名越は「名越の祓」の略称であり、陰暦六月の末日に行われる大祓の神事を指す。神社において参詣者は茅で編んだ輪をくぐり、身を清めるなどの儀礼を行う。夏の季節に行われることから「夏越」と表記することもある。
他者をはるかに凌駕する優れた性質や能力を有する様子を指す。特に、同分野の他の者と比較して際立って秀でている状態を表し、卓越した技能や才能などに用いられる。
越冬とは、冬の厳しい季節をその地で過ごし、春の訪れを待つことを指す。特に動植物が寒さに耐えながら冬を越す様子を表し、南極観測隊のように人間が極寒の地で活動を継続する場合にも用いられる。
越年とは、年を越して新しい年を迎えることを指し、年越しと同義である。例えば山小屋で新年を迎える場合などに用いられる。古くは「オツネン」と読んだ。
激越とは、感情が高ぶって声が荒々しく大きくなる様子を指し、またそのような激しい状態そのものを表す。
他と比較して勝っていること、あるいは他よりも優れている状態を指す。例えば競争に勝利し、相手より優位に立った時に感じる感情を「優越感」と表現する。
「夏越」は「夏越の祓」の略称であり、六月晦日に行われる神道の穢れ祓いの儀式を指す。この行事は半年間の罪や穢れを清め、無事に夏を越すことを祈るもので、「名越」とも表記される。
越度とは、物事を行う際に生じる誤りや失敗を指す言葉である。主に不注意や判断の誤りによって引き起こされる過失を意味し、その表記としては「落度」も用いられる。
越階とは、通常の順序を飛び越えて位階を昇進することを指す。越任と同義で、定められた階級の順序を踏まずに上位の階級に進むことを意味する。
越訴とは、定められた手続きを経ずに、直接上位の役所や権力者に訴え出る行為を指す。特に江戸時代においては、直訴と呼ばれるような、厳格な階層を飛び越えた訴願の形態を意味した。
越橘はツツジ科の常緑小低木を指す語で、苔桃(こけもも)の別名として用いられる。漢名「越橘」からの転用に由来するが、本来の植物とは異なるため誤用とされる。
越瓜はウリ科の一年草で、マクワウリの変種にあたる。インド原産で、古く中国から渡来した。果実は長い楕円形をしており、皮は白緑色を帯びる。主に奈良漬けなどの漬物に用いられる。夏の季語であり、「白瓜」とも表記する。
身分や立場をわきまえず、出過ぎた振る舞いをすること。また、その様子を表す。
ある限界や境界を乗り越えることを指す。特に身分や本分を超えた振る舞いを意味し、表記としては「逾越」と書くこともある。
壱越調は雅楽における六調子の一つであり、十二律の最初の音である壱越を主音として構成される調子を指す。
御取越とは、親鸞聖人の命日である旧暦十一月二十八日を待たずに、その日より前に行われる法要を指す。本来の忌日に先立って営まれるため、このように呼ばれる。
肝胆楚越とは、肝臓と胆嚢のように本来密接な関係にあるものが、楚と越のように遠く隔たってしまい、疎遠になることを意味する。『荘子』に由来し、親しい間柄や一体であるべきものが、些細なことから大きく離反してしまう様を表す四字熟語である。
肝胆胡越とは、肝臓と胆嚢のように本来密接な関係にあるものも、胡と越のように遠く隔たったものとして捉えられることがあり、またその逆もありうるということを表す。物事の関係性は見方によって親密にも疎遠にもなり、固定されたものではないというたとえである。
越鳧楚乙は、同じ事物に対する見解が人によって異なることを指す故事成語である。『南史』顧歓伝に由来し、越の人が飛ぶ鳥を見て野鴨と言い、楚の人が同じ鳥を見て水鳥の乙と言ったという故事から、物事の解釈が立場や主観によって大きく変わる様を表す。
「越畔之思」とは、田畑の境界である畔を越えないように心がけるという意味から転じて、自分の職分や立場をわきまえ、他人の領域を侵すことなく慎み深くあるべきという心構えを指す。『春秋左氏伝』襄公二十五年に由来する四字熟語である。
「越鳥南枝」とは、南方の越の地から来た鳥が、少しでも故郷に近い南向きの枝に巣を構えるという故事に基づく四字熟語で、鳥でさえ故郷を懐かしむように、人はなおさら故郷や故国への思いを忘れがたいものであるという喩えを表します。『文選』所収の「古詩十九首」に典拠があります。
越俎之罪とは、自分の職務の範囲を超えて他人の領域に立ち入り、その仕事を侵すことを咎める言葉である。古代中国の『荘子』に由来し、本来は他人の役目を越えて行動することを戒める喩えとして用いられる。
越俎代庖とは、他人の職務や役割を越えて、本来その人がすべきことを代わりに行うことを指す。古代中国の故事に由来し、自分の分を超えて他人の領域に立ち入る行為を戒める意味を持つ。
顛越不恭は、『書経』盤庚篇に見られる四字熟語で、君主の命令に背き、礼儀を失って恭順の態度を欠くことを意味する。転じて、上位者への反抗や無礼な振る舞いを指して用いられる。
「楚越同舟」とは、本来仲の悪い者同士が同じ場所や境遇に置かれることを指す四字熟語である。中国の古典『孫子』に由来し、敵対関係にある楚と越の国の者が同じ船に乗り合わせ、困難に直面して協力せざるを得ない状況を喩えたものとされる。後に「呉越同舟」と同義で用いられ、互いに反目し合う者同士が偶然にも同じ場に居合わせることを意味するようになった。