の尾から採られる長くて丈夫な毛を指し、主に織物の素材や釣り糸の材料として用いられる。
馬尾藻(ほんだわら)は、褐藻類ホンダワラ科に属する海藻で、浅海の岩場に生育する。よく枝分かれし、米俵のような形状の気泡を多数つけるのが特徴である。正月の飾りや飼料、食用として用いられる。別名をホダワラともいい、漢名に由来する名称である。また、「神馬藻」と表記されることもある。
鹿尾菜はホンダワラ科の褐藻類で、沿岸の岩場に生育する海藻である。茎は円柱状で細かく枝分かれし、乾燥させて食用とする。漢名に由来する表記で、「羊栖菜」とも書く。
がらがらへびは、クサリヘビ科に属する毒蛇で、南北アメリカの乾燥した草原や砂地に生息する。尾の先端には脱皮の際に形成された角質の環が連なっており、外敵が近づくとこれを激しく振るわせ、威嚇音を発する習性を持つ。
尾長鶏は日本原産の鶏の一品種で、特に雄の尾羽が極めて長く伸びる特徴を持つ。その尾羽は成長すると八メートルに達することもあり、優雅な姿から観賞用として珍重される。国の特別天然記念物に指定されており、長尾鶏(ながおどり)や長尾鳥(ちょうびちょう)とも呼ばれる。
イネ科の一年草で、道端などに自生する。夏に緑色の花穂をつけ、その形状が子犬の尾に似ていることから「狗尾草」の名がついた。別名をネコジャラシともいう。
燕尾服とは、男性が公式の夜会などで着用する洋装の礼服の一種である。上着の後ろが二つに分かれて長く垂れ下がっており、その形状がツバメの尾に似ていることからこの名が付けられた。
アヤメ科の多年草で、漢名の「鴟尾草」に由来する。鳶尾(いちはつ)とも呼ばれる。
銜尾相随とは、馬が前の馬の尾を口にくわえて列をなし、続いて行く様子を表す四字熟語です。転じて、多くの人や動物が列をなして連なり、絶えることなく続くさまを指します。『漢書』「匈奴伝」に由来し、集団の連続した動きや、物事が途切れることなく連なって続く様を形容する際に用いられます。
高い地位について束縛されるよりも、たとえ貧しくとも自由な生活を送るほうがよいというたとえ。荘子が、死んで占いに使われて尊ばれる亀と、泥の中をのんびりと這い回って生きる亀とを比べ、後者を選ぶべきだとして仕官を断った故事に基づく。
「揺頭擺尾」は、頭を揺らし尾を振る様子から、得意げに振る舞うことや、有頂天になって調子に乗るさまを表す四字熟語である。禅宗の典籍『五灯会元』に由来し、心が外界の事物に左右されて落ち着きを失う状態を喩えることもある。
尾大不掉とは、組織や勢力において末端が強大になりすぎて、中央の統制が効かなくなる状態を指す。もとは『春秋左氏伝』に由来し、尾が大きくて振り回せないという原義から転じて、部下や地方の勢力が強くなりすぎて、上位者が思うように指揮できなくなる危険な状況を喩える。
尾生之信とは、一度交わした約束を固く守り通すことを指す四字熟語である。中国春秋時代、魯の尾生という人物が女性と橋の下で会う約束をしたが、相手が現れないまま大雨で川が増水してもその場を離れず、ついに橋の柱に抱きついて溺れ死んだという故事に由来する。信義を貫く堅実さを表す一方で、状況に応じた融通がきかない愚直さの喩えとして用いられることもある。
蒼蠅驥尾とは、優れた人物に従うことで、たとえ凡庸な者であっても功績を上げることができるという喩えである。青蠅が自らは遠く飛べずとも、千里を走る駿馬の尾に付着すれば遠方に至るという故事に由来し、『史記』伯夷伝の注釈に見える。単に「驥尾に付す」とも言う。
蔵頭露尾とは、頭を隠して姿をくらまそうとするものの、尾が露わになってしまう様子を表す。物事の一部を隠しても、別の部分から真相が漏れ出てしまうこと、すなわち完全に隠し通すことができないたとえとして用いられる。