道理や法に合わず、正しくないさま。また、適切でない状態を指す。
日当とは、一日分の手当て、すなわち一日の労働に対して支払われる賃金を指す。特に日給制のアルバイトや臨時雇用などにおいて用いられる表現である。
道理や状況に照らして適切でないこと。判断や対応が妥当性を欠いている状態を指す。
道理や法律にかなっていること。また、そのような状態や行為を指す。
その事柄が行われる特定の日を指し、予定や行事などが実際に行われる日のことを表します。
前に述べた事柄や話題に関連する、そのものごとを指す。また、特定の事柄を担当する部署や範囲を表す際にも用いられる。
当選とは、くじや懸賞、クイズなどに応募した結果、選ばれることを指す。また、選挙において投票の結果、選出されることも意味する。
ある事柄を担当する機関、または重要な政務を担当し責任を負う立場を指す。特に行政上の問題が生じた際には、その対応や説明責任を負う関係官庁を指して用いられることが多い。
道理や状況から考えて、そうなるのが自然であり、疑う余地のないさまを表す。
当家とは、話し手自身の家を指す語である。相手の家を指す場合には敬意を表す接頭辞「御」を付けて「御当家」と表現するのが適切である。
当直とは、宿直や日直などの当番に就くことを指し、またその役割を担う人を指すこともある。特に病院などでは、夜間や休日に勤務する医師を指して用いられる。
当歳とは、その年を指すとともに、特に生まれたばかりのその年、すなわち生まれたての状態やその年の生まれであることを表す。例えば、その年に生まれた子孫や馬などに用いられる。
その事柄に直接関係する人物、すなわち本人を指す語である。特に、話題の中心となっている行為や状態の主体であり、他の誰でもないその人自身を意味する。
当路とは、交通の要所にあたる意から転じて、政治上や社会において重要な地位を占めることを指す。また、その地位にある人や、権力の中枢にいる者を意味する。
予期せぬ出来事や思いがけない状況に直面して、どう対処すべきか判断がつかず、途方に暮れる様子を表す。困惑し、心が迷う状態を指す。
話し手自身、または話し手が属する側を指す語。主に改まった場面や文書で用いられ、「こちら」「私ども」と同義である。例えば、「当方で責任を持って対応いたします」や「当方までご連絡ください」などの表現で使用される。
選挙や抽選などにおいて、当選するか落選するかを指す語。特に選挙では、当選確実と落選確実の境界線上にある状況を表す際に用いられる。
至当とは、ある事柄や判断が極めて道理に適っており、これ以上ないほど適切である様子を指す。ごく当然で、疑う余地のない状態を表す。
判断や処理の仕方に無理がなく、状況や条件に適切に合致しているさまを指す。
見当とは、物事の大まかな予測や推量を指し、見込みや当て推量といった意味で用いられる。また、方向や位置についておおよその方角を示す場合にも使われる。さらに、数量を表す語に付いて、およその数を示す用法もある。
特定の仕事や役割を割り当てられ、それを受け持つこと。また、その役目や、その役目に就いている人を指すこともある。
借金の返済が滞った場合に備え、債務者が債権者に対して差し入れる財産や権利のことを指す。債権者は返済不能となった際に、その物件を処分して債権の回収に充てることができる。
程度や価値などが釣り合っていることを指し、ある基準に見合う状態を表す。また、ある条件や状況にぴったり当てはまることも意味する。さらに、程度がかなり高い様子を表す場合にも用いられ、相当な分量や度合いを示す際にも使われる。
配当とは、利益や物資などを割り当てて分配することを指します。特に、株式会社などの企業が得た利益の一部を、出資者である株主に対して支払う金銭、またはその行為を意味します。
主君や親、師匠などが、家来や子、弟子などの素行の悪さを理由に縁を切って追い出すことをいう。
順当とは、物事の道理や筋道に従っており、当然であるさまを指す。予想される通りの展開や結果が得られる状態を表し、特に競技や選考などで実力に見合った進行がなされる場合に用いられる。
ある条件や基準に合致することを指し、特に特定の対象や事例がそれに当てはまる場合に用いられる。
允当とは、物事が道理にかなっており、適切で妥当であることを指す。また、ある事柄がぴったりと当てはまり、矛盾や無理のない状態を表す。
臑当は、すねを保護するための防具を指す。主に野球やホッケーなどのスポーツにおいて選手が着用するレガーズと、鎧の一部として足を守るために用いられる武具の二つの意味を持つ。表記としては「脛当」と書くこともある。
土当帰はウコギ科の多年草で、食用や薬用にされる独活(うど)を指す。この名称は漢名からの誤用に由来し、本来の「当帰」とは別種の植物である。
土当帰はセリ科の多年草で、山野に自生する。葉は羽状複葉であり、秋には暗紫色の小さな花を密生させる。根は漢方薬として用いられる。漢名に由来する名称で、「野竹」や「前胡」と表記されることもある。
状況や立場にふさわしくなく、波風を立てるような性質を指す。発言や行動が適切さを欠き、周囲に緊張や不快感をもたらす様子を表す。
蛸配当とは、企業が十分な利益を上げていないにもかかわらず、資本金や内部留保を取り崩して無理に株主に配当金を支払うことを指す。これは、蛸が飢えた際に自らの足を食べる習性に喩えられた表現である。
旗鼓相当とは、両軍が対峙して戦うことを指し、転じて対立する勢力の力が互角で拮抗している状態を表す。実力が伯仲している様子を意味し、『後漢書』「隗囂伝」に由来する四字熟語である。
敢作敢当とは、自ら行ったことに対して、その結果や責任を進んで引き受ける覚悟と態度を表す四字熟語である。事を敢えて為し、その責めを敢えて負うという意味で、行動力と責任感の両方を兼ね備えた人物像を示す。
過当競争とは、企業間で行われる競争が度を超えて激化し、価格の不当な引き下げや過剰な販売促進など、市場の健全な発展を損なう状態を指す。
一力当先とは、自ら先頭に立って物事に取り組み、困難に直面しても勇気をもって進むことを意味する。特に、他人に先駆けて行動を起こし、責任を担う姿勢を表す表現である。
万夫不当とは、非常に多くの者が立ち向かっても敵わないほどの強さと勇猛さを備えている様子を表す四字熟語である。「万夫」は大勢の人々を、「不当」は相手にならないことを意味し、合わせて「万夫も当たらず」と訓読される。一人で多くの敵を防ぎうる、比類なき剛勇の人物を形容する際に用いられる。
当路之人とは、政治上の要職にあり権力を握っている人を指す。『孟子』に見える表現で、道の真ん中に立ちはだかる者という原義から転じて、政権の中枢にあって政策を左右する立場にある者を意味する。
『荘子』「人間世」に由来する四字熟語で、カマキリがその鎌のような前脚を振り上げて車の進行を止めようとする様子から、自らの力量をわきまえずに強大な敵や勢力に立ち向かう愚かさをたとえた表現である。転じて、無謀な抵抗や非力な者が大それたことを企てることを意味する。