爪音とは、琴爪で琴を弾く際に生じる音色を指し、また転じて馬の蹄が地面を踏むときに発する響きをも意味する。
牙音とは、中国音韻学における発音分類の一つであり、軟口蓋(上あごの奥の柔らかい部分)で調音される破裂音および鼻音を指す。
本音とは、楽器などから発せられる本来の音色を指すほか、転じて心の奥底に秘めた真実の考えや感情、あるいはそれを口にした言葉を意味する。表面を取り繕う建前に対し、内面の率直な本心を表す際に用いられる。
字音とは、中国から日本に伝来し、日本語における漢字の読み方として定着したものを指す。例えば「夏」を「カ」と読む類であり、単に「音」とも称される。その体系には、伝来時期や経路によって区別される呉音・漢音・唐音などが含まれる。これに対し、日本固有の言葉を当てはめた読み方は字訓と呼ばれる。
その年に初めて聞かれる鳥の鳴き声を指し、特に春先にウグイスなどが発する声をいう。
声の調子や響きを指し、特に声質や声色の特徴を表す言葉である。
弓の弦が振動して発する音、特に矢を射るときに鳴る音を指す。
直音とは、日本語の音節のうち、拗音の「ゃ・ゅ・ょ」や促音の「っ」、撥音の「ん」を含まず、仮名一字で表される基本となる音を指します。
声を発すること、またその際に出る音声そのものを指す。特に言語音を対象とし、その明瞭さや美しさなど音声の質について言及する際に用いられる。
音声とは、人の声を指す言葉であり、大声で呼ばわるような場合に用いられる。また、雅楽においては管弦楽器の音を意味する。
音域とは、楽器や人の声などが発することのできる最も低い音から最も高い音までの高低の範囲を指す。
音声とは、人間の発声器官によって生み出される音や声を指す。また、スピーカーなどの装置を通じて再生・伝達される音や声のことも意味し、例えば多重放送などの技術に関連して用いられる。なお、「おんじょう」と読む場合もある。
音節とは、語を構成する音の最小単位を指し、発音上で一つのまとまりとして区切られるものをいう。日本語においては、通常、仮名一字が一音節に対応する。
音楽において用いられる音を、一定の音程に従って低い方から高い方へ、あるいは高い方から低い方へと順序立てて並べた体系を指す。例えば、ドレミファソラシドのような音の配列がこれに当たる。
音調とは、音の高低によって生じる調子を指す。音楽においては旋律や調子を表し、言語においては声の高低やアクセント、イントネーションといった話し言葉の抑揚を意味する。また、詩歌における韻律やリズムも含まれる概念である。
音通とは、日本語においてある語の音節が五十音図の同行・同段の別の音に変化する現象を指し、例えば「さけだる」が「さかだる」となる類である。また、漢字においては同音の字を共通の意味で用いることを意味し、「讃」と「賛」の関係などがこれに当たる。
音響とは、音の響きや伝わり方を指す言葉であり、特に空間や環境における音の伝播や反響の性質を表す。建築や音楽の分野では、室内の音の聞こえ方や、それを調整するための設備や技術に関連して用いられる。
近世以降に成立した日本の楽曲や歌曲の総称を指し、特に三味線などの伴奏に合わせて歌われる俗曲を中心とする。歌舞音曲という表現にも見られるように、芸能や娯楽の分野で用いられる音楽を広く含む概念である。
声の出し方や響きを指し、特に朗々と響くような澄んだ発声を意味する。
音訓とは、漢字の二つの読み方を指す用語である。音は中国から伝来した発音に基づく読み方であり、訓はその漢字の意味に対応する日本語固有の言葉を当てた読み方である。例えば「山」という漢字の場合、音読みは「サン」、訓読みは「やま」となる。
音読とは、文字や文章を声に出して読み上げる行為を指します。また、漢字をその字音に従って読む方法を意味し、訓読と対をなす概念です。
音盤とは、音声を記録した円盤状の媒体を指し、主に蓄音機によって再生されるものをいう。レコードやディスクとも呼ばれる。
音便とは、発音上の便宜のために語形が変化する現象を指し、主にイ音便・ウ音便・促音便・撥音便の四種に分類される。例えば「泣きて」が「泣いて」となるのはイ音便、「行きて」が「行って」となるのは促音便の例である。
弱音とは、気力に欠けた言葉や弱々しい声のことを指す。困難に直面した際に発せられる意気地のない発言や、力のない声の調子を表す表現である。
清音とは、日本語の仮名発音において濁点や半濁点を伴わないカ・サ・タ・ハ行の音を指し、例えば「カ」は濁音の「ガ」に対応する。また、転じて澄み渡った美しい音色を意味することもある。
長い間便りを寄越さないこと。また、連絡を絶っている状態を指す。
福音とは、キリスト教においてイエス・キリストによる人類の救いと神の国の到来を告げる教えを指し、ゴスペルとも呼ばれる。また、広く喜ばしい知らせや吉報という意味でも用いられる。
音声をテープやレコード、CDなどの媒体に、機械を用いて記録すること。また、そのようにして保存された音声そのものを指すこともある。
爆音とは、火薬やガスなどの爆発によって生じる大きな音を指す。また、飛行機や自動車、オートバイなどのエンジンが発する激しい轟音もこの語で表される。
鉄砲や大砲が発射される際に発する、破裂音や轟音を指す語。弾丸が発射される瞬間の激しい音響を表す。
納音とは、干支による運命判断の一種で、六十干支それぞれに五行を配当し、人の生まれ年に基づいてその運勢を占う方法を指します。
吃音とは、発話時に音や音節が繰り返されたり、引き伸ばされたり、あるいは発声が阻害される状態を指す言語障害の一種であり、滑らかな会話が困難となる症状をいう。
宋音とは、漢字音の一種であり、中国の宋代から元代初期にかけての音韻を、日本の禅僧たちが伝えたものである。例えば「行」を「アン」、「請」を「シン」と読むような特徴を持ち、唐音や唐宋音とも呼ばれる。
拗音とは、日本語の音節の一種で、「や」「ゆ」「よ」を小さく表記して直前の仮名と組み合わせ、一つの音節として発音されるものを指します。例えば「きゃ」「しゅ」「ちょ」などがこれに当たり、通常の仮名よりも小さく右下に添えて表記される特徴があります。
弓を射る際に、弦が射手の左手首を保護する革具「鞆」に触れて発する軽やかな音を指す。
撥音とは、日本語の発音において、鼻に共鳴させる「ん」や「ン」で表される音を指します。この音は、単独では発音されず、他の音節に付随して現れる特徴を持ちます。また、「バチおと」と読む場合は、琵琶や三味線などの撥弦楽器を撥(ばち)で弾いて鳴らす音を意味します。
玉が触れ合って発する澄んだ音を指す。語源は「ぬ(玉)」と助詞「な(の)」、そして「音」から成り、文字通り「玉の音」を意味する。
轟音とは、激しく鳴り響く大きな音のことを指す。特に、爆発や落盤、雷鳴など、強烈な衝撃を伴う事象によって発生する、周囲に響き渡るような音を表現する際に用いられる。
遠くまで響き渡るような、非常に大きな声を指す。特に、威勢よく名乗りを上げる際などに用いられる表現である。
促音便とは、主に活用語の連用形語尾において、母音が脱落し促音(「っ」)に変化する音便の一種である。例えば、「打ちて」が「打って」に、「売りた」が「売った」になるような変化を指す。
音沙汰とは、人からの便りや連絡を指す言葉である。「音」も「沙汰」もどちらも消息や知らせを意味し、合わせて用いることで、より一層に音信や通信のニュアンスを強めている。例えば「何の音沙汰もない」という表現は、全く連絡がない状態を表す際に用いられる。
「御無音」は、長らく連絡をしない状態を丁寧に表現した語である。特に手紙の挨拶文などで、相手との音信不通を詫びる意を込めて用いられる。
人間の可聴域を超える高周波数の音波を指し、通常は毎秒2万ヘルツ以上の振動数を有する。医療分野での画像診断や工業分野の材料検査、漁業における魚群探知など、多岐にわたる用途で利用されている。
蓄音機は、レコード盤に刻まれた音溝の振動を針で拾い、それを拡大して音として再生する装置を指す。主に20世紀に広く用いられた音響再生機器であり、レコードプレーヤーの旧称としても知られる。
鼻濁音とは、発音時に呼気の一部が鼻腔に抜けることで生じる柔らかな濁音を指す。例えば東京方言では、語頭を除くガ行音がこの発音となり、「大学」の「ガ」などに現れる。
歌舞音曲とは、舞踊や音楽、歌謡など芸能全般を指す言葉で、特に日本古来の芸能や娯楽を総称する表現として用いられます。
音吐朗朗とは、声が明瞭でよく通り、朗々と響き渡る様子を表す。特に詩文を朗読する際の、力強く澄んだ発声を形容する際に用いられる。
音信不通とは、手紙や連絡が途絶え、相手の消息や状況がまったく分からなくなる状態を指す四字熟語である。「音信」は音便や消息を意味し、これが「不通」となることで、通信や連絡の経路が完全に断たれた状況を表す。
多くの人が同じ言葉を口にすること、また多くの人の意見が一致していることを意味する。異なる口から同じ言葉が発せられる様子を表し、意見の一致を強調する表現である。
濮上之音は、古代中国において衛の霊公が濮水のほとりで耳にしたとされる音楽を指す四字熟語である。この音楽は後に晉の平公の前で演奏された際、楽師の師曠によって殷の滅亡を招いた淫らな音楽であると断じられ、演奏が制止された故事に由来する。そこから転じて、人を堕落させたり国を乱すようなみだらな音楽の喩えとして用いられる。
足音跫然とは、『荘子』徐無鬼篇に由来する四字熟語で、長らく会っていなかった友人や知己の足音を聞き、その懐かしい響きに心が躍り、深い喜びを覚える様子を表す。転じて、久しく疎遠になっていた人物との再会を待ち望む心情や、その実現によって得られる大きな喜びを指す。
清音幽韻とは、文章の風格が清らかで奥深く、優れた趣を備えていることを指す四字熟語である。清らかな音色と幽玄な余韻という意味から転じ、北宋の王安石が欧陽脩の文章を賞賛した言葉に由来する。