七夜とは、七つの夜を指す語であり、特に生後七日目の夜を意味する。この夜には命名の儀式が行われ、子供の健やかな成長を祝う習わしがある。
昼と夜を合わせた時間の流れを指し、一日中や昼夜を意味する。また、転じて絶え間なく続く様子や常にという意味でも用いられ、休むことなく継続する状態を表す。
北極や南極に近い高緯度地方で、夏至の前後に見られる自然現象を指す。太陽が地平線下に沈んでも薄明が続き、夜間であっても薄明るさが保たれる時間帯、あるいはその状態をいう。
初夜とは、文字通り最初の夜を指すが、特に結婚生活の始まりとなる最初の夜を意味する。また、古くは時刻を表す語として用いられ、戌の刻すなわち午後七時頃から九時頃を指し、初更とも呼ばれた。この時刻に行われる仏教の勤行を指す場合もある。
夜の暗い時間帯を指し、特に物事の見分けがつきにくい闇に包まれた状態を表す。転じて、人目を避けて行動するのに適した夜中という時間帯をも意味する。
夜に行われる宴会や会合を指し、特に西洋風の舞踏会など格式のある社交の集いをいう。燕尾服やイブニングドレスを着用するような正式な夜の社交行事を指すことが多い。
夜の冷たい空気を指すとともに、夜の訪れとともに感じられる静寂やひんやりとした趣を表す語である。
夜業とは、夜間に行われる仕事や作業を指す言葉で、特に夜遅くまでかかる労働や、夜を徹して行う仕事のことを意味します。
夜間に勤務すること。また、その勤務を指す。通常の日中の勤務(日勤)に対し、夜間帯に行われる労働を意味し、勤務形態や職業によっては頻繁に行われる場合がある。
夜の最も深い時間帯を指し、特に真夜中を意味する。時刻としては午前零時前後を中心とした深夜の時間帯を表す。
夜が長くなる季節を指し、特に秋の長い夜をいう。秋から冬にかけて夜の時間が次第に長くなる様子を表す語で、日長(ひなが)に対する言葉である。
夜具とは、夜間の睡眠時に用いる布団や枕、毛布など、寝具全般を指す総称である。
夜の時間帯を指す語。特に、日が沈んでから深夜に至るまでの時間を漠然と表す場合に用いられる。
夜業(よなべ)とは、夜間に仕事をすることを指す。かつては秋の夜長に鍋をかけて夜食を取りながら作業をしたことに由来する。同義語として「夜業(やぎょう)」とも読む。
夜の闇に浮かび上がる景色を指し、街灯やネオンの光が織りなす都市の眺めや、月明かりに照らされた自然の風景などを含む。特に都市部では、無数の明かりが暗い空を背景に輝く様子を形容する際に用いられる。
夜間に建物や地域を見回り、火災や盗難などの不測の事態を警戒する業務、あるいはその業務に従事する者を指す。夜番と同義である。
夜話とは、夜に行われる語らいや、その内容を記録した書物を指す。また、くだけた雑談やそれをまとめた著作を意味することもある。禅宗の寺院では、夜間に修行者に対して行われる訓話を指す場合があり、この語は「よばなし」とも読まれる。
夜尿(よばり)とは、睡眠中に無意識に排尿してしまう現象を指す。寝小便とも呼ばれ、主に小児期に多く見られるが、成人にも起こり得る。漢字「夜」を含み、夜間の排尿失禁を意味する。なお、「ヤニョウ」と読む場合もある。
夜光とは、夜間や暗所において発せられる光を指す。例えば蛍などの生物発光や、蓄光塗料による光がこれに当たる。また、夜空に星や月以外に微かに見える光、いわゆる夜光現象を意味することもある。
夜着とは、寝具の一種で、寝る際に掛けて使用する布団類を指す。特に、綿を厚く入れた着物形のものを指し、冬期の防寒用として用いられる。
夜振とは、夜間に松明を焚いて行う漁法を指す。その明かりに集まる魚を捕獲するもので、夜焚きや火振とも呼ばれる。主に夏の夜に行われる。
夜の寒さを指し、特に秋の深まりとともに感じられる冷えをいう。時候の挨拶などで用いられ、季節の移ろいを伝える表現としても定着している。
夜宮とは、本祭りの前夜に行われる祭りのことで、宵祭りや宵宮とも呼ばれる。特に夏の祭礼において、翌日の本祭りに先立って神霊を迎え、あるいは鎮めるための儀礼や賑わいを指すことが多い。
夜の闇に乗じて敵を不意に攻撃する戦術を指す。暗がりを利用した奇襲であり、敵の油断や視界の悪さを突くものである。
夜半とは、夜の深い時分、すなわち真夜中や夜更けを指す語である。漢字「夜」を含み、「よわ」と読むが、「ヤハン」と読む場合もある。例えば「夜半の嵐」のように用いられ、静寂に包まれた夜の最も奥深い時間帯を表現する。
夜の景色や雰囲気を指す語。暗闇に包まれた自然や街の様子、あるいは月明かりや星影、灯りが織りなす静かな情趣を含む。
昼と夜という時間の区分を指すとともに、昼も夜も続けて行われる様子を表す。例えば、休みなく続く事象や、絶え間ない活動の状態を描写する際に用いられる。
通夜は、葬儀の前夜に遺族や近親者が故人の遺体と共に過ごし、夜を徹して別れを惜しむ儀式を指す。元来は仏堂や神社などで夜通し祈願することを意味したが、現代では主に葬送儀礼として用いられる。
連夜とは、同じことが何晩も続くことを指し、特に毎晩繰り返される様子を表す。
除夜とは、一年の最後を締めくくる十二月三十一日の夜を指す。大晦日の夜とも呼ばれ、旧年を除き新年を迎えるための重要な時を意味する。
清夜とは、空が澄み渡り、さわやかな涼しさを感じさせる夜のことである。月や星がくっきりと見え、空気が清浄で心地よい静けさに包まれた夜を指す。
終夜とは、夜の始めから終わりまで、つまり一晩中続く様子を指す。夜通し何かが行われることを表し、例えば「終夜運転」のように用いられる。終日(一日中)に対応する夜の時間帯全体を指す語である。古語では「よもすがら」や「よすがら」とも読まれる。
「終夜」は「よもすがら」と読み、夜の始めから終わりまで、つまり一晩中を意味する。同じ意味で「しゅうや」とも読む。例文「―雨やまず」のように、夜通し続く様子を表す際に用いられる。なお、「よすがら」とも読まれ、終日を意味する「ひもすがら」や「ひねもす」と同様の語構成を持つ語である。
逮夜とは、葬儀や命日・忌日の前夜を指す語である。特に仏教においては、その前夜に法要を行うことがあり、逮夜経と呼ばれる。
暮夜とは、日が沈んで暗くなった時刻、すなわち夜の時間帯を指す語である。特に、人目を避けて物事を行うような、静かでひっそりとした夜の情景を暗示することが多い。
夜通し起きていることを指す。特に、夜が明けるまで眠らずに過ごす状態を表す。
闇夜とは、月や星の光が届かず、深い暗闇に包まれた夜のことを指す。
霜が降りるほど冷え込んだ夜を指し、特に冬の寒さが厽しい夜をいう。
百の夜を数えること。また、数多くの夜を経た長い期間を指す。
夜通し、特に夜から朝までの時間帯を指す。一晩中続く状態を表し、「よただ」とも読まれる。
闇夜とは、月明かりも星明かりもなく、深い暗闇に包まれた夜のことを指す。特に、雲に覆われて光が遮られ、周囲の様子がほとんど見分けられないような暗い夜の情景を表す。
夙夜とは、朝早くから夜遅くまでの時間を指し、一日中という意味を表す。また、転じて、常に、絶えずという意味でも用いられる。
夜咄とは、茶道において夜六時頃から行われる茶会を指し、茶事七式の一つとされる。また、夜に語り合う話という意味もあり、この場合「夜話」と書いて「ヤワ」と読むこともある。
夜叉は、インド神話に登場する鬼神で、恐ろしい容貌を持ち、人を食う猛悪な性質で知られる。後に仏法に帰依し、仏法の守護神となった。外面は菩薩のように優しく見えても、内心は夜叉のように猛々しい者を喩える「外面似菩薩内心如夜叉」という表現もある。語源はサンスクリット語の音訳である。
夜伽とは、夜通し付き添うことを指す。特に病人の看護や、葬儀の前夜に死者に寄り添う通夜のことをいう。また古くは、女性が男性の寝所に伺候することをも意味した。「伽」の字には、話し相手を務めたり看病をしたりする含意がある。
一夜漬けとは、一晩だけ漬けて作る漬物、即席の漬物を指す。転じて、準備期間が極めて短く、一夜だけの間に合わせの勉強や仕事を意味し、十分な準備がなされていない状態を表す。
陰暦の毎月十五日の夜を指し、満月が昇る夜を意味する。特に陰暦八月十五日の夜は中秋の名月として知られ、古くから月見の習わしがあり、団子や芋、ススキを供えて月を愛でる風習がある。
十三夜とは、陰暦の毎月十三日の夜を指すが、特に陰暦九月十三日の夜を指すことが多い。この夜の月は「後の月」とも呼ばれ、栗名月や豆名月の別名があり、中秋の名月に次いで美しいとされる秋の風物である。
十六夜とは、陰暦十六日の夜、またはその夜に出る月を指す。特に陰暦八月十六日の夜をいう。満月となる十五日の月に比べて、月の出が少し遅れる様子を「いざよう(ためらう)」と表現したことに由来する。
夜になってもネオンや照明で昼間のように明るく、人々の活動が絶えない賑やかな街を指す。特に繁華街や歓楽街など、夜間も活気に満ちた地域を形容する表現である。
夜盲症とは、暗所において視力が著しく低下する疾患を指す。これは主にビタミンAの不足によって網膜の視物質の生成が妨げられることで生じ、俗に鳥目とも呼ばれる。
夜通しともし続ける灯火を指し、常灯や終夜灯とも呼ばれる。主に安全や目印のために、公共の場所や通路などで一晩中点灯しておく照明を意味する。
十日夜は陰暦十月十日の夜に行われる東日本の農村行事で、収穫を終えた田の神が山へ帰るとされる日にあたる。この日には案山子を上げたり、藁束で地面を叩きながら巡回する慣わしがあり、西日本の亥子の行事に対応する。冬の訪れを告げる風習である。
夕方に月が昇っている様子、あるいは月が輝く夜を指す語。特に秋の季語として用いられることが多く、物寂しくも美しい情趣を帯びた情景を表す。「ゆうづきよ」とも読む。対義語に「朝月夜」がある。
夜明け頃に猟犬を連れて狩りに出かけること。また、その猟をする人を指す。冬の季語としても用いられる。
朝月夜とは、夜明けの空にまだ残っている月のことを指し、特に有明の月を意味する。また、月が朝方まで見えている状態や、夕方から夜明けにかけての月の情景を表すこともある。
朧月夜とは、春の夜にぼんやりと霞んだ月がかかる情景を指す。月の輪郭が柔らかく霞み、ほのかな光を帯びて夜空に浮かぶ、春特有の風情を表す言葉である。朧夜とも呼ばれ、春の季語としても用いられる。
一夜十起とは、人間が私情や私心から完全に離れることがいかに難しいかを示す故事成語である。後漢の第五倫が、甥の看病では一晩に十度も起きながらも就寝後は安眠できたのに対し、実子の病気では看病こそしなかったものの心配で一睡もできなかったという『後漢書』の故事に由来する。ここから、人は誰しも私心を完全に排することは困難であるという教訓を表す。
一夜検校とは、本来は長い年月をかけて昇進する検校の位を、多額の献金によって一夜で得ることを許されたことを指す四字熟語である。そこから転じて、苦労せずに急に高い地位や身分を得ることの喩えとして用いられる。
「衣繍夜行」は、立身出世や成功を収めても、故郷でそれを誇示しなければ誰にも認められないことを喩えた四字熟語である。華やかな刺繍の衣を着て暗い夜道を歩くように、せっかくの栄誉も人目に触れなければ意味がないという意。故事は『史記』項羽伝に由来し、富貴を得ながら故郷に帰らぬことを嘆いた言葉に基づく。また、優れた点や美しさが周囲に理解されず不満である状況も指す。
夜目遠目とは、夜に見たり遠くから見たりすることを指す四字熟語で、特に女性の容貌について、夜の闇や距離によって実際よりも美しく見える様子を表す。転じて、物事の実態をはっきりと見極めずに判断することを意味する場合もある。
夜雨対牀は、兄弟や親しい友人が夜に雨の音を聞きながら寝床で語り合う、心安らぐ情景を表す四字熟語である。中国宋代の詩人蘇軾の詩に由来し、親密な間柄での穏やかで打ち解けた団欒を指す。
仏教用語で、煩悩に覆われて真理を悟ることができない状態を、闇に閉ざされた長い夜に喩えていう語。無明とは十二因縁の一つであり、迷いの根源となる愚かさを指す。
百鬼夜行とは、様々な妖怪が夜間に列をなして行進する様子を表す四字熟語である。転じて、多くの者が勝手気ままに、あるいは怪しげな振る舞いをしながら群れをなして歩くさまの比喩としても用いられる。「ひゃっきやぎょう」とも読む。