困難や逆境に直面しても決して挫けず、自らの意志や信念を貫き通す精神のあり方を指す。
自分自身を低く見て、他者に対して必要以上にへりくだったり媚びたりする態度や性質を指す。自己評価が低く、対等な関係を築く自信に欠ける様子を表す。
屈強とは、身体が頑丈で力強い様子を指す。また、性格が強情で他人の意見に容易に従わない頑固さを表すこともある。「倔強」や「究竟」と書くこともある。
屈曲とは、まっすぐなものが折れ曲がることを指す。地形や川の流れなど、自然の形状が湾曲している状態を表す際に用いられる表現である。
多くのものの中で特に優れており、指折り数えられるほど傑出していることを指す。
屈従とは、自らの意思を曲げて、権力や圧力に逆らわずに従うことを指す。抵抗する意思や能力を持ちながらも、状況や相手の力に押されて、やむを得ず服従する様を表す。
屈辱とは、他者から無理やり屈服させられ、あるいは不当に辱めを受けることを指す。個人の尊厳や誇りが傷つけられ、耐えがたいほどの恥ずかしさや悔しさを伴う状態を表す。
屈折とは、物が折れ曲がることを指す。また、心理状態などが歪む様子にも用いられる。物理学においては、音や光などの波動が異なる媒質の境界面で進行方向を変える現象を意味する。
屈託とは、何かを気にかけて心配したり、悩んだりする状態を指す。また、物事に飽きたり、疲れたりして、興味や気力を失う様子も表す。
相手の圧力や権威に抗しきれず、自らの意思を曲げて従うこと。抵抗を諦めて服従する状態を指す。
退屈とは、物事に飽きてしまい、面白みや興味を感じられなくなる状態を指す。また、やるべきことがなく、時間を持て余してしまう様子も表す。
詰屈とは、文字通り屈んで伸びない状態を指すが、転じて文章や言葉が堅苦しくて読みにくい、あるいは理解しにくい様子を表す。佶屈とも書く。
「盤屈」とは、物が曲がりくねって絡み合う様子を指し、特に樹木の根や枝が複雑に曲がりながら伸びる状態を表す。また、心にわだかまりがあって晴れ晴れとしない心情の比喩としても用いられる。同義の表現に「蟠屈」があり、こちらも同じ意味で書かれる。
窮屈とは、空間や物の大きさが十分でなく、自由に動き回れない状態を指す。また、人間関係や雰囲気が堅苦しく、気持ちや行動に制約を感じる様子にも用いられる。さらに、金銭や時間などに余裕がなく、生活や心にゆとりが持てない状況を表すこともある。
屈輪とは、連続する渦巻き模様を特徴とする文様の一種であり、主に寺院建築などの装飾に用いられる。ぐりん、あるいはぐりぐりとも呼ばれる。
「佶屈」は、物や体の部分が折れ曲がって伸びない状態を指す。また、文字や文章が堅苦しく、理解しにくい様子を表す際にも用いられ、この場合は「詰屈」と表記されることもある。
枉屈とは、身をかがめて謙虚な姿勢で訪れることを指す。また、道理を曲げて抑圧され、屈する様子も表す。
「蟠屈」とは、物が曲がりくねり絡み合う様子を指し、特に樹木の根や枝が複雑に曲がりながら伸びる状態を表す。また、心にわだかまりがあって晴れ晴れとしない心情の比喩としても用いられる。表記は「盤屈」とも書く。
千屈菜はミソハギ科の多年草で、禊萩(みそはぎ)とも呼ばれる。漢名に由来する「千屈菜」の字が当てられ、水辺や湿地に自生し、夏から秋にかけて紅紫色の小花を穂状に咲かせる。お盆の供花として用いられることも多い。
白屈菜はケシ科の二年草で、道端などに自生する。初夏に黄色い四弁の花を咲かせ、茎や葉から出る汁には毒がある。漢名に由来する名称であり、「草の王」や「草の黄」とも表記される。
道理に合わない無理な言い訳や、筋の通らない理屈をこねることを指す。物事の本質から外れた、取るに足らない論理のすり替えを意味する。
不撓不屈とは、いかなる困難や逆境に遭遇しても決して心が挫けず、意志を貫き通す強い精神を表す四字熟語である。「撓」は曲がることを意味し、「屈」は屈服することを意味する。『漢書』に典拠を持つこの語は、不屈不撓とも言い換えられる。
困難や苦難に直面しても決して挫けず、強い意志を持ち続ける様子を表す四字熟語です。『漢書』の「叙伝」に由来し、どんな逆境にも屈しない不屈の精神を意味します。
卑躬屈節とは、相手に対して腰を低くしてへりくだり、節を屈して従順に振る舞う様子を表す。権力者や目上の人に過度にへつらい、自己の尊厳を捨ててまで従う態度を指し、卑屈で主体性のない振る舞いを意味する。