長い文章や話などの内容を要約した、おおよその意味を指す。文章や発言の核心を簡潔に捉えたものをいう。
思いもよらないこと。予想していなかったことが突然起こる様子を表し、相手の油断を突くような状況や、予期せぬ出来事が発生する際に用いられる。
気にかけること。心に引っかかって気になる様子を指す。
人の死を悼み、悲しみをいたむ気持ちを表す語。特に、遺族に対して哀悼の念を伝える際に用いられる。
文意とは、文章に込められた内容や意味合いのことを指し、書き手が表現しようとする主旨や意図を読み取る際に用いられる。文章の理解において、その文意を正確に把握することが重要となる。
他意とは、表向きの意図とは別に隠し持っている考えを指す。特に、裏切りの心や異心といった、相手に対する不誠実な意図を含む場合が多い。
失意とは、望みが叶わず期待が外れたことで生じる落胆や失望の状態を指す。特に、人生の目標や理想が達成できなかった時に感じる深い挫折感や意気消沈を表す。
犯意とは、自らの行為が罪を構成することを認識しながら、なおそれを実行しようとする意思を指す。刑法上の概念として、故意による犯罪の成立要件の一つとされる。
用意とは、何かを行うに当たって事前に必要なものを整えたり、環境を整えたりする準備を指します。また、日頃から物事に対して気を配り、心構えをしておくという心遣いの意味も含みます。
会意とは漢字の構成法である六書の一つで、二つ以上の漢字を組み合わせて新たな一字を形成し、それらの意味を合成して新たな概念を表す方法を指します。例えば「木」を二つ並べて「林」とし、あるいは「人」と「木」を組み合わせて「休」とするような造字法です。
「任意」とは、外部からの制約を受けずに、自らの判断や好みに基づいて自由に選択・決定することを指す。寄付金の額や方法など、特定の枠組みを設けずに個人の意思に委ねる場合などに用いられる。
同意とは、他者の意見や提案に対して賛同し、同じ考えを持つことを指す。また、同じ意味を持つ語である同義の意も含む。合意や賛意に近く、意見の一致を求める場面で用いられる。
好意とは、相手に対して抱く好ましい感情や親しみの気持ちを指す。また、他者から向けられる親切な心遣いや厚意を意味することもある。
作意とは、何かを企てる意図や計画を指す言葉であり、特に悪だくみや策略といった意味合いで用いられる。また、芸術の分野においては、作品を創造する際の作者の意図や、表現上の工夫といった意味でも使われる。
我意とは、自己の考えや意向に固執し、周囲の状況や他者の意見を顧みずにわがままに振る舞おうとする心のあり方を指す。
あることを行おうとする強い意志を固めること。また、その固まった意志の状態を指す。
他人の厚意や心遣いを敬っていう語。特に目上の人や相手の好意を丁寧に表現する際に用いられる。
表面には表さない心の奥にある真の考えや意図を指す。隠された本心や下心といった意味合いで用いられ、相手の底意を推し量るような文脈で使われることが多い。
ある対象に意識を集中させ、気を配ることを指す。また、相手に対して気をつけるよう促す言葉としても用いられ、さらに、危険や失敗を未然に防ごうとする用心や警戒の意味も含む。
厚意とは、他人に対する深い思いやりや情け深い心遣いを指す。相手の立場や気持ちを慮り、寛大で温かな態度で接する心情を表す語である。
わざとそうすることを指し、結果を予測しながらもあえてその行為を行う意思を表す。法律用語としては、結果発生の認識がありながら敢行する意思を指し、過失と対比される概念である。
発意とは、新たな考えや意見、計画などを思いつき、それを生み出すことを指す。通常「ハツイ」と読むが、「ホツイ」と読む場合は仏教用語としての「発心」、すなわち悟りを求める心を起こす意味にもなる。
祝意とは、慶事や喜ばしい出来事に対して抱く祝賀の気持ちを指す。特に、他人の成功や幸せを心から喜び、その気持ちを伝えようとする心情を表す言葉である。
殺そうとする意志や、人を殺害したいという強い意図を指す。
ある事柄に注意を向け、心に留めておくこと。特に重要な点や問題点に対して意識を集中させ、忘れずに対処するよう配慮する様子を指す。
素意とは、以前から持ち続けている意志や、平素から抱いている考えを指す。長い間心に秘めてきた願望や志を表し、それを成し遂げることを「素意を達する」などと表現する。
宿意とは、以前から抱き続けている考えや意見を指す。また、長い間心に秘めてきた恨みや遺恨という意味も含まれる。
得意とは、ある物事に習熟して自信を持ち、上手にこなせる状態を指します。また、自らの優れた技能や成果を誇る気持ちや、特定の分野で優れた能力を発揮する様子も表します。商売においては、常連客やひいきにしてくれる顧客を意味することもあります。
心の中に抱く感情や思い、またそれに基づく意志や意向を指す。
御意とは、目上の方の考えやお考えを指す言葉で、相手の意向や意見を敬って表現する際に用いられます。また、相手の意見に同意し、それを承る返答として「ごもっともです」という意味でも使われ、これは「御意のとおり」を略した表現に由来します。
敬意とは、相手を尊び敬う心のありようを指す。人や物事に対して抱く尊敬の念を表し、態度や言葉遣いによって示される。
貴意とは、相手の考えや意向を敬って言う語で、主に手紙文など改まった場面で用いられる。
達意とは、言葉や文章を用いて、自分の考えや意図を相手に正確に伝えることを指す。表現が明確で、意図が十分に伝わる状態をいう。
自分の思いのままに振る舞うこと。外部からの制約や束縛を受けず、自由な判断や選択に基づいて行動する様子を表す。
微意とは、ほのかな心遣いやささやかな志を指す語で、主に贈り物や行為に込められた軽い気持ちを謙遜して表現する際に用いられる。また、自身の意思や考えを控えめに述べる謙称としても使われる。
意外とは、事前の予想や期待に反する様子を指し、思いがけない結果や状況が生じたときに用いられる。
意向とは、ある事柄についてどのようにするかという考えや、そうしようとする心の動きを指す。相手の意向を探るなど、意志や考えの方向性を表す際に用いられる。
意地とは、自分の考えや意志を貫こうとする強い心の働きを指す。また、その人の気質や性格を表すこともあり、特に良くない性質をいう場合に用いられる。さらに、物欲や食欲など、何かを強く欲する気持ちを意味することもある。
意趣とは、心に抱く考えや意向を指す。また、恨みや遺恨の意味もあり、復讐や恨みを晴らすといった文脈で用いられる。
意中とは、心の中に抱いている考えや感情、あるいは特定の人物に対する特別な思いを指す。内面に秘めた意向や、密かに心を寄せる対象を意味し、それを明らかにする場合には「意中を明かす」などの表現が用いられる。
意表とは、予期していなかった事柄や、思いもよらない状況を指す。相手の意表をつくように、事前に考えていたこととは異なる展開や結果が生じることを表す。
誠意とは、私心を交えずに相手に対して真摯に向き合おうとする心のあり方を指す。物事に取り組む際の偽りのない態度や、他者に対する率直な気持ちを表し、信頼関係を築く基盤となるものである。
総意とは、ある集団や組織に属する全員が共通して持つ考えや意向を指す。個々の意見を超えた合意形成の結果として、集団全体の意思決定の基盤となるものである。
心にかなうこと、気に入る状態を指す。また、思いどおりになることや、自由に振る舞える様子も表す。
諾意とは、ある事柄に対して承諾する意志や意向を指す言葉であり、引き受ける気持ちや同意の意思を表します。
ある意見や提案に対して同意し支持する意志や気持ちを指す。賛成の意思を表明する際に用いられる表現である。
鋭意とは、心を集中して一つのことに専念し、熱心に取り組む様子を表す。特に困難な課題や重要な任務に対して、強い意志を持って努力を続けることを意味する。
懇意とは、互いに親しく交際し、打ち解けた間柄にあることを指す。人と人との関係が緊密で、気軽に付き合える親密さを表す語である。
謝意とは、感謝の念や謝罪の気持ちを指す。相手の好意や行為に対して抱くお礼の心、あるいは過失などについて詫びる心を表す語である。
翻意とは、一度固めた決心や意志を他に変えることを指す。例えば、説得などによってやっと相手の考えを変えさせた場合などに用いられる表現である。
主君や上位者に対して背き、反抗しようとする意志を指す。謀反や反逆を企てる心持ちを表す語である。
上得意とは、常連客の中でも特に購入額が大きく、店にとって重要な収益源となる顧客を指す。高額商品を頻繁に購入するなど、商取引において特に優良な得意先を意味する。
小意気とは、大げさではないが洗練された趣きや、さりげない洒落た感じを表す。特に服装や身なりについて、派手すぎずに気の利いた様子を指す。
思い通りにならないこと。特に、金銭面で都合がつかず、生活や家計が苦しい状態を指す。
自分の本来の気持ちや希望に沿わない様子を指す。期待や意図とは異なる結果や状況に対して用いられ、心から望んだものではないという含意を持つ。
準備が整っていない状態を指し、また注意深く考えずに軽率な言動をとる様子を表す。特に発言や行動において慎重さを欠き、思わぬ問題を引き起こす場合に用いられる。
生意気とは、年齢や経験、立場に見合わずに、出過ぎた言動をとったり、尊大な態度を示す様子を指す。特に、未熟であるにもかかわらず、あたかも自分が優れているかのように振る舞うことをいう。
意地悪とは、他人に対してわざと不快なことをしたり、相手を困らせたりするような、心のねじけた態度や性質を指す。また、そのような言動をする人を指して用いることもある。
思いがけず、予期していなかった事柄を指す。事前に考えや想像が及ばない状況や出来事に対して用いられる。
新発意とは、仏門に入ったばかりの修行僧を指す語である。新たに発心して出家した者という意味から生じた表現で、「しぼち」や「しんぼっち」とも読まれる。
閑人適意とは、世俗の煩わしさから離れた自由な身の人が、心のままにのんびりと過ごす様子を表す。世間のしがらみに縛られず、自分の思いのままにゆったりとした時間を楽しむ境地を指す。
下意上達とは、一般民衆や下位の者の意見や心情が、上位の者や為政者にまで届き、理解されることを意味する四字熟語である。組織や社会において、下からの声が上に伝わり、適切に取り上げられる状態を指す。
意路不倒とは、禅宗の悟りの境地を表す四字熟語で、『碧巌録』第六十三則に由来する。通常の思考や分別の道筋(意路)では到達し得ない、絶対の真理を指す。つまり、言葉や概念による分別を超えた、本来の自己のありようを説くものである。
「意料無限」とは、物事の成り行きや結果が予想をはるかに超えており、その可能性や発展に際限がない様子を表す四字熟語である。
言葉や行為の表面に現れた意味の奥に、さらに深い含意や真意が隠されている様子を指す。単に「意味深」と略されることもあり、発言や行動の背景に複雑な意図や含蓄があることを示す表現である。
意馬心猿は、煩悩や欲情によって心が激しく動揺し、平静を保てない状態を表す四字熟語である。暴れ馬や野猿のように制御しがたい心の様子を喩えており、仏教に由来する表現で、「心猿意馬」ともいう。
一心一意とは、心を一つのことに集中させ、ひたすらにそれに打ち込む様子を表す四字熟語である。心を一つにして一途に思い、他のことに気を散らさずに専念することを意味する。中国の唐代の詩人、駱賓王の詩に由来するとされ、類義語には一意専心や一心不乱などがある。
心に思いを寄せている人、特に恋愛感情を抱いている相手を指す。任務や役割に適した候補者として心に定めた人物について用いることもある。