一夕とは、ひと晩、あるいはある特定の夜を指す語である。ひと晩という時間の長さを表すとともに、ある一夜という特定の時間帯を指す場合もある。例えば「一朝一夕」という成句では短い期間を意味し、「一夕の歓談」などと用いれば、ある楽しい夜のひとときを表す。
七夕は、陰暦七月七日の夜に行われる五節句の一つで、牽牛星と織女星が天の川を渡って年に一度巡り会うという伝説に由来する祭りである。古くは女性が裁縫や手芸の上達を祈る行事として行われ、「棚機」とも書かれる。
夕顔はウリ科のつる性一年草で、熱帯地方が原産である。夏の夕方にラッパ形の白い花を開き、翌朝にはしぼむ。果実は球形または円柱形で大きく、食用とされるほか、干瓢の原料として用いられる。別名をタソガレグサともいう。
夕方の西の空に見える金星を指す語で、宵の明星とも呼ばれる。長庚と表記することもある。
夕闇とは、日が沈んだ後、まだ月明かりが現れないために周囲が暗くなる状態を指す。また、そのような夕方の薄暗がりそのものを表す言葉でもある。
旦夕とは、朝と夕を指し、転じて日々の暮らしや常日頃の様子を表す。また、時間の差し迫った状況を強調し、今にも事が起こりそうな切迫した状態を意味する。
朝夕とは、朝と夕方という一日の時間帯を指す。また、転じて日常や常日頃の意味でも用いられ、ある物事に明け暮れる様子を表すこともある。
夕方に沈みゆく太陽、あるいはその光を指す。西の空に赤く染まる日輪や、地平線に近づくにつれて色を変える光景を表し、一日の終わりを告げる自然の風物として捉えられる。
夕方の太陽、またはその光を指す語。「暉」は輝きの意であり、夕暮れ時に空を赤く染める陽光の美しさを表す。
夕方に摂る食事を指し、夕食や晩御飯と同義である。一日の労働を終えた後に家族と共に囲む、穏やかな時間帯の食事を連想させる表現である。
夕方に月が昇っている様子、あるいは月が輝く夜を指す。特に秋の季語として用いられ、物寂しくも美しい情趣を帯びた情景を表す。
花朝月夕は、花の咲き誇る春の朝と、月が清らかに輝く秋の夕べを指し、春秋の気候の良い折り目を楽しむ風流なひとときを表す。陰暦二月十五日の花朝と八月十五日の月夕に由来し、季節の美しさを愛でる情趣に富んだ言葉である。
「一朝一夕」は、わずか一朝か一晩ほどの極めて短い時間を指す四字熟語である。物事が短時間で成し遂げられることのない様を表す際に用いられ、「一朝一夕には解決できない」のように、後に否定や困難の表現を伴うことが多い。その由来は中国の古典『易経』に求められる。
一夕九徙は、一晩のうちに九回も住まいを移さなければならないほど、生活が非常に不安定で落ち着かない様子を表す四字熟語である。後漢書の故事に由来し、転じて住居や境遇が頻繁に変わり、全く安定しない状態の喩えとして用いられる。
朝な夕なに見ること。特に絵画などの芸術作品を愛で、繰り返し鑑賞することを指す。
朝に人としての道を聞くことができれば、その日の夕方に死んでも悔いはないという意味で、真理や道を学ぶことの尊さを強調した表現である。『論語』里仁篇に由来する四字熟語。
朝不謀夕とは、朝のうちに夕方のことを考えられないほど切迫した状況を指す。転じて、将来の見通しが立たず、日々の生活にも事欠くような貧困や苦境を表す。
朝盈夕虚とは、朝には満ちていたものが夕方には空になることを意味し、物事の繁栄や富が長続きせず、あっという間に失われてしまう様子を表す。人生の栄枯盛衰や世の中の無常を喩える表現として用いられる。