大食とは、一度に通常よりも多量の食物を摂取することを指す。特に食欲が旺盛で、食べる量が多い様子を表し、対義語として小食や少食が挙げられる。例えば「無芸大食」のように、他に取り柄がなく食べることだけが得意であるという意味で用いられることもある。
食事の量が少ないこと。また、そのような食習慣を持つ人を指す。対義語は「大食」である。
中食とは、食事をとっている最中のことを指す。また、食べ物に当たるという意味もあり、例えば食中毒などの場合に用いられる。なお、「ちゅうじき」と読む場合は、全く別の意味となるので注意が必要である。
夫食(ふじき)とは、江戸時代において農民の食料として供された米穀を指す。領主が農民に貸し付ける「夫食貸し」という形で行われ、農民の生計を支える役割を担った。また、「ぶじき」と読まれる場合もある。
日食とは、月が太陽と地球の間に位置し、太陽の光を隠す天文現象を指す。太陽が完全に隠される場合を皆既食、一部のみが隠される場合を部分食、太陽の中心部が隠されて輪状に見える場合を金環食と呼ぶ。「日蝕」の書き換え字として用いられる。
月食とは、地球が太陽と月の間に位置し、地球の影が月面に落ちることによって、月の一部または全体が暗く見える天文現象を指す。
立ったまま飲食する形式を指し、特に洋風の宴会において、あらかじめ用意された飲食物を各自が自由に取り分け、決まった席に拘らずに歓談しながら食事を楽しむスタイルをいう。
肉食とは、人間が鳥や獣などの動物の肉を食べることを指す。また、動物が他の動物の肉を食べる習性を表す場合にも用いられ、草食と対比される概念である。「ニクジキ」と読むこともある。
定食とは、飲食店などで提供される、あらかじめ献立が組み合わされた一定の内容の食事を指す。ご飯と汁物、主菜、副菜などが一つのセットとなっており、日替わり定食のようにメニューが変わる場合もある。
美食とは、上質な食材を用いたり、手の込んだ調理を施したりした、特に味わい深い料理を指す。また、そうした料理を味わい楽しむ行為そのものも意味する。対義語は「粗食」であり、「美食家」のように、食通を表す語としても用いられる。
植物を主な栄養源として摂取することを指し、特に草や葉などの植物質を食べる動物の食性を表す。肉食に対する概念として用いられ、生態学や生物学において生物の栄養摂取様式を分類する際の基本範疇の一つである。
食指とは、手の指のうち、親指の隣に位置し、物を指し示したり、ものを食べる際に主に使われる指を指す。
食餌とは、主に人間や動物が摂取する食べ物や食物を指す。特に医学や獣医学の分野では、治療や健康管理のために特別に調整された食事を意味し、食餌療法という形で用いられる。また、動物が餌を食べる行為そのものを表す場合もある。
同じ食べ物を続けて食べることで飽きてしまう状態を指し、転じて、同じような事柄が繰り返されることに対して嫌気がさすことを意味する。また、食あたり、すなわち食べ物が原因で体調を崩すことの意でも用いられる。
食尽とは、日食や月食において太陽や月が最大に欠けた状態を指し、またその時刻を表す語である。本来「蝕甚」と書かれるものを書き換えた表現として用いられる。
食積とは、正月に用いられる重箱に詰めたお節料理のことで、蓬萊飾りとも呼ばれる新年の祝いの料理を指す。
食事をする際に使用する台を指し、主に家族や客が食事をとるために囲む家具を意味する。
食通とは、食材の特性や調理法に精通し、味覚に優れた鑑賞眼を持つことを指す。また、そのような美食に対する深い理解と豊かな経験を備えた人を意味する。
食籠とは、食べ物を盛り付けるための容器を指し、多くは蓋付きで円形の形状をしている。
食料とは、人間が生命を維持し、成長するために摂取する飲食物全般を指す。特に主食となる米や麦以外の、肉・魚・野菜・果物などの副食物を指す場合もある。また、食事をとるために必要な費用、すなわち食費の意味でも用いられる。
食客とは、他人の家に寄宿して食事の世話を受けている者を指す。居候と同義で、客として遇されながら生活を共にする立場を表す。また「ショッキャク」とも読まれる。
食間とは、食事と食事の間の時間帯を指す。特に薬の服用時間を指示する際に用いられ、食前や食後ではなく、食事を摂ってから次に食事を摂るまでの間を意味する。
偏食とは、特定の食品や料理を好み、それ以外のものを避けることで、栄養摂取のバランスが偏る食習慣を指す。特に成長期の子供に見られることが多く、保護者が対応に苦慮する場合もある。
悪食とは、普通は食用とされないようなものを好んで食べることを指す。また、粗末な食事や質素な食生活を意味することもある。「アクショク」とも読む。
穀物を粉にせず、そのままの粒状で調理して食することを指す。特に米を主食とする食習慣を意味し、粉食と対比される概念である。
肉や魚などの動物性食品を避け、野菜や穀物など植物性の食品を主な食事とすること。また、そのような食生活や主義を指す。
斎食(とき)と同じく、仏事や神事の際に慎みをもって摂る食事を指す。特に僧侶が戒律に従い、午前中に取る食事を意味する場合もある。
学校や職場などで、特定の集団に対して提供される食事のこと。特に、学校において児童・生徒に共通の献立で出される食事を指すことが多い。
軽食とは、手軽に用意できて簡単に済ませられる食事のことを指し、通常の食事に比べて量が少なく、調理や準備に手間がかからないものをいう。間食や小腹を満たすための食事として用いられることが多い。
間食とは、通常の食事の合間に軽い食べ物を取る行為、またはその食べ物自体を指す。特に午後の小腹を満たすためのおやつとして用いられることが多く、習慣化すると健康に影響を及ぼす場合があるため、節度ある摂取が望まれる。
飲食とは、飲むことと食べることを指し、またそれら飲食物そのものを意味する。仏教用語としては「オンジキ」と読む場合がある。
寝ることと食べることを指し、日常生活の基本をなす行為をいう。転じて、物事に熱中するあまり日常の当たり前のことを忘れる様子を表す際にも用いられる。
飽食とは、満腹になるまで十分に食べることを指し、食物が不足することなく豊かにある状態を表す。また、生活に困ることがなく衣食住に不自由のない暮らしの喩えとしても用いられる。
十分に加熱調理された食べ物を指し、特に煮る・焼くなどの方法で柔らかく仕上げられた料理をいう。火を通して食べられる状態にした食品全般を指すこともある。
糧食とは、人間が生存のために摂取する食料の総称を指し、特に将来の必要に備えて蓄えられた食糧を意味する。また、軍隊など組織の活動を支えるための食料や物資を指す場合もある。
本来は僧侶が修行の一環として家々を巡り、経文を唱えて施しを受ける行為、またその僧侶を指す。転じて、一般に物乞いをする者、こじきを意味するようになった。
食頃とは、食事を終えるほどの短い時間を指し、転じてごくわずかな間を意味する。
喝食とは、元来は寺院で食事の時刻を大声で知らせる役目を担った喝食行者(あんじゃ)を指す語である。転じて、そのような行者に見られる髪形、すなわちもとどりを結んで肩のあたりで切りそろえた童子風の髪型を「喝食姿」とも呼ぶ。さらに、能楽において半僧半俗の若者を表す面の名称、また歌舞伎の女形が用いる、もとどりを後ろに垂らしたかつらの名称としても用いられる。
斎食(とき)とは、主に仏教寺院において僧侶が午前中に摂る食事を指す。戒律により午後は食事をとらないため、この時間帯の食事を特にこう呼ぶ。また、寺院で供される食事全般や、精進料理そのものを意味することもある。「サイジキ」とも読む。
「疎食」とは、質素で粗末な食事を指す言葉である。また、「疏食」や「食」と表記されることもある。
端食とは、木の切り口に取り付けてそりを防ぐためのふち取りの木を指し、主に扉などに用いられる。
金属材料が腐食するのを防ぐこと。塗装やめっきによる被覆、あるいは防食剤の使用などにより、材料表面を保護することを指す。
海食とは、波や潮流などの海水の運動によって海岸の陸地が浸食され、地形が変化する作用を指す。
菱食はカモ科の鳥で、シベリアで繁殖し、日本には冬鳥として渡来する。全長は約八〇センチメートル。体は暗褐色をしており、くちばしは黒く先端がだいだい色である。秋にヒシの実を好んで食べることからこの名がついた。
御食とは、神前に供える食物を指す神饌のことであり、また転じて天皇の食膳に用いられる食材をも意味する古語である。
疏食とは、質素で粗末な食事を指す語であり、粗飯や粗食と同義である。また、「疎食」や「蔬食」と表記されることもある。
下食日とは、陰陽道において天狗星が下界に降りて食物を求める日とされる。この日は悪日とされ、沐浴や剃髪、種まきなどの行為を忌む習慣があった。
食火鶏はヒクイドリ科の鳥で、オーストラリアに生息する。ダチョウに似ているがやや小型で、飛ぶことはできないが走行が速い。頭部には冠状の突起があり、のどには赤い肉垂れが見られる。漢名に由来する名称であり、「火食鳥」と表記することもある。
歳下食とは、暦注の一つで、天狗星の精が人間の食物を求めて下界に降りる日とされる凶日を指す。この日は飲食に関する事柄に注意を要すると伝えられ、下食日とも呼ばれる。
神や天皇に供える食物を指す語で、特に神事や宮中儀礼において用いられる神聖な食事を意味する。
金環食とは、日食の一種であり、月が太陽の中心とほぼ重なるものの、見かけの大きさが太陽よりわずかに小さいため、月の外周から太陽の光がはみ出し、金色の環のように輝いて見える天文現象を指す。
食蟻獣は、アリクイ科に属する哺乳類の総称である。中南米の森林地帯に生息し、円柱状の頭部と細長い口吻を持ち、歯を欠く。粘着質の長い舌を用いて蟻や白蟻を捕食する習性に由来する名称で、「蟻食」とも表記される。
牛飲馬食とは、牛が大量の水を飲み、馬が餌を貪る様子に喩えて、人並み外れた勢いで大いに飲み食いすることを意味する四字熟語である。
「乞食飯牛」は、『漢書』鄒陽伝に由来する四字熟語で、貧しい生活を送りながらも学問に励むことを意味する。食を乞い、牛の世話をしながらも、学問への情熱を失わずに努力する姿を表している。
一日不食とは、一日中何も食べないことを指す四字熟語である。『五灯会元』に典拠を持つ表現で、極度の困窮や修行における厳しい節制の状態を表す際に用いられる。
目食耳視とは、衣食の本来の意義を忘れ、外見の豪華さに心を奪われて贅沢を尽くすことを指す。見栄を張るために見た目を飾り立て、食物は味よりも見栄えを重視し、衣服は実用よりも他人の目を意識して選ぶような態度をいう。
無芸大食とは、これといった才能や特技を持たず、ただたくさん食べることだけを得意とする様子、またそのような人物を指す四字熟語である。