巧者とは、ある物事を上手にこなす様子、あるいはそのような技量を持つ人を指す。特に試合などで優れた手腕を発揮する者をいう。
壮者とは、主に壮年期にあり、心身ともに充実して働き盛りの人を指す。気力に満ち、活発に活動する年齢層の者をいう。
行者とは、仏道を実践する修行者のことを指し、特に山野に分け入って厳しい修行を行う修験者や山伏を意味する語である。
敵地に潜入して情報収集や破壊工作などを行うことを任務とする者。特に、日本の中世から近世にかけて、特殊な技能を用いて諜報・謀略活動に従事した者を指す。
芸者とは、三味線や鼓などの楽器演奏、舞踊、唄などの芸能をもって宴席に興を添えることを職業とする女性を指す。芸妓や芸子とも呼ばれる。
使者とは、主君や上位者からの命令や依頼を受け、それを伝達するために派遣される者のことを指す。特に重要な伝言や外交文書を携えて往復する役目を担い、古くから政治や外交の場で重要な役割を果たしてきた。
拙者は、主に武士階級の者が用いた一人称の謙譲語である。現代では時代劇や歴史小説などで、武士や侍が自分自身をへりくだって指す言葉として用いられる。
易者とは、易の原理に基づいて占いを行う者を指す。筮竹や算木などの道具を用いて卦を立て、その解釈を通じて人々の運勢や吉凶を占うことを職業とする。大道易者などとも呼ばれ、占い師や売卜者と同義である。
武者とは武士と同義であるが、特に甲冑を着用した戦闘者の姿を指して用いられることが多い。
知者とは、物事の本質を深く理解し、優れた知恵を備えた人物を指す。智者と表記されることもある。
長者とは、多くの財産を持つ富裕な人を指す。また、年齢や経験を重ねて徳が高く、人々から尊敬される立場にある人をも意味する。
従者(ずさ)とは、主人に付き従って仕える者のことを指す。主君や貴人の側に仕え、その身の回りの世話や用務を務める者を意味し、ともびととも呼ばれる。なお、「じゅうしゃ」と読む場合もある。
新聞や雑誌、放送などの報道機関において、取材活動を行い、得た情報を基に記事や原稿を執筆・編集する職業を指す。報道に携わる専門職として、事実を正確に伝える役割を担う。
強者(つわもの)とは、元来は戦場で勇猛果敢に戦う兵士や勇士を指す語である。転じて、ある分野において卓越した力量や技量を持つ者、並外れて強い人物をも意味する。例えば「強者ぞろいの柔道部」のように、特定の集団の中で特に優れた者を形容する際にも用いられる。表記としては「兵」の字を当てることもある。
病気や怪我の治療を受ける人を指し、主に医師や医療機関の立場から見た呼称として用いられる。
書物や文章を書き著した人を指し、著作物の作者を意味する。特に書籍の序文などで用いられることが多い。
陳者(のぶれば)は、候文における書簡の定型表現で、挨拶文に続いて本文へと移る際に用いられる接続詞である。これは「申し上げますれば」が縮まった形で、「さて」「ところで」といった意味合いを持ち、話題を転換し本題に入ることを示す役割を果たす。
御者とは、馬車を操り、馬を駆って走らせる者のことを指す。この語は「馭者」の書き換え字として用いられる。
文章や書画を自ら書き記した人のことを指し、著者や作者と同義で用いられる。
自ら真理を悟り、その境地に至るとともに、他の人々をも導いて悟りへと至らせる者のこと。
達者とは、身体が丈夫で健康な状態を指すとともに、技芸や話術などに熟練し巧みである様子も表す。前者は「達者に暮らす」のように用いられ、後者は「口が達者だ」などの表現で示される。
敵の内情を探るため、ひそかに潜入したり偽装したりする者。情報収集や破壊活動を行うスパイを指し、間諜(かんちょう)やまわしものとも呼ばれる。
業者とは、商売や事業を営む者の総称であり、特に特定の取引関係にある商人を指す場合もある。また、同じ種類の商売や事業に従事する人々、すなわち同業者を意味することもある。
俗世間との交わりを断ち、山野などに身を潜めて暮らす人。特に、世俗の名利を離れ、静かな境地で思索や文芸に親しむ生き方を指す。
血縁関係や婚姻関係によって結びつきを持つ人々を指し、親族や親戚に相当する。
書物や出版物の編集に携わる者を指す。特に辞書や事典、雑誌などの編集責任者や担当者をいう場合が多い。「へんしゃ」と読まれることもある。
賢者とは、深い知恵と高い徳を備え、物事の道理をわきまえた立派な人物を指す。
験者とは、山野に分け入り、霊験を得るために修験道の修行を行う者のことである。修験者や山伏とも呼ばれる。
覇者とは、武力や権力によって天下を支配する者を指す。また、転じて、競技や試合などにおいて優勝し、頂点に立った個人や団体を意味する。
ある分野に精通し、豊富な知識と見識を持ち、物事を適切に判断・評価できる立場にある人を指す。
曲者は、その素性や意図がはっきりせず、何か怪しげなものを感じさせる人物を指す。また、単に怪しい者というだけでなく、一癖も二癖もあるような、扱いにくく油断のならない人物を意味することもある。
手本として仰ぎ、それに倣うべき対象となるもの。模範とすべき事柄や人物を指す。
葬儀において、故人に代わって弔問客の挨拶を受け、弔意に応じる役割を担う者のことを指す。
普通の人や平凡な人を指す語で、通常は「只者ではない」のように否定表現を伴って用いられ、その人物が並外れた能力や特異な性質を持つことを示す場合が多い。
佞者とは、口先が巧みで人に媚びへつらう者を指す。主に人を欺くような巧言を用いて、自分の利益を図る人物を意味する。
馬車を操り、馬を御する者のこと。特に、職業として馬車の運転を担う人を指す。
僻者とは、心が偏屈で素直さを欠き、常識から外れた言動をする人を指す。物事を斜に構えて捉え、ねじれた考え方や歪んだ感情を抱きやすい性質を表す。
撰者とは、詩歌や文章を選び出して書物に編纂する者のことを指す。また、古い書物に収められた文章の作者を意味することもある。
聾者とは、聴覚に障害があり音声を聞き取ることが困難な人、あるいは全く聞こえない人のことを指す。
頑固なまでに自説を貫き、決して譲らない性質の人を指す。特に、一つのことに執着し、周囲の意見に左右されない強情さを持つ人物をいう。
口達者とは、弁舌が巧みで、物事を上手に説明したり、人を説得したりする能力に長けている様子を指す。また、そのような話しぶりの人そのものを指すこともある。
多くの子供に恵まれ、そのことで幸福を感じている人のことを指す。子宝に恵まれた幸せな人という意味合いを持つ。
芝居や芸能などの見物において、観賞の仕方に熟達していること。また、そのような人を指す。
指揮者とは、主に音楽の分野において合奏や合唱を統率し、演奏の解釈や表現を指示する役割を担う人を指す。また、より広義には、集団を指導し指図を行う者の意味でも用いられる。
荒武者とは、勇猛ではあるが荒々しい気性を持つ武士を指す。また、転じて、乱暴なほどに意気盛んな者を意味する。
犯罪の嫌疑をかけられ捜査の対象となっているものの、まだ公訴を提起されていない者を指す。
実験や検査、調査などにおいて、その対象となる人を指す。特に心理学や医学の分野で用いられ、データ収集や分析のための観察や測定が行われる個人をいう。表記検査の文脈では「被検者」と書かれることもある。
商家に奉公して働く人を指し、番頭や手代、丁稚などの店員全般を意味する。
ユリ科の多年草で、山奥に自生する。全体にニンニクに似た強い香りがあり、食用とされる。その名は、山岳修行者(行者)が食したことに由来する。
愚かなふるまいをする者や、ぼんやりとして抜けている者を指す語。また、動作や反応が鈍く、のろまな者をいうこともある。「空け者」とも書く。
猪武者とは、深く考えずに敵陣へ向かって突進するような無謀な武士を指す。転じて、向こう見ずで無鉄砲な人物の喩えとしても用いられる。
我武者羅とは、物事の成否や周囲の状況を顧みず、ただひたすらに力任せに突き進むさまを指す。
会者定離とは、出会った者は必ず別れの時を迎えるという、世の無常を表す四字熟語である。仏教の無常観に基づく言葉で、人と人との縁が常に変化し続けることを示している。
益者三友とは、『論語』に由来する四字熟語で、孔子が説いた友人選びの心得を表す。交際することで自分にとって有益となる三種類の友人、すなわち正直な人、誠実な人、見聞が広く物知りな人のことを指す。これに対し、有害な友人を「損者三友」という。
迷者不問とは、道に迷う者が人に道を尋ねようとしないことを指す。これは、理解できないことがあれば自ら進んで他人に尋ねるべきであり、独りよがりに行動してはならないという教訓を表している。『荀子』大略篇に由来する「迷える者は路を問わず」の略語である。
兵は凶器なりと読み、戦争や武器は人を傷つける危険なものであるという意味を表す。古代中国の文献『国語』越語下に由来し、武力の行使がもたらす悲惨な結果を戒める表現として用いられる。
貧者一灯とは、貧しい人が真心を込めて仏前に捧げる一つの灯明が、裕福な者が捧げる多くの灯明よりも尊いという意味の故事に基づく四字熟語である。真心の尊さを説くたとえとして用いられ、出典は『阿闍世王受決経』とされる。
『荘子』列御寇篇に由来する四字熟語。能力のある者は多くの仕事を任され、それに伴って苦労も多くなるという意味を表す。
二者択一とは、二つの選択肢のうち、どちらか一方だけを選び取ることを指す。二者の間で一方を選ぶことであり、両方を同時に選ぶことはできない状況を表す。
二者選一とは、二つの選択肢のうち、どちらか一方を選ぶことを指す四字熟語である。二者択一とも言い、二者の間で一つを選び取るという意味を表す。