「小童」は「こわっぱ」と読み、主に子供や年少者を軽蔑したり見下したりする際に用いる語である。例えば、年下の者が出過ぎた振る舞いをした時などに「小童のくせに生意気だ」といった形で使われる。語源は古語の「こわらは」が転じたものとされる。
学童とは、主に小学校に通う児童を指す語である。義務教育の課程にある年少の学習者を総称する場合が多く、学校生活や集団行動における配慮や保護の対象として捉えられることが多い。戦時中の「学童疎開」や、放課後の「学童保育」といった複合語においてもこの意味が用いられる。
河童は日本の民間伝承に登場する想像上の生物で、子供ほどの大きさの体に甲羅を背負い、頭頂部に水をたたえた皿があるとされる。そこから転じて、泳ぎの巧みな人を指すこともあり、またこの生物の好物と伝えられることからキュウリの異称としても用いられる。語源は「河に住む童(わらわ)」に由来すると考えられている。
牧童とは、牧場において牛や羊などの家畜の世話や誘導に従事する少年を指す。広義には、牧畜に携わる者一般を意味し、牧人や牧者と同義で用いられることもある。
神童とは、幼少期から並外れた知性や才能を示す子供を指す。学問や芸術などの分野で、年齢不相応の優れた能力を発揮する者をいう。
いたずらを好み、周囲に迷惑をかける子供を指す語。特に、悪ふざけが過ぎて手に負えないような子供をいう。
「童(わらわ)」と同じく、子供を指す語。特に男の子をいう場合が多い。古風な表現として用いられる。
童心とは、子どもの頃に特有の純粋で無邪気な心のありようを指す。また、大人になっても失わずに持ち続ける、あるいはふとよみがえるような、飾り気のない素直な心情をも意味する。
童謡とは、主に子供のために作られた歌謡を指す。また、古くから民間に伝承されてきたわらべうたの意味もあり、時には子供自身が作った詩歌を指すこともある。読み方によっては「わざうた」と発音し、別の意味を持つ場合がある。
童話とは、主に子供向けに作られた物語を指す。おとぎ話や寓話、伝説など、子供の想像力を育み、教訓や娯楽を提供するものを広く含む。
童謡(わざうた)は、古代において政治や社会を風刺し、あるいは未来を予言する内容を盛り込んだ流行歌を指す。神霊が子供の口を借りて歌わせたと信じられ、上代歌謡の一種とされる。表記は「謡歌」とも書く。なお、「ドウヨウ」と読む場合は、現代の子供向けの歌謡を指し、別の意味となる。
童画とは、子供が描いた絵を指すとともに、子供を対象として描かれた絵画や挿絵なども広く含む言葉である。
子供のような顔つきを指し、年齢よりも若々しく見える容貌を形容する言葉である。特に成人でありながら幼さを感じさせる丸みを帯びた輪郭や、無邪気な表情を特徴とする場合に用いられる。
昔の日本において、元服や結髪といった成人の儀式を済ませる前の子供の容姿や服装を指す。また、そのような姿をした子供そのものを意味する場合もある。
大童とは、非常に忙しく立ち働く様子や、必死に奮闘するさまを表す。その語源は、合戦の際に兜を脱ぎ捨て、髪を振り乱して戦う姿が、髪を結わない子供のようであったことに由来する。例えば、開店準備などで多忙を極める状況を「大童だ」と表現する。
よりましとは、神霊を招き寄せてその依り代となる童子や人形のことを指し、祈祷師などが祭祀や呪術の際に用いる。表記としては「憑坐」や「寄坐」とも書かれる。
年少の召使いを指す言葉で、主に雑役に従事する子供の下僕を意味する。
御河童は少女の髪型の一種で、前髪は眉の上で切り揃え、後ろ髪は耳の下あたりで水平に整えたものを指す。その形状が河童の頭髪に似ていることに由来する名称である。
巫女としての役割を担う子供、特に神事において神懸かりや祈祷を行う少女を指す古語である。
鶴髪童顔は、鶴の羽毛のように白く美しい髪と、子供のように血色の良い若々しい顔つきを備えた様子を表す。これは主に、高齢でありながらも健康で活力に満ち、老いてもなお元気な老人の姿を形容する際に用いられる。
頭が禿げ、歯が抜けてまばらになる様子を表す四字熟語。年老いて衰えた姿を意味し、唐代の韓愈の「進学解」に由来する。
童顔鶴髪とは、顔つきが子供のように若々しく、髪は鶴のように白いことを指す。老人でありながら若々しい容貌と白髪を併せ持つ様子を表す四字熟語である。
歯豁頭童とは、歯が抜けて頭髪が薄くなり、まるで子供のように見える様子を表す四字熟語です。年老いて衰えた姿を、童のようだと喩えた表現で、老齢に至った人の風貌を言い表します。
「三尺童子」とは、身長が三尺ほどの幼い子供を指す四字熟語である。ここでの「三尺」は、子供の背丈が低いことを形容し、また一尺を約二歳半と見立てて、およそ七、八歳の年頃を表す。胡銓の「上高宗封事」に用例が見られるように、幼く未熟な者を意味する表現として用いられる。