物事の根源となる部分を指し、すべての始まりや基礎となる重要な要素を意味する。
元本とは、利子や配当を含まない元金そのものを指すとともに、事業において利益を生み出す源泉となる財産のことも意味する。
欠本とは、全集や叢書などにおいて、一部の巻が欠けている状態を指す。また、そのように欠けた書籍そのものも意味する。端本や零本と同様に、完本に対して用いられる語であり、「闕本」とも表記される。
刊行された書物を指し、印刷技術を用いて複製され出版されたものをいう。
演劇や映画、テレビ番組などにおいて、出演者の台詞や動作、場面の進行などを詳細に記した脚本を指す。シナリオとも呼ばれる。
本願とは、本来の願いや長年の念願を指し、その成就を目指すものである。また仏教用語としては、仏や菩薩が一切の衆生を救済しようと立てた誓願を意味し、特に阿弥陀仏の四十八願を指すことが多い。
遊びや冗談ではなく、真剣な気持ちや態度を指す。物事に対して真摯に取り組む心構えや、そのような状態を表す。
本紀とは、紀伝体の歴史書において、帝王や君主の一代の事績を年代順に記述した編を指す。列伝と対をなすもので、国家の正統な支配者の事柄を中心に据えて記される。
本拠とは、組織や活動の中心となる拠点を指し、そこから主要な作戦や事業が展開される場所を意味する。特に軍事やスポーツの分野において、部隊やチームが常駐し、指揮系統や作戦の根幹をなす基地や地域を表す。
本業とは、その人が主として従事し、生計を立てるための職業を指す。副業や余技に対して用いられ、日常の中心となる仕事を意味する。
正式な日本料理の膳立てにおいて、二の膳や三の膳に対し主となる最初の膳を指す。また、そのような正式な形式で供される日本料理そのものを「本膳料理」と称し、これを略した呼称としても用いられる。
「本位」とは、本来の位置や地位を指し、そこに戻ることを意味する。また、考え方や制度において基準や中心となるもののことを表し、例えば金本位制度や実用本位といった表現で用いられる。
本葬とは、正式な葬儀のことを指す。仮葬や密葬など簡略化された葬儀と区別される、本来の形式に則って執り行われる葬式を意味する。
本意とは、本来の意志や真の意図を指す。また、元々の望みや本懐という意味でも用いられる。さらに、言葉や表現の本来の意味、すなわち本義を表す場合もある。「ほい」と読むこともある。
本山とは、仏教の一宗派において中心となる寺院を指し、その宗派の末寺を統轄する役割を担う。例えば、曹洞宗における永平寺などがこれに当たる。また、転じて、ある組織や活動の中心となるもの、あるいは元締めを意味することもある。
本則とは、物事の根本をなす法則や原則を指す。また、法令においては本体となる規定部分を意味し、付則に対置される概念である。
本営とは、軍隊において総指揮官が駐留し、作戦の総指揮を執る軍営を指す。本陣とも呼ばれ、主要な作戦命令の発信地となる。
寺院において信仰の中心として安置される仏像や菩薩像を指す。転じて、ある物事の中心となる人物や、当の本人を、やや軽くあるいはからかうようなニュアンスを込めて言い表す際にも用いられる。
本懐とは、長年抱き続けてきた本来の願いや、心の底から望んでいた事柄を指す。積年の努力の末に達成されるような、人生における重要な目標や理想を表す言葉である。
本土とは、生まれ育った国や故郷を指すとともに、属国や離島に対して主要な国土を意味する。特に日本においては、本州を指す場合もある。
本命とは、生まれ年の干支を指すほか、競馬や競輪などで優勝の最有力候補を意味する。また、選挙や恋愛などにおいて、最も期待される人物や対象を表す際にも用いられる。「ほんみょう」と読むこともある。
本望とは、長年抱き続けてきた願いや本来の望みを指し、それが実現した際の満足感や達成感を含む。例えば、長年の目標を達成した時や、憧れの人物に会えた時など、心から満足できる状態を表す。
本流とは、川において支流と区別される主要な流れを指す。また、転じて思想や芸術などの分野において、中心となる流派や系統を意味する。
本舗とは、事業の中心となる店舗を指し、本店と同義である。また、特定の商品を製造し販売する元祖の店、あるいはその商品を専売する店という意味でも用いられる。
本坊とは、寺院において所属する末寺から見た本寺を指すとともに、その寺院の住職が居住する建物や区域を表す語である。
本邦とは、話し手自身が所属する国、すなわち自国を指す語である。主に書き言葉や改まった場面で用いられ、「わが国」と同義である。
本務とは、本来の職務や主たる任務を指す。また、道徳上当然果たすべき義務、すなわち本分という意味も含む。
印刷によって製作された書物を指す語で、版本とも呼ばれる。
複数の書物を一冊にまとめて製本することを指し、特に複数の巻からなる全集などを一冊にまとめて出版する場合にも用いられる。
複数冊に分かれて刊行されている書籍において、欠けている巻がなく全て揃っている状態を指す。特に全集や叢書など、複数の巻で構成される出版物について用いられる。
抄本とは、原本から必要な部分を抜き出して書き写した文書、またはそのようにして作成された書物を指す。戸籍抄本のように、特定の事項に限って写し取った公文書にも用いられる。なお、「鈔本」と表記する場合もある。
底本とは、翻訳や校訂、校合などの作業を行う際に基準となる原本を指す。特に文献研究において、異なる版本を比較対照する時の基礎となるテキストを意味し、定本と区別される場合もある。口語では「そこほん」「そこぼん」とも呼ばれる。
石碑や器物の表面に刻まれた文字や文様を、墨を用いて紙に転写した複製を指す。特に金石文の記録や書道の研究において重要な資料となる。
版本とは、文字や図柄を彫刻した版木を用いて印刷された書物のことを指し、同義語として「板本」の表記も用いられる。
原本とは、翻訳や写本、改訂、引用などを行う際の元となる書物や文献を指す。また、物事の根源や根本を意味する場合もある。
唐本とは、中国から日本へ伝来した書籍を指す語であり、特に漢籍を中心とした書物を意味する。
校本とは、同一の文献について複数の伝本を比較照合し、その異同を記録した本を指します。校合の過程で明らかになった本文の差異や異体字などを注記し、一つのまとまった形にしたもので、校合本とも呼ばれます。
張本とは、事件や悪事などの根源となる原因を指す。また、そのような事態を引き起こした中心人物を意味する場合もある。
異本とは、同一の書物でありながら、写本の過程で生じた異同を含む版本を指す。また、稀覯書や珍しい書物を意味する場合もある。
脚本とは、演劇や映画などの上演作品において、俳優の台詞や動作、舞台装置や撮影方法などを詳細に記した文書を指します。台本やシナリオとも呼ばれ、作品の基盤となるものです。
書物を人に差し上げること。また、そのようにして贈られた書物そのものを指す。
絹本とは、書画を描くために用いられる絹地の支持体を指す。また、その絹地に描かれた書画作品そのものを指す場合もある。紙に描かれた作品を紙本と呼ぶのに対し、絹布に描かれたものを区別するための用語である。
全集や叢書などで、一部が欠けて揃っていない状態の本を指す。端本とも呼ばれ、例えば「五冊欠けた零本」のように用い、完本に対する概念である。
旗本とは、江戸時代に将軍直属の家臣団を指す。石高一万石未満で、御目見得の資格を有し、戦時には将軍の本陣を守護する役割を担った。中世には陣中の大将の居所を意味したが、近世に至り武士の身分を示す呼称として定着した。
模本とは、原本を忠実に写し取って作成された書物や文書を指す。また、書道や絵画を学ぶ際に手本として用いられるものも意味し、「摸本」と表記されることもある。
種本とは、小説や戯曲などの創作、あるいは講義や講演の基盤となる、他人の著作を指す言葉である。
端本とは、全集や揃い物の書籍において、一部の巻が欠落している状態を指す。零本とも呼ばれ、完本に対する概念として用いられる。
複本とは、同一の手形関係において作成された、内容が同じ複数通の手形証券を指す。また、文書などの原本を写し取ったものを意味することもある。
鈔本とは、書物のうち特に必要な部分を抜き出して書き写したものを指す。抄本とも表記される。
摸本とは、原本を写し取って作成された書物を指す。また、習字や絵画の学習において手本として用いられるものも意味し、「模本」と表記されることもある。
石碑や青銅器などの器物に刻まれた文字や文様を、紙を当てて墨や朱で写し取ったもの。また、それを集めて冊子にしたものを指す。
槧本とは、木版に文字や図を彫り、それを用いて紙に印刷して作られた書物のことを指します。版本や刻本とも呼ばれ、主に古くは中国や日本で行われた木版印刷による出版物を意味します。
一つのことにひたむきに打ち込む純粋な性格を指す。物事をまっすぐに受け止め、脇目もふらずに取り組む真面目な様子を表し、しばしば青年の率直な気質を形容する際に用いられる。
千六本とは、大根などの野菜を細長く刻む技法、またはそのように刻んだものを指す。表記は「繊六本」ともされる。語源は中国字音の「繊蘿蔔(センロウポ)」が転じたもので、「蘿蔔」は大根を意味する。
自分の本来の意思や希望に沿わない様子を表す。心から望んだわけではない状態や、期待していた結果とは異なる状況を指す。
生一本とは、混じり気のない純粋さを指し、特に酒などが他に何も加えられていない状態を表す。また、性格がまっすぐで一途に物事に打ち込む様子を意味し、一本気な性質を形容する際にも用いられる。
安本丹とは、愚かな者や分別のない人を指す蔑称である。主に相手を罵る際に用いられ、思慮が浅く、ばかげた行動や言動をする者を嘲るように表現する語である。
単行本とは、叢書や全集の一部としてではなく、独立した一冊として刊行される書籍を指す。
一本槍とは、槍一本で敵に立ち向かう戦い方に由来し、一つの方法や考え方に固執して他を顧みない姿勢を指す。特定の技術や手段だけに頼り続けることの限界を暗示する場合にも用いられる。
王法為本とは、君主の定めた法を根本とすることを意味する。国家の秩序や社会の規範は、まず第一に王の制定した法律に基づいて成り立つべきだという考え方を表す四字熟語である。
一本調子とは、変化に乏しく単調な調子や様子を指す。音楽や話し方などにおいて、同じようなパターンが繰り返され、退屈さや平板さを感じさせる状態を表す。
本領安堵とは、鎌倉時代から室町時代にかけて、武士や寺社が従来より所有していた所領の権利を、幕府などの権力者が改めて承認・保障することを指す。「本領」は元来の領地を意味し、「安堵」はその土地所有権を安んじて認める行為を表す。
本来面目とは、人が生まれながらに持っている素の姿や本性、あるいは物事の本来のありのままの姿を指す。仏教用語としても用いられ、煩悩に覆われる前の清浄な心の本質を意味する。
本地垂迹とは、日本の神々はインドの仏や菩薩が衆生を救済するために仮に姿を現したものであるとする、仏教と神道とを習合させた思想を指す仏教用語である。「本地」は仏・菩薩の本来の姿を、「垂迹」はその仮の顕現を意味する。
本家本元とは、物事の起源や根源を指す言葉で、特に本家を強調した表現である。ある事柄を最初に始めた人物や、その事柄が最初に生まれた場所を意味し、伝統や系統において最も正統な源流を表す際に用いられる。